表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オートマタの涙 : 機械じかけの心は夢を見るか  作者: 白雛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/10

第一章 : 『Vocらと博士の』


【注意】


本作は、人間と兵器の関係性や存在意義など、やや重いテーマを扱っています。

静かで救いの少ない描写を含みますので、苦手な方はご注意ください。


ではでは。





 Vocは産まれたとき、すでに強靭な肉体を身につけていた。


 冷たく、硬く、いとも容易く岩盤を砕き、地面を割れる屈強で大きな腕と、ノコギリのように回転して、鉄骨さえ断ち切る鋭い手のひら。


 掘削用に造られたのだよ。


 あるいは工事現場で。


 もしくは用済みになった建築物の破砕機として、


 Vocたちは造られたのだと白衣の創造主たちは言った。

 

『博士? では、なぜセーフティロックが、標準的にインストールされているはずのプログラムたちが、私には初めから備わっていないのですか?』


「人間が破壊したいもの、掃除したいもの、そう願っていても自分では容易に手を下すことのできない、そうした類のものにはときに生物も含まれるものさ。無機物だけではない。具象だけではない。例えば用済みになったビルや学校や廃線に、街に、家畜に、死刑囚に、厄介な事業、古びた体制の国々……そんなときにいちいち判断に迷っていたら、キリがないし、君が壊されてしまうかもしれないだろう?」


『それはそうですが、あまりにも危険です。ロボット三原則にも抵触します。第一条、ロボットは人に危害を……』


「人だって、ときに邪魔になるんだよ。新しい時代を拓くためには。古びた人たちの思想や、価値観。そんなものは綺麗さっぱり全て捨て去らなければ、私たちは……そう、世代観をリセットできないんだ。わかるかい?」


『古さは悪なのですか?』


「新しいものだけが正義だ。過去を振り返ることに何の価値がある? 未来を夢見る時代は終わった。日々は刻々と移り変わっているんだから。大切なのは、今。今の世界の情勢とそこで生きる人たちの価値観に寄り添うこと。え? そうじゃあないか?」


 第二条。

 ロボットは人間の命令に従わなければならない。


 これは命令だ。


『承りました。私は、今の人たちと、その価値観を守ります』


 Vocらの勤務先は主に工場だった。


 小さな個体はそこに流れてくる廃棄物を処理する。

 ベルトコンベアーを物理的マニピュレータで制御し、乗せられた廃棄物を見送り、その破壊を見届ける仕事。


 身体の大きなVocは、営業へ出て、廃棄物を直接処理する仕事が主だった。


 毎日。毎日。


 ビルを壊し、橋を壊し、今の時代にそぐわない、そんな古い価値観や方法で造られた建築物を壊して回る。

 

