三十一話 話を聞く気なんかさらさらないし
唸る建物の中、どうにかして中年を交渉のテーブルに着かせたいノレンとは対照的に、雲類鷲はタクティカルバトンを中年に振り下ろす。それを良しとしない建物の屋根が雲類鷲の攻撃を防ぐと同時に、床が勢いよく雲類鷲に迫る。これを華麗に躱した雲類鷲は、攻めあぐねていることに若干の苛立ちを覚えた。
「む、うまくいかない」
その隙にと言わんばかりに、ノレンが中年の背後に回り、そのまま彼の後ろへと走り抜ける。
「そりゃそうだ!アンタのお陰で攻略法を思いついたぜ!」
よくよく考えてみれば、この中年はどうでもいいのだ。彼が背後に声をかけていたということは、即ちその奥にノレンの欲しい転生者は隠れている。ならばそちらと話をつけてしまえばよいのだ。そうすれば後は中年のことなどどうとでもできるだろう。
「ッ!那由他!身を守れ!」
中年の言葉に、二階へと続く階段が歪む。それを見たノレンはにんまりと笑った。
「馬鹿が!居場所を教えているようなもんだ!」
ノレンは器用に歪み切る前の階段を跳ねるように駆けあがり、そうしてたどり着いた先にいたのは、男とも女とも取れないなんとも中性的な子供のようである。ソレがノレンを見た瞬間、屋根が、床が、天井が、一斉にノレンへと牙を剥いた。
「ひっ!ぼ、ボクに近寄るな!」
「そいつは!無理な!相談だぜぇ!!」
迫りくる障害を躱し、いなし、受け流し、そうしてノレンの銃口はターゲットへと向けられる。
「チェックメイトだボクちゃん。この銃はお前の眉間程度、簡単にぶち抜くぜ?」
ノレンはこの瞬間、勝ちを確信した。自分が交渉相手を傷つけることなどないが、相手はそんなこと知らないのである。この那由他とか言う人間が怯え切っているのが何よりの証拠だ。どうせこの手の、家に引きこもってばかりで防御一辺倒な輩は、攻撃に耐性などないだろうとも読んでいた。
「ん、そいつも対象。理解」
だからこそ、ノレンは自分とほぼ同着で二階にたどり着いていた雲類鷲に気が付くのが数舜遅れた。ノレンが庇うより、那由他が防御するよりも早く、雲類鷲のタクティカルバトンが性格に那由他の顎を打ち抜いたのであった。あまりにも鋭く、そしてあまりにも速い攻撃に、転生者であるはずの那由他が倒れる。
「……おいおい!お前の獲物は下にいるオッサンだろ!コイツはオレんだ!」
「共犯者は一緒に来てもらう」
雲類鷲と話していても埒が明かないと思ったノレンは、那由他の背後に回り込むと銃口を雲類鷲に向けつつ那由他を抱き上げた。
「馬鹿がよぉ。オレは警察だぜ?公務執行妨害でコイツはオレが連行する」
完全に公務とは言えないノレンの行動に、しかし雲類鷲は歩みを進める。
「あなたに私は撃てない。一般人にその銃はオーバーキル過ぎる」
ノレンの腹の内を見据えたような雲類鷲の言動に、さしものノレンも目を見開いた。そして同時にこう思う。コイツ、オレの話で動じねぇ!と。
こうなったら人間一人を抱えているノレンの方が圧倒的に不利である。攻撃してきた那由他はともかく、何の関係もない雲類鷲を撃ったら流石に言い訳が効かないからだ。ノレンはこの状況を打開すべく脳みそをフル回転させ、そして今考えたとっておきの秘策を繰り出した。
「おっと、オレにかまけてていいのか?オッサンが逃げるぜ?」
こうなったら金ヅルは捨てる。ここにたどり着くまでの金は惜しいが、自分の前歴を凌辱した正一郎の歪む顔の為になら喜んで捨ててやる。ノレンはここに来て自分の利を取った。ノレンの渾身の口車に雲類鷲の歩みが止まる。言論で畳みかけるなら今だとノレンは出まかせを機関銃のように放った。
「オレだって正義の警察だ。だからこそ、この事件を明るみにしてオレ自身の正義ってやつを遂行したかったが、その名誉はお前にくれてやる。お前がオレを知るように、オレだってお前を知っているぞ雲類鷲
。探偵なんだろ?泣いてる人を助けるのがお前の仕事なんだろ?なら依頼者に寄り添ってやれよ。暴力装置はオレが抑えていてやる。お前は本丸を取ってチェックメイトに持ち込むんだ」
ノレン渾身の言いくるめであった。正一郎なら、この情報の波にのまれていただろう。しかし相手は、飛ぶ鳥を落とす勢いの名探偵
「扉は歪んで開かない。その子を起こして、全部清算させる。お巡りさんなら好都合。一緒に罪を償わせよ?」
ノレンの口車なんかには、乗らなかった。




