三十三話 正味本懐を遂げられなければ元の木阿弥だし
げっそりしながらノレンが下山してから数日後。あの場に放置された太陽は風邪を拗らせ長期療養に入り、元凶であるノレンの休みががっつり削られ、さらにノレンがげっそりしながら仕事をしていると、正一郎が手に持ったスマホでネットニュースを見せてきた。
「コイツ、お前が追ってた転生者じゃねぇの?」
正直今その顔を見たくはなかったので目をつぶったノレンだったが、代わりと言わんばかりに画面を見た由美が読み上げる。
「へぇー、『名探偵、雲隠れした悪徳社長の闇を暴く』だって!」
「うるせーやめろ、オレは今ソイツのせいで猛烈にへこんでるんだ。耳にも入れたくねぇ」
ノレンが耳を両手で塞いだので、仕方なしに由美は黙読へ切り替えた。記事曰く
『名探偵雲類鷲がまたもお手柄!
三月四日未明、泉ヶ岳にて行方をくらませていた製薬会社社長、十文字雄太郎氏を発見。彼の持ち逃げした資産を従業員に還元し、その悪行に終止符を打った。また、この件で父親に連れ去られていた娘の十文字那由他氏も無事保護され、母親の元に帰ることが出来た』
とのことであった。正一郎もノレンが気にしていたということで独自にこの件を洗ってみたのだが、なんとも闇の深い案件だったことは記憶に新しい。なんでも新薬開発費用や会社の運用費、その他諸々一切合切を一度に引き出して夜逃げ同然で消えたんだとか。
実のところ、正一郎は社長がどこにいるかの大まかな位置まで割り出していた。それもノレンよりだいぶ早くである。それを黙っていたのは、ノレンが正一郎に手伝って欲しくなさそうなことと、ノレンの勢いを削ぐための二つが主な理由であり、雲類鷲に情報を垂れ込んだのも何を隠そう正一郎自身だ。
本当であればノレンよりも先にペンションの主を捕えていて欲しかったというのが正直な所だが、それでもノレンが太陽を引き連れずペンションに単身乗り込んだこと、正一郎の予想より雲類鷲が有能であったことなど、色々なことが作用して今回の結果となった。
「っくしょぉ、なんだってこうもついてねぇんだ。もうだめだ。真っ当に働くしか道はないんだ……」
未だ耳を塞ぎ机に突っ伏したまま恨み言を呟くノレンを見て、少しはいい薬になっただろうかと正一郎はスマホを手元に戻しすと、一件のメールが届いていた。それを開くと雲類鷲からのお礼の文面がつづられている。
『協力感謝する。報酬は何処に振り込めばいい?』
そんな雲類鷲からの文面に、正一郎は頭を捻る。今回の情報提供はノレンのたくらみを阻止するための行動だったとはいえ、結果的に不正をただす手助けとなったことには間違いない。ついでに言えば、いつも顔を突き合わせている同僚ならいざ知らず、赤の他人と貸し借りなんていう曖昧なもので終わらせてしまうと後々が面倒だ。正一郎はメールの文面に自分の口座を打ち込んで送信する。あとはメールを削除してしまえば問題なかった、はずなのだが
「皆川くん、それ誰?なんか難しい漢字の人だね」
由美に、メールを見られてしまった。
「ああこれ?個人的な知り合いでな。ちょっと協力を求められてちょちょいと」
見られたくないものを見られて気が動転した正一郎は、ついつい言葉を滑らせた。そしてそれが、聞かれたくない人間に届くこともまた、正一郎が予見していなかったことである。幽鬼のように机から起き上がったノレンは、人を殺せそうな視線を正一郎に送りつつ由美に問う。
「……なぁ、その漢字って、雲に類に鷲って書くか?」
「え?よくわかったね。そうそう……アレ?」
これって名探偵の名前と一緒だねーとのんきに笑う由美とは対照的に、正一郎はその場から逃走を図るべく転生者対策課の出入り口へ
「はーい、ちょっと話聞かせてくれよお兄さん」
行くこと叶わず、ノレンに腕をがっしりホールドされた。そのままスマホを奪い取られ、メールをしっかり確認され、そうしてノレンは結論を出した。
「つまり、あれか。お前が場所売ったのか」
ノレンの掴む力が強くなる。人と比べて華奢なノレンの握力が、正一郎には妙に強く感じた。言い訳は愚策、かといって正直に吐いても愚策。無理に引きはがせば、次にノレンが向かうのは銃を置いている棚だろうからこれも愚策。ならばと正一郎が問った行動は
「はなさん。二つの意味で」
黙秘、並びにノレンを逆の腕でがっしり掴むことだった。攻撃に転じる術を失ったノレンはじたばたと暴れ、なんとか離れようと必死にもがく。しかし正一郎は話さないし放さない。なのでノレンは外部の力を借りることにした。
「由美ーーー!!!写真撮っとけ!!セクハラの現行犯だ!!!」
これで正一郎が焦って手を放せばそのまま射殺に移行できるし、放さずとも写真さえあれば社会的に抹殺できる。もう借りがどうこうとかそういうレベルじゃない。とりあえず正一郎は殺す。ノレンは完全に頭に来ていた。全て終わってから考えようとばかり思っていた。
「このぉ!」
瞬間、頭部に冷たいものを感じたノレンは正一郎ごと地面に倒れる。今まで頭があったそこを、由美のバットが通り過ぎた。
「馬鹿野郎!オレごと殺す気か!」
「浮気だ!浮気者は女ごと殺さなきゃ!」
脳みそがキレていたのは、ノレンだけではなかった。正一郎の行動に、由美もまたキレていたのだ。別に付き合ってもいないから浮気も何もないだろうと思うが、こうなると危ないのは自分の命である。何とかノレンだけ助かろうにも、正一郎はあまりのことに硬直しているせいで放してくれない。
「違うから!マジジョーク!イッツァジョーク!ほら!正一郎からもなんか言ってやれ!」
ならばとノレンは正一郎を味方につける事にした。不本意ではあるが呉越同舟といったところだろうか。
「え?あ?は?いや、そう!浮気とかそんなんじゃないぞ宝来さん!」
やっと正気に戻った正一郎と共に、三十分かけて由美を説得したせいで、結局この件はうやむやになるのであった。




