三十話 とりあえず先に着いたほうが勝ちだし
太陽と通話しながら例のペンションを探すノレンがそこにたどり着いたのは、お昼を少し過ぎた頃であった。昨日から雪が降っていないにもかかわらず、足跡一つない山奥に急にそびえたつ建物。付近には建物の立てるような立地ではなく、後付けでその場にペンションを生やしたかのような印象が見えた。
「やぁっと見つけたぜ。オレのペンションちゃん」
後はノレンの十八番である、いかに中の人間を言いくるめるかの勝負である。どんなに相手が狂っていようと、相手の道理で道筋を立ててやれば自ずと胸襟を開くはず、そこをグサリとやるのがノレンのいつものやり方であった。太陽には空から見張っておくよう言伝を出したし邪魔は入らない。しかし
「……ん、貴女は確か……」
ノレンの後ろから、鈴を転がしたような声がかかる。振り向けば、雲類鷲 麗がそこにいた。ほぼ同着、しかもノレンのように転生者を連れないでの単独解決である。ノレンは雲類鷲の推理力に背筋が凍ったが、しかし先にたどり着いたのはノレンの方。ならば自分に優先権はあるはずだと、雲類鷲よりも先に扉をノックする。
「すみません。ちょっと道に迷ってしまって……」
ノレンの困ったような声に、扉の奥から足音が聞こえる。これは勝った、自分の勝ちだと心の中で喜ぶノレンに、雲類鷲は声をかけてきた。
「下山するならあっち」
人をだまし続けてきたノレンは分かる。雲類鷲の心からの心配の声であった。ノレンからすれば死ぬほど迷惑な言葉でもあった。テメェはお呼びじゃねぇんだよと腹の底からこみ上げてきた声を喉元で抑えつつ、その表面は取り繕って、まるで聞こえていないかのように扉を見続ける。
「難聴?」
誰がだと、ノレンは心で唾棄する。ここで顔に出してはすべてが水の泡だ、それだけは何としても回避したいノレンの奇跡の腹芸である。
「はいはい、大丈夫かい?こんな山奥で大変だったろう」
中から出てきたのは、小太りの中年であった。ノレンを見るなり少し鼻の下が伸びたようにも感じた。好都合とノレンが思うと同時に、中年は雲類鷲も見つける。
「おや、お連れ様かな?」
「私はあなたに用があってきた」
雲類鷲の言葉に、中年は眉を顰める。それもそうだ。雲隠れしている自分に来訪者などあっていいはずがないのだ。中年はしばし考えたのちに、何事もなかったかのように扉を閉めようとする。やりやがったな貴様とノレンは雲類鷲を睨むと、閉じる寸前のペンションの扉に足を挟んだ。
「あのぉ、私は本当に道に迷ってしまってぇ、後ろの子とは無関係でぇ」
いくらノレンが非力でも、雪山装備の靴であれば容易に閉まる扉を阻害できる。中年が四苦八苦している間に、雲類鷲は無理やりその扉を開けた。どうやらノレンよりは力強い子なのかもしれない。
「失礼する」
「ああちょっと!」
そういってずかずかとペンションの中に入る雲類鷲。こうなると中年が止めようとする相手は雲類鷲になる、どんどん室内を探索する雲類鷲の肩を掴む中年を横目に、しれっとノレンもペンションに入った。
「困るよ君ぃ!勝手に入っちゃぁ!」
肩を揺さぶる中年の手を持ち、雲類鷲はそのまま物理的に突き放す。
「困っているのは社員の方」
「なっ……そうか、そうか。そういうことか」
中年はそれを聞いて目を見開き、やがて合点が言ったように頷いた。一連の状況を見たノレンは最悪の方向に向かっていることを理解し、次に起こることを予想して、背中に隠した40口径マグナムに手をかけた。やがて中年は声を押さえるように笑いだすと
「怪しいと思ったんだ、こんな山奥に女だけで迷い込むはずがない。おい!那由他!お客様だ!」
背後へ鋭く声をかける。その瞬間背後に殺気を感じたノレンは、雲類鷲を抱えて横に飛ぶ。直後、扉が棘のようにノレン達の居た所へ伸びた。
「ああそうだろうよ。この建物そのものが転生者の胃の中ってことぐらい、こっちは織り込み済みだ!」
「転生者?ああ、そういう」
素早く中年へ拳銃を抜いたノレンとは対照的に、雲類鷲は今気づいたとでも言わんばかりにゆっくりと立ち上がり、ジャケットの裾からタクティカルバトンを引き抜いた。
「ありがとうビアホールの人。次は避ける」
雲類鷲は、ノレンがあの場にいたことに気が付いていたようだ。こいつ記憶力どんだけいいんだよと不快感を隠さなくなったノレンを見ることもなく、真っ直ぐと中年を見据える雲類鷲。二人が健在なことにいら立った中年は、尚も後ろへ声をかけ続ける。
「おい那由他!早くこいつらを殺せ!」
ペンションの中は、まるで生物のように蠢く。ノレンは一般人用にニューナンブを持ってきていなかったことを後悔しつつ、戦闘へと身を投じることになった。




