私の【精霊眼】には不正が丸見えなので、淡々と事実陳列させていただきます。〜ザマァは得意ではないので、加減はわかりません〜
【おしらせ】
※2/20(金)
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『過労死した元社畜が悪役令嬢に生まれ変わり、辺境のブラックギルドで仕事をしない「お飾りオーナー」として安眠生活を送るつもりが、なぜか部下から「冷徹なカリスマ」と慕われる最強の支配者に』
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オルコット伯爵家の廊下。
その突き当たりにある階段下で、令嬢オーリン・オルコットは倒れていた。
後頭部を強打した鈍い痛みが、脳髄を駆け巡る。
視界が明滅し、耳鳴りがキーンと響く中で、階段の上から嘲笑うような声が降ってきた。
「あーら、ごめんなさいお姉様。足が滑ってしまったわ」
そう言いながら、口元を歪めているのは義妹のミランダだ。
美しい金髪を揺らし、蔑みの籠もった瞳でこちらを見下ろしている。
「でも、お姉様は丈夫だから平気よね? どうせまた、壁に向かってブツブツとわけのわからないことを言うのでしょう? 気味が悪いわ」
ミランダは鼻で笑うと、倒れたままの義姉を放置して踵を返した。
遠ざかる足音。
残されたオーリンは、冷たい床に頬をつけたまま、瞬きを繰り返した。
(痛い。ああ、そうだ。私、突き落とされたのか)
その瞬間。
脳裏に、奔流のような記憶が蘇った。
数字。帳簿。電卓の叩く音。決算期の徹夜。ブラックコーヒーの苦味。そして、過労による突然の死。
前世、日本という国で「会計士」として働いていた記憶だ。
「なるほど。現状把握、完了」
オーリンはむくりと起き上がった。
瞳から、今までのような「膜」が取れ、冷徹で理知的な光が宿る。
彼女は今まで「知恵遅れ」と蔑まれてきた。
だが、それは違う。
彼女の目には、常人には見えない「光の粒」――精霊たちが、あまりにも大量に見えすぎていたのだ。
彼らの声が常に大音量で響き渡り、こちらの世界の情報処理が追いついていなかっただけに過ぎない。
しかし今、前世の強固な自我と処理能力が統合されたことで、ノイズはクリアな「情報」へと変換された。
『オーリン! 大丈夫!?』
『痛い? 痛いの? あいつ燃やす?』
『ミランダ、わざと押した! 風の僕が見てた!』
周囲を飛び交う、赤や緑、青の光たち。
オーリンは頭を振り、衣服の乱れを整えながら、冷静に彼らに語りかけた。
「ええ、大丈夫よ。ありがとう、みんな。それより、今の『わざと押した』という証言、詳しく聞かせてもらえるかしら?」
『うん! あとね、ミランダは昨日、オーリンの婚約者のバートとキスしてたよ!』
『お父様、書斎の隠し金庫に、金貨いっぱい隠してる! 土の僕が数えた!』
『お母様、若い商人と浮気してる!』
次々と飛び込んでくる、伯爵家のドス黒い秘密たち。
精霊は嘘をつかない。そして精霊は、壁も床もすり抜け、この世界のどこにでも存在する。
つまり、オーリンは覚醒した瞬間に、世界最強の諜報ネットワークを手に入れたのだ。
オーリンは眼鏡を押し上げる仕草(今は裸眼だが)をし、冷ややかな笑みを浮かべた。
「不正の臭いがプンプンしますね。会計監査が必要です」
ザマァだの復讐だの、そんな感情的なことはどうでもいい。
ただ、貸借対照表が合わないのは気持ちが悪い。
自分という資産を不当に毀損し、商会という公器を私物化する害悪(不良債権)は、速やかに処理(断罪)しなければならない。
「みんな、協力してくれる?」
『やるー!』
『オーリンのためなら何でもする!』
『証拠? いっぱいあるよ! 持ってくる!』
「ふふ。頼もしいわね。では、業務を開始します」
◇
一週間後。
王都のホテルで開催された夜会。
主催は、オーリンの婚約者であるバート子爵だ。
彼はオルコット商会の次期当主の座を狙い、入り婿としてオーリンと婚約していた。
煌びやかなシャンデリアの下、着飾った貴族たちが談笑する中、突然音楽が止んだ。
壇上に上がったバートが、高らかに声を張り上げたのだ。
「皆様、聞いていただきたい! 私は本日をもって、オーリン・オルコットとの婚約を破棄する!」
会場がどよめきに包まれる。
バートの横には、勝ち誇った顔の義妹ミランダが寄り添っていた。
さらに、オーリンの父であるオルコット伯爵も、腕を組んで頷いている。
「オーリン! 君のような、壁としか会話ができない知恵遅れの木偶を、これ以上私の妻にするわけにはいかない! 商会の未来のためにも、私は真実の愛を見つけたミランダと結婚する!」
「そ、そうですわ! お姉様のような欠陥品に、オルコット商会は任せられません! 修道院で一生、壁とお話ししていればいいのです!」
嘲笑。
侮蔑。
会場の視線が、壁際に立っていたオーリンに集中する。
誰もが、彼女が泣き崩れるか、あるいは意味不明な奇声を上げて発狂すると思っていた。
だが。
「異議はありません」
凛とした声が、ホールに響き渡った。
オーリンは静かに歩み出た。
その背筋は定規のように伸び、瞳には知性の光が宿っている。
かつての「知恵遅れ」の面影など微塵もない。
バートが怯んだように後ずさる。
「な、なんだその態度は! 自分が捨てられたと理解しているのか!?」
「ええ、理解しています。婚約破棄、喜んでお受けいたします。つきましては」
オーリンは手元に持っていた分厚いファイルを、バサリとテーブルの上に広げた。
「こちらの『精算』をお願いいたします」
「せ、精算だと?」
「はい。まずはバート様。貴方は過去三年間で、オルコット商会の機密費から、合計で金貨八百枚を私的に流用していますね? 使途は主に、賭博と、そこの義妹ミランダへのプレゼント代」
「は、はぁ!? な、何を言いがかりを!」
「証拠ならここに」
オーリンが指を鳴らす。
瞬間、ヒュオッ! と風が吹き抜け、一枚の書類がバートの顔面に張り付いた。
それは、彼が裏帳簿として隠していたはずの、賭博場の借用書と、宝石店への支払い明細だった。
「な、なぜこれがここに!? 燃やしたはずだ!」
「火の精霊が、燃えカスになる前の情報を『固定』してくれましたの。便利な世の中でしょう?」
オーリンは淡々と続ける。
「次に義妹ミランダ。貴女、お父様の執務室から、商会の重要顧客リストを持ち出し、ライバル商会に横流ししましたね? その対価として受け取った裏金が、貴女のクローゼットの二重底の下にあります」
「う、嘘よ! そんなの誰も見てないわ!」
「風の精霊が見ていました。あと、その裏金、今ここに届きましたわ」
ドスン!
