八話 入る余地はまるでないし
荒浜に到着した一行は、正一郎を除いてピンピンしながら車から降りてきた。そして当の正一郎はというと
「うぇぷ……ノレン、お前金輪際運転するの禁止」
盛大に酔っていた。主にノレンのドリフト走行のせいで。
「ばっかオメェ、大事なものを取りこぼさないように走るのは基本だろうが」
バカに馬鹿呼ばわりされて、いっぺんコイツ張り倒したろうかなという気持ちになる正一郎であるが、そんなことよりも転生者事案である。よろよろと現場に駆けつけてみれば、侍じみた男が一人、海を見て静かに泣いていた。
「あのー、何かありましたか?」
銃を構えたノレンにげんこつを入れて、純一郎が聞き込みを始める。会話が出来て、まともな感性をしているのなら、是非とも嘱託員に迎え入れたいからだ。そんな正一郎の願いは
「憎い……全てが、憎いっ!」
男の増悪によって早々に断ち切られることになる。
「あの時この力をもってすれば、助けられる命もあったというのに!」
言葉だけ見れば、立派な志を持っている人間なのだが、如何せんはだけた胸からはあからさまに邪悪な何かが迸っており、それが全身を包むと異形の怪物へと姿を変えた。携えた刀も歪な大剣へと姿を変えており、正一郎はこの時点で”あ、話の通じない人だ”と確信を持った。少しずつ離れようとしたが、それを砂浜が許さない。
「そして見捨てられたこの地を見よ!かつては人の住む町が!一面の野原と化している!人の住める場所などないというように!」
それは都市開発の段階でもっと陸地に建物立てた方が安全だよねという打診があったから、という正論は、この男に通用することはないだろう。
「なれば我はここに王国をつくろう!次こそいかなる災害にも負けぬ強い王国を!!!」
正一郎へ向かって、男、いや怪物は大槌のようなこぶしを振り下ろし、それを由美が受け止めた。何で俺が狙われたの?と正一郎の頭の中は疑問でいっぱいだったが、そんなこと関係なく闘志を燃やす女が一人。
「アンタ、ウチの男に手を出したね?ぶっ殺す!」
由美の両手には、光り輝く金属バットのようなものが二本携えられてた。
「おいおい、後輩だけにおいしいとこは持っていかせないっつーの」
いつの間にかこの前押収されたはずの40口径マグナムを手元でぎらつかせながら、ノレンが並び立つ。
「我が覇道を止めるというのなら、容赦はせん!!」
怪物が咆哮し、二人の戦士がそれに立ち向かう。正一郎は正規の手段じゃ勝ち目がないと踏んで、早々に戦闘区域から離脱した。
「っだぁぁぁ!!!」
由美がバットを怪物の膝に叩きつけ、その体をよろけさせることに成功した、その瞬間怪物は自らの質量を持って由美を押しつぶそうと倒れこむ。
「馬鹿がよぉ!!」
それをさせまいと、ノレンのマグナムが性格に怪物の頭を貫いた。本来であれば致命傷であるが、弱点は別の部位なのか、倒れる位置が前から横に変わる程度にとどまった。
「オレの援護がないとやばそうだな、ブランクってやつか?」
「は?ウチにブランクとかないし、つーかあの程度持ち上げて投げ飛ばせてたし」
軽口をたたきながらも二人は怪物に立ち向かう。由美は怪物の大剣を難なくバットでパリィし、ノレンに至っては全て紙一重で攻撃のすべてを避け、あまつさえ反撃すらしている。
正一郎は正直言って混乱しきっていた。由美はまだわかる。異世界からの帰還者である転生者なのだから、対応できるのも理解できる。問題はあの金髪トリガーハッピーだ。何をどうしたらあんな戦闘に生身で対応できるのだと理解の範囲外にいる。終わり次第直ちに問い詰める必要がある。
しかし、こんな時でも二人の上司は正一郎しかいない。何かできる手段はないかと持ちうる情報をその場で確認し始めた。
スマホでハッキングして情報収集は極めて現実的な手段ではないので却下。SNSに助けを乞うのもこの場に一般人が来る可能性があるため却下。正一郎はこういう時に限ってパソコンを不要と持ってこなかった己を恨んだ。
そうこうしているうちに、戦いは別の顔を見せ始めてきた。
「ゼェ、ゼェ、あークソ!砂浜動きずらい!」
ノレンのスタミナ低下である。どんなに神回避を見せてもそこは一般人。活動時間には限界がある。
「後輩!オメェ一人で、コイツやれっか!?」
ここに来てようやく、ノレンは引く決心を固めた。これ以上自分がいると足手まといになると悟ったからである。
「舐めんな!タイマンで負けた事ねーから!」
そういう由美も、さばき切れていない攻撃であちこちに傷を負っている。これまではノレンというヘイト分散役がいたから優位な戦闘が成り立っていたものの、一対一で戦えばこの戦闘は泥仕合確定、もしくは奥の手で何とかするかの二択になっている。奥の手はリスクが大きくあまり使いたくない手、しかしここで永遠に続く戦闘を続けるよりは……
「戦い中に、考えてんじゃねぇよ、バァカ!」
銃声が響いた。打ち抜いたのは今にも由美の脳天をカチ割りそうな大剣。それは銃弾によって起動が曲げられ、由美の肩を掠って砂浜にまっすぐな線を引いた。
「オラこい、バケモン、オレは、まだまだ、健在だ、ぞ、コラ」
明らかな虚勢。明らかな嘘。疲労が溜まり切りながらも、再び戦闘の意志を見せるノレンに、由美も覚悟を決めた。
「分かった。ウチも奥の手見せてやる」
バットを二本重ね、ねじる。するとみるみる融合して、一本の巨大なバットに変わった。
「これは使ったら半日はぶっ倒れるから、確実に倒せるときに使いたかったんだけど、ウチの男と、そこの先輩に免じて使ってやんよ!」
異世界転生には、強靭な肉体と膨大な魔力の他に、一つ特典が付くことがある。それは人の願いの結晶であり、人によっては電気の発生、より強靭な肉体への変貌など、多岐に渡る。
転生者として由美が願ったのは、何者にも負けない力。異世界はそれを、どんな状況でも一発逆転可能にする力と受け取った。どんな劣勢も跳ね返すその力の名は
「逆転満塁ホームラン!!!!」
強烈な打撃音が海岸に響く。値千金の大打撃が、怪物の体を穿ち、海の彼方へと吹き飛ばした。水平線を遥かに超えて、怪物は太平洋の中に落ちていく。咆哮はもう、聞こえない。




