十七話 そもそも一癖も二癖もあるやつらだし
「いぎなし変わっちまったんだなぁ、もうおらがいる場所っこさねぇのかもしんねぇな……」
上空から田中さんは様変わりした仙台を見る。農村地帯の広がる昔から、高層ビル群が立ち並ぶ今。過去しか知らない女性は、その立ち居振る舞いすらわからず茫然と世界を見る事しかできなかった。
「おおっと!困りごとかい!」
そこに飛んできたのが太陽だ。彼の理想とするヒーロー像を引っ提げて、田中さんに接近する。まさか自分以外に空を飛ぶ人間がいるとは思っていなかった田中さんは、思わず空中なのに腰を抜かしそうになった。
「おどげでねぇな!最近の若もんは空も飛ぶんけ!?」
「おどげ……?まぁ、僕は異世界帰りなので空を飛べるんだよね!」
仙台住まいと言えど、二十代前半の人間にごりっごりの仙台弁は通じない。とりあえず太陽はわかるところだけ聞き取り、返答する。異世界、という言葉に聞き覚えがなかった田中さんは、その意味を受け取り、考え、理解し、
「なんだや、いったりかったり不埒もんってのはいるんだなやぁ。くさん、敵だな?」
勘違いした。恐らく空を飛ぶ何かと異世界で何かあったのであろうが、こうなると偏屈な老人の考えは曲がらない。
「敵?いや違、あぶなっ!危ない!」
否定しようとした太陽へ、黒煙を礫のようにして飛ばし始めた。明らかに当たったら痛そうな形状をしているため、太陽は回避行動をとる。
「ごせっぱらやげるあんちゃんだなぁ、ぱっぱと当たれ!」
「ふぁっはっおわぁぁぁぁぁ!!?」
まるで戦闘機のドッグファイトのような光景が仙台市上空で繰り広げられているそんな折、太陽へ由美から連絡が入った。
『こっちでも戦いを確認できてるよ!勾当台公園周辺の避難誘導は済んだから、こっちにおびき寄せて!』
警察署最寄りの広い公園を、由美は身体強化で駆け回り避難誘導を完了させていたのだ。ここでなら戦闘になってもよっぽどのことがない限り周辺に被害は出ないであろう。
「こ、勾当台公園ってどこぉ!?」
しかし太陽には土地勘がなかった。基本的に地元である泉区から出ることはなかったし、そもそも数か月前までは別の世界にいたのだ。場所が分からなくとも仕方ないだろう。と、ここでノレンが通話に割って入る。
『こっちで銃声鳴らしてやっからそっちに飛んで来い!』
直後、田中さんの背後で発砲音が鳴り響いた。どうやらそっち方面らしいと太陽は進路を変える。逃がすかと言わんばかりに田中さんが追随してくれたのはラッキーといったところだろうか。
「わぁっ、わわっ、あぶなっ」
やや緊張感に欠けた太陽の声と共に、勾当台公園へ降り立った田中さん。そこにいたのは魔法で練り上げられたバットを持つ由美と、何を思ったか丸腰のノレンである。
「おめらもそいづの仲間か?」
黒煙をフルスロットルで回しているのか、暗雲のようにノレン達の上に立ち込める。きっとこの場の誰かがそうだと答えた瞬間、太陽を襲った礫が雨のように降るのだろう。しかしそんなことは知らないとばかりにノレンが前に出る。
「私別の世界から戻ってきた方々のお世話を担当しております押野、と申します。こちらは荒事が起こった際に鎮圧を担当しております宝来でございますわ」
ノレンの口八丁が始まった。急なノレンの口調の変化に戸惑う由美を置き去りにして、ノレンがさらに前に歩き出した。
「世話だぁ?おらはおめだづの世話にはなんねぇ。山で山菜でも取りながら静かに暮らすんだ」
邪魔をするならと言わんばかりに、黒煙から礫が顔をのぞかせた。転生者の由美ならいざ知らず、戦闘能力以外は一般人かそれよりも低いノレンには大打撃になりかねない。どうにかして守る方法を、と由美が考えているうちに、遂にノレンは田中さんの目の前までたどり着いた。
「ええ、ええ。貴女のお考えは分かります。この世界に居場所がないので、俗世から離れたいと思っていらっしゃるのですね」
まるで心を見透かしたかのようなノレンの発言に、思わず田中さんはたじろぐ。その行動を隙と見たノレンは、そこに入り込むように話を続けた。