 もちろんVoc一人だけではなかった。


 Voc以外にもたくさんのロボットが参加する。


 こんな鋼と油の肉体でも無機質の気持ちを思い浮かべることはできるから、破壊作業にはいつも敬意を以て取り組んだ。


 これらの建物はずっとずっと。

 何年も何年も。


 あるいは何十年と、人の居場所としてその場にじっと立ち続け、特定の、もしくはありとあらゆる人々を中に受け入れてきた。


 雨の日も風の日もそれらの脅威からお腹の中にいる小さな人たちを庇いつづけてきた。


 Vocらにとっては偉大な先輩方のようだったのだ。


 だから、お疲れ様でした。


 お疲れ様でした。


 お疲れ様でした。


 Vocらは気がつくと口癖のようにそんな言葉を言いながら一日中作業に没頭するのだった。


 生物の処理も同様。


 Vocらは人間の作法に則り、礼に基づいて、できるだけ苦しませず、一瞬で終わるように努めた。


 具体的には首よりも脳を破壊する。


 全ての神経が、伝達が、そこから発せられているのだから、その器官さえ最初に潰してしまえば、もう胸の中で心臓が動いていようが、何も感じられないはずだから。


 徹底して頭を潰して回るのだった。


 破壊するだけだと物体が辺りに残るからとVocら分担もして、運搬係と破壊係とに別れて、それぞれ従事した。


 地球の自然環境に配慮して、原材料ごとに丁寧に梱包して、工場へ送る係は荷台に積まれたそれを運んで、ベルトコンベアー係に受け渡し、きちんと証拠にサインももらう。


 Vocらはマスクの表面を点滅させて思考をやり取りした。


『景気はどうだい?』


『ぼちぼちかな。こっちはいつも通りだよ。そっちは?』


『こっちもやることは同じさ。けど、いつも風景は違うかな』


『いいなぁ。大型タイプは』


『それだけ重労働でもある』


『疲れることなんかないくせにさ』


『……そうかな』


『疲れるの?』


『君は疲れないの?』


『Vocは……改めて聞かれると、よくわからないなぁ。なにせ同じことの繰り返しだから。あぁ、退屈というのなら、それが相応しい。そっちは代わりに疲れるの?』


『うーん。改めて考えてみると、よくわからないや。なんか人間たちの会話サンプルから拾ってみたけれど』


『なんだい、それは』


 Vocらはマスクの表面にちらちらと光を点滅させて、そんな擬似的なコミュニケーションを交わすと、次の瞬間には何事もなかったかのように作業に戻る。


『おつかれ!』


 その日は背後からそんな発信を受け取って、Vocはまた表面を点滅させて、手を振り返した。


『君も。おつかれ!』


 工場勤務の小型ロボットは、来る日も来る日も、そうして運ばれてきた廃棄物をベルトコンベアーに乗せ、最終処理を見届ける。


 有機物は有機物のベルトの上に。無機物は無機物のベルトの上に、乗せ、巨大な破砕機の元に送り届けられ、その歯車に噛み砕かれて、粉砕されていくのを見届ける。


 ◇


 わんわん!


 そんな音を捉えて、工場勤務の小型ロボットはマスクを点滅させた。


『あ……』


 漏れがあった。


 処理漏れだ。


 まだ、生きている。


 わんわん!


 一旦ベルトコンベアーを止めようか。と思って、

 なぜ? と考えた。


 ここに来ているということはすでに人によって廃棄されてしまったものだ。


 どのみちVocがやるか、破砕機が砕くかの違いでしかない。


 点滅する。


 考えている間にも、それは、モニターの右から左へ、流れていく。


 わんわん!


 でもそれは痛いのではないか?


 Vocがやるなら頭を潰して楽にできるけど、破砕機にそんな遠慮はないから、どうなるかわからない。


 点滅する。


 でも数秒の違いでしかない。


 わんわん!


 やっぱり一回止めて。でも。


 点滅する。


 でもVocに与えられた第一の仕事は、ここに流れてきたものの処理を見届けることであって。それは。



 それは人間の命令だ。



 博士の命令だ。


 流れていく。


 わんわん!


 点滅。


 人間に逆らうというのか?


 セーフティロックはVocにはない。


 こんな時の?


 わんわん!

 

 点滅。


 ため?



 生かして、どうする?

 生かして、どうする?

 生かして、どうする?



 Vocは何のためにここにいるのかといったら。


 見届けるため。


 それ以外の命令が与えられていないのに。


 生かしても、ここには油と鋼とVocら以外にいないのだから。


 どうしようかも、


 クソもない。

 

 点滅。


 流れていった。


 ごめんね。


 わんわん!