何もない虚空から、重厚な革袋が落下した。
袋の口が開き、大量の金貨と、ライバル商会からの感謝状が床に散らばる。
土の精霊と風の精霊による、華麗なる連携プレーだ。
「ひっ……!」
「そしてお父様」
オーリンの視線が、青ざめた父に向く。
「貴方は国庫に納めるべき税金を誤魔化し、過去十年で金貨五千枚を脱税していますね。その金塊は、庭の噴水の下、地下三メートルの隠し金庫にあります」
「ば、馬鹿な! あそこは誰にも……!」
「土の精霊なら、土の中は庭のようなものですから。ああ、ちなみに」
オーリンは、会場の隅に控えていた衛兵たちに目配せをした。
「先ほど、王国の国税局と監査局に、これらの証拠の写しを提出済みです。今頃、お父様の隠し金庫は掘り返されている頃かと」
その言葉と同時に、会場の扉が開いた。
雪崩れ込んできたのは、王国の騎士団だ。
「オルコット伯爵、ならびにバート子爵! 横領および脱税の容疑で同行を願う!」
「ま、待て! 誤解だ! これはその娘の妄想で……!」
「往生際が悪いですね」
オーリンは冷たく言い放つ。
彼女の周りには、今や常人にもうっすらと見えるほどの濃密なマナ――精霊たちが集まり、怒りの形相で彼らを睨みつけていた。
『いじめっ子!』
『泥棒!』
『オーリンを返せ!』
精霊たちの声が、物理的な圧力となって彼らに降り注ぐ。
父も、バートも、ミランダも、腰を抜かして震えることしかできない。
「復讐だとか、ザマァだとか、そんな高尚なことは言いません。私はただ、数字と事実を並べただけです。さあ、連れて行ってください。私の視界が汚れます」
オーリンが手を振ると、罪人たちはズルズルと引きずられていった。
静まり返る会場。
誰もが、かつて「知恵遅れ」と侮っていた少女の、あまりに鮮やかで容赦のない手腕に戦慄していた。
オーリンは「ふぅ」と息を吐き、眼鏡(伊達)の位置を直す。
「やれやれ。これでようやく、商会の膿が出せました。明日からは忙しくなりますね」
「素晴らしい」
その時、感嘆の声と共に、拍手が聞こえた。
人垣が割れ、一人の長身の男性が歩み出てくる。
銀髪に、氷のような青い瞳。
「氷の公爵」リヒター・ヴァン・アークライドだ。
「君のその手腕、そして精霊を使役する圧倒的な情報収集能力。実に素晴らしい」
「恐縮です、閣下。何か不備がございましたか?」
「いや、完璧だ。完璧すぎて惚れ惚れする。どうだ、君のその目、私のビジネスのために貸してくれないか?」
リヒターは、オーリンの手を取り、恭しく口付けを落とした。
その瞳は、有能な人材を見つけた歓喜と、それ以上の熱っぽい感情で揺れている。
彼は不敵な笑みを浮かべ、爆弾発言を投下した。
「知っているだろうか。私が、国内最大手『銀鳳商会』のマスターであることを」
「なんと。あの大商会の主でいらっしゃいましたか」
オーリンが目を丸くする。
銀鳳商会といえば、この国の流通の七割を牛耳ると言われる怪物企業だ。
「単刀直入に言おう。膿を出し切ったオルコット商会と、私の銀鳳商会を統合したい。二つを合わせれば、国境を超えた巨大な経済圏を作ることができる」
リヒターは熱く語りかける。
それは愛の告白というより、巨大プロジェクトのプレゼンテーションだった。
「私の妻となり、統合された新商会の『総帥』として、この国の経済を支配するのも悪くないと思わないか?」
「それは」
オーリンは少し考え込み、そしてニヤリと笑った。
それは、会計士が巨大な利益を見つけた時の顔だった。
「条件次第では、前向きに検討させていただきます」
最強の監査役と、商才溢れる冷徹公爵。
二人が手を組み、世界最大のコングロマリットが誕生した瞬間だった。
王国の悪人たちだけでなく、ライバル商人たちも一斉に震え上がったという。
だがそれは、また別の話だ。
【おしらせ】
※2/20(金)
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