三十四話 結果会いに行かなくとも運命はそれを良しとしないし
ノレンと共に由美への言い訳を思いつく限り続けた事により、正一郎はちょっと疲れていた。気持ちが疲れている時はがっつり食べるに限ると正一郎は帰り道のルートを少し変え、国分町の奥へと入り込む。
酒の安いホルモン屋が正一郎の行きつけで、150円の白飯と350円のホルモン盛り合わせを頼むのが正一郎の飲み方だ。いつものセットを頼みつつ、周りの煙に燻されて時を待つ。正一郎はこの時間が割と好きだった。女将さんのいつもの軽口や、常連の騒ぎ声が心地よい。俺はここに肉を食いに来たと気持ちを沸かせるのだ。
「おやおやお兄さん、ここに飲みに来たんじゃなくて?」
鈴を転がしたような声が、浮ついた様子で正一郎にかかる。そちらを見ると雲類鷲がビールをぐびぐび飲みながら正一郎に突っかかってきていた。見た目が完全に少女な雲類鷲に正一郎が信じられないような目で見るのを完全になかったことにしながら、雲類鷲はコップに入った分のビールを飲み干した。雲類鷲は普段こそ物静かな類なのだが、一度酒を入れれば言葉が止まらなくなるたちなのだ。
「駄目だよこの店に来たんなら酒を頼まなければ酒を」
そう言って雲類鷲は女将さんにコップを追加で頼むと、正一郎に自分の瓶ビールを注いだ。
「ほら、とりあえずググっと飲んでググっと。そうしたら肉を食う!この店はこうでなきゃ!」
別に酒が飲めない訳でもないし、人の好意を無碍にするのもなんとなく気の引けた正一郎は、言われた通りに酒を飲み干した。すきっ腹にビールが入ってなんとも言えない気持ちになる。せめて白米を先に出してほしかったと思う正一郎とは裏腹に、雲類鷲は畳みかけるように話を続けた。
「それでさぁ!今日私ネットニュースに乗ったんだよね!結構すごくない?こう見えて探偵してるんだよ私。ここであったのもなんかの縁だし、困ったことがあったら相談に乗ってあげるよ!」
正一郎はしゃべりの止まらない雲類鷲から名刺を受け取り、そこでやっと目の前にいる相手が情報を提供した相手であることに気が付いた。酒が入ったことで少し気の大きくなった正一郎は、ここで初めて雲類鷲に言葉を返す。
「雲類鷲、ってことはアンタか!俺だよあんたの事件の情報提供者!皆川正一郎!」
「皆川ぁ!ほんと?助かったよ情報提供!じゃあ実質今日はあなたの奢りってことだ!ありがとうねぇ!」
そう言いながら瓶ビールから酒を注ぎ更に酒を飲む雲類鷲を見て、とてもネットニュースに出ていたような名探偵の素振りは微塵も感じないなと正一郎は到着した白米とホルモンの盛り合わせを受け取る。そのままガスの元栓を捻り、備え付けのマッチで肉焼きコンロに火をつけた。十分鉄板が熱くなってきたところにホルモンを乗せる。たれによく漬かったいい匂いがけむりと共に立ち上る。
一杯も二杯も変わらないかと正一郎は瓶ビールを追加で注文し、ほぼノータイムで届いた酒瓶をコップに傾けながら正一郎は雲類鷲に聞きたかったことを聞く。
「それにしても、アンタよくあのノレンに勝てたな。得体は知れんが人の動きしてなかったろアイツ」
正一郎の問いに雲類鷲はふっと笑い、瓶の中身をコップへ注ぎ切ってから追加の瓶ビールを頼みつつ答えた。
「そりゃあまぁ、探偵って職業やってたら厄介事の一つや二つと対峙しなけりゃいけないからね。自然と戦い方も交渉事も上手くなるってもんよ!」
そういうものなのかと正一郎はホルモンをひっくり返しながら考える。交渉事をノレンに頼らず出来るようになるのは転生者対策課にとって旨味なのではないだろうかと。ノレンの交渉術は確かに明確な強みだ、しかしながらいまいち信用しきれないところがあるのもまた事実。下手にノレンに一任するより分担できた方がよいと思ったのだ。
「なぁ、もしよかったら、警察の嘱託職員にならないか?アンタみたいな逸材を探してたんだが」
良く焼けたホルモンをたれの入った小皿に移しながら、正一郎は雲類鷲を転生者対策課に誘ってみた。ダメで元々、うまくいけば儲けもんくらいの気持ちである。
「警察ぅ?いやいや、そんながらじゃないよ私は」
案の定、雲類鷲は正一郎からの誘いを断った。そりゃそうだよな、仕事が普通にあるもんなと正一郎は大してショックを受けることなくホルモンを口の中に入れる。コリコリとした触感を楽しみつつ、白米をかきこめばそれだけで幸せが訪れるのだ。
「でも、業務提携って形ならいいよ。仕事の合間にチョチョイって感じで」
しかし続く雲類鷲の言葉に、正一郎は危うく口の外へ幸せを逃しそうになった。ギリギリで口から出そうになった米を押さえ、咀嚼し、嚥下してから正一郎は改めて驚く。
「マジで?」
「マジマジ。とは言っても探偵の仕事なんて不規則なもんだから、毎回毎回一緒に行けるってわけでもないけどね」
その代わり、と雲類鷲は前置きをしたうえで、ビールを煽ってからこう付け加えた。
「こっちの仕事も、ちょっとは手伝ってよね。皆川の情報収集能力は実際頼りになるし、何よりギブ&テイクがないと業務提携って形にならないでしょ?」
その程度ならいくらでも、と正一郎は思った。探偵の仕事がどれほど詰まっているかは知らないが、正一郎がやることと言えば情報提供とハッキングくらいなものだ。それこそ片手間で片付く仕事でしかない。しかし同時に、この件を転生者対策課の面々に、特にノレンに知られてはいけないと直感した。なんというか、アイツにバレるとひと悶着起こりそうな予感がしたのだ。
「分かった。こちらからは情報と、あと事件解決の協力には報酬を。そっちからは人手を。後日メールで正式に連絡を入れるから」
「ん!そっちの方が私も助かるわ!とりあえず今日は飲もう!新たなる業務の開始を祝して!」
そうして正一郎と麗はささやかで、それでいて楽しい飲み会を開始した。後日正一郎が素面の麗を見て、本当に交渉事が上手いのか疑問に思ったのは言うまでもない。