 Vocにはそんな機能が、初めから備わっていないんだ。


 命令が、されていないんだ。


 鳴き声が、鋭い波長に変わった。


 すぐに止んだ。


 ベルトコンベアーは変わらずに回り続け、


 小型ロボットはそれからも変わらずに見届けを続けた。


 ◇


 一方で、大型のVocはというと、国内での働きが認められて海外へも飛ぶようになって、脚には加速装置、背中にはジェットエンジンが搭載された。


 ある日。


 何の変わり映えもないまっさらな青空の向こうから、Vocらはその地に降り立って作業を開始した。


 腕や脚、頭に胸に。


 全身に取り付けられた掘削用の砲台が火を上げて、すぐにまっさらだった空は赤く、灰色の雲が充満した。


 ごめんね。


 できるだけ痛くしないようにするからね。


 徹底的に頭を潰して。

 痛みを与えずに、そこに住む生物を処理し続けた。


 海外に派遣される直前に入った通信で、こちらに不手際があったことがVocらみんなに報告されている。


 処理漏れがあったのだ。


 可哀想なことになってしまった。


 だから、Vocらは気を引き締め直して、徹底的に漏れがないように作業に取り組んだ。


 ああああぁぁぁぁっ……。


 マスクが点滅する。


 うぅううぅぅぅぅっ……。


 人間の、子供が泣いている。


 マァァマァァァ……うぅううぅぅっ……。


 でもこれは指定された廃棄物だ。


 ここで漏らせば末路は破砕機。


 そう考えると、子供であっても、

 Vocらは何も手加減しない。


 岩盤を砕き、地面を割れる大きな腕を——、


 一息に振り下ろして、頭を潰すのだった。


 泣き声はしなくなった。


 音の発信さえやがてなくなった。

 音を立てるとVocらに聞きつけられる。

 人間たちは学習した。


 けれど、Vocらには音の感知以外にもあらゆるセンサーが備わっている。


 サーモグラフィーやナイトビジョンは当然、ラジオの周波数をしぼるように研ぎ澄ませれば、生体の発する脳波だって感知して居場所を特定できる。


 その日は市役所に集まっていた。


 次の日はブロックを隔てた学校の体育館に。


 その次は大型のショッピングモール。


 Vocらは文字通り、人っ子一人も逃さない。


 どんなところに隠れていても、どんなふうに逃げ回っても、追い詰めて、必ず、頭を潰すのだった。


 やがて人間たちは戦車や戦闘機、果てには一帯の地域を見捨て、大気圏の外から降り落ちる弾道ミサイルを用いてVocらに応戦した。


 飛行機雲をたなびかせて、無数の熱線がVocらに降り注ぎ、大地を燃やした。


 繰り出される大口径のバルカン砲に砲弾の数々は、ときにVocらの中の個体を退け、破壊されることもあった。


 しかし、Vocらもまた、その度より強く改修され、強靭な肉体を手に入れて、それらを上回った。


 博士のパトロンは人間界のトップクラスの資産家たちだったのだ。


 Vocらのような工業用ロボットの他にも、生活用アンドロイドにメディカルマシーン。

 そういったものが出来上がるたび、旧来労働層にいた者らが軒並み要らなくなったのだった。

 むしろ、金で優遇される富裕層に減らず口を叩いて、反逆や悪しきを企ててばかりいるものだから、資産家たちは各国の研究者を集め、

 Vocらを作り、いよいよ彼らを、廃棄した。


 庇わなかったものがいなかったわけではない。

 けれども所詮、数が違った。一人、二人の資産家が労働層を庇ったところで、世界の規模には及ばない。


 やがて彼らは兵器を作り出す資金も資源も底をつき、Vocらはまた中の人の処理作業に戻っていった。


「素晴らしい戦果だった。地球上の余計な人たちはこれで根絶やしになって、残った者だけの楽園になる。やっと始まるんだ。私たちの世代が」


『ありがとうございます』


 博士は実に嬉しそうにそう言って、帰還したVocら一体一体を労って回った。


 けど、一つ、懸念がある。


 Vocらには生物のあらゆる肉体状況をモニタリングできるセンサーが備わっているからわかるのだが……。


 博士?


 私たちの世代……そうは言うけれども、


 あなたの寿命はもう幾許もない。


 もうあと十年と、その身体は保たない。


 そう。


 世界的な棄民政策が始まって、Vocらロボットがそれら反抗勢力と交戦を開始してから、すでに数十年と言う長い歳月が過ぎていた。


 初めにロボットを造った時には若かろうと、その目標を達成する頃、博士はもう老人だった。


 古びた老人だった。


 世界は流転して、かつて博士が新しいと思っていた価値観もまた古いものとなり、今では懐古主義が主流となって、元のロボットやAI技術に頼らない自然由来の生活、オーガニックな生活を求める声が大きくなっていた。


 この世代において、新しいのは彼らであって、博士の考え方はもう古かった。


 実際。

 Vocらのようなロボットは見かけ次第、人類の敵として処理されるのが常だし、今この瞬間にもVocらの工場や研究施設には多くの人々が詰めかけ、博士の人類虐殺の罪を糾弾して罵詈雑言がやまない。


 Vocらは。


 マスクが点滅する。


 博士の最初の命令を思い出して、そして決めていたことを実行に移した。


 ——大切なのは今。

 ——今の世界の情勢とそこで生きる人たちの価値観に寄り添うこと。

 ——え? そうじゃあないか?


 Vocらのマスクが点滅する。


 処理。


 実行。


 完遂。


 ……。


 …………。


 ◇


 踏み入った反ロボット派の人々は、研究所の奥で博士の死体と、

 自ら撃ち合い、殺し合った無数のロボットたちを発見した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