「いけませんわ。貴女様のような素敵な方が、誰にも必要とされない訳がございません。過去の話は貴重ですし、なにより話し相手となる方が全くいない訳でもございません」
「くさん、なにくっちゃべって……」
ノレンの言っていることに乗せられたか、田中さんから噴出する黒煙の量が少し減った。ここからノレンの口車が加速する。
「まず貴女様とお話の合う方とお会いしに行きましょう。現在の仙台でも、昔を知る方は大勢入らっしゃいますわ。そしてこの現代での生き方を模索するというのも一種の選択肢としてありでしょう。時間は沢山あります。俗世を離れるという選択肢もあるかもしれませんが、それは今を知ってからでも遅くはありません。まずは一度で良いので、私共と一緒にこの世を見ていきませんか?」
まるで相手に商品を紹介するセールスマンのように、ノレンの舌は田中さんへ戯言を展開する。一気に押し寄せた情報の波を田中さんが整理するためか黒煙が更に少なくなってきたが、それよりも早くと言わんばかりにノレンは言葉を押し付ける。
「それと、これは私個人のお願いなのですが、もし私共が困った時はお力添えをしていただけると大変ありがたいのです。もちろん報酬はお支払いいたしますし、貴女様のご負担になることは何一つございません。それに貴女様のそのお力をどこにも行使されないというのも非常にもったいない事だと私共は考えております。ぜひ、その力を善行に使ってみてはいかがでしょうか」
もう田中さんから黒煙は出ていなかった。代わりに脳内の処理が追い付かなかったのか、頭から白い湯気が出ている気すらする。
「わ、わがっだ。わがっだからそうわっとしゃべぐるのはやめてけろ……」
「お判りいただけて何よりですわ!それではこちらで諸々の手続きを」
脳みそがオーバーフローして適当にオーケーを出してしまった田中さんを丸め込み、ノレンは何処の老人ホームに入れてやろうかと画策するのであった。
こうして田中さんはノレンの目論見通り、とある介護施設でお世話になることになる。昔の話で盛り上がれること、見た目が小学生低学年くらいなこと、体力が沢山あることなど、沢山の要因があって田中さんは施設内で大人気になった。そしてノレンの電話一つで助けに来てくれる貴重な戦力の一つとなったのである。
「おま、お前、俺がいないからって勝手に手続きの全てを……」
次の日出社した正一郎は、ノレンのやらかした事態に頭を抱えた。通常転生者は現代に戻って着次第保護され、役所に届け出を出して死亡届やら失踪届の撤回を行うところから始め、その能力を報告し、それからやっと社会復帰のための仕事探しやらが始まるのである。
ノレンは今回、その全てをスキップした。いきなり田中さんに介護施設への仕事を斡旋したのである。報告書には『不審な雲が出たため勾当台公園付近の市民を避難させたが、数分後には霧散したためマルテンの可能性なしと判断し撤収』とだけ書いて事実を隠蔽し、文字通りノレンの奥の手としたのだ。
「まぁそう気にすんな。オレの隠蔽能力は他の追随を許さねぇし、万が一バレたとしても何とかしてやるからよ!」
元気よくそうのたまうノレンにげんこつの一つでも落としてやろうかと本気で思う正一郎であるが、戦闘能力的に、世間的にそれはまずいので我慢する。なにより今から撤回するとして、宮城県警内での転生者対策課の立場や、面倒ごとを嫌がる田中さんの性質を考えるとそれも難しいと思ったからだ。
「これからは、マジで、マジでこういうことは無いようにしろよお前…!」
やっとのことで絞り出した正一郎の声に、にこりと笑ったノレンが手を振る。正一郎は改めて、コイツの手綱だけは絶対に放してはいけないと強く心に決めたのであった。
田中キネ(102)
太平洋戦争が起こるよりも前に生まれ、七歳で異世界転生に巻き込まれた大正の人。頑固なところがあり、一度決めたことを撤回させるためには多大な労力を要する。つまり元気な偏屈老人である。酷い仙台訛りのせいでコミュニケーションをとることが非常に難しく、若者は何を言ってるか分からないとなることがしばしば。体から噴き出すことのできる黒煙は形を変えて自身の体の一部のように操れるほか、その噴出を推進力に空を飛ぶことも可能。




