十五話 大体そういう時に限って忙しいし
太陽が転生者対策課に入職してから一週間。ようやくシフトを組むことが出来たので、休める日を作ることの出来た正一郎は、久しぶりの自宅でゆっくり寝ることにした。次席のノレンに仕事は一任しているし、緊急事態の時は自分の携帯に連絡を入れるよう他の面々に言い聞かせているので、正一郎は安心して自宅にいることが出来るのだ。
時刻は正午を回り、正一郎のお腹は空っぽになっていた。基本こういう時の正一郎は近所にある飲食店を頼ることにしている。自炊は出来なくもないが、洗い物の面倒に抗うことが出来ない。さて今日は何処で何を食べようかと外に出ると、今にも雨の降りそうな曇り空が目に入った。スマホで天気予報を確認し、どうやらこれから雪が降るようだと正一郎は厚手の手袋を玄関にある小物置きから引っ張り出した。
正一郎の家は、若林区の一角にあるアパート。最近一番近いラーメン屋が閉店してしまったため、飲食店のあるエリアまで少し歩く必要がある。ここがやってたらなぁと閉店したラーメン屋を横目に見つつ、国道方面へ歩いていこうとしたところ
「だから―――――だべ!?」
「いや――――――」
何かもめ事が近くで起こっているような声が聞こえた。方角的に神社の境内で誰かが言い合っているらしい。正直言って正一郎は関わりたくなかった。休日くらい警官という職業から解放されたかったからである。俺は何も聞かなかった、面倒なんて知らないと正一郎は歩みを進める。
直後、神社の境内から爆発音が聞こえた。驚いた正一郎がその方面を見れば黒煙が境内から吹き出ている。
マルテン案件の可能性濃厚、こうなってしまった以上関わらざるを得ない。しっかり携帯していた警察手帳を握りしめ、なんでったってこんな近所でと思いながら正一郎は現場へ急行する。
黒煙の中心にいたのは一人の少女。小学校低学年くらいの年齢で、結構豪華な和服を着ていた。ともすれば七五三かな?と思える様相であるが、今は二月の中旬、完全に時季外れである。その周囲には一人の女性が腰を抜かしたかへたり込んでいる。こちらの服装は二月相応の防寒具である。ということは転生者が現代に戻ってきた瞬間に立ち会っているのかと正一郎は推理した。
「はい、警察です。どうかしましたか」
正一郎は努めて平静を装いつつ近づいた。ここで下手に少女を刺激してもいいことはないと思ったからである。黒煙を吹き出している少女は正一郎を上から下まで確認したのち、不信感をあらわにした。
「警察?でもおめぇ制服でねぇぞ?」
「まぁ、今日は非番だからね」
ぶっきらぼうな少女の言葉に、それもそうだと正一郎は事情を説明した。少し考える様子を見せた少女に正一郎はもう一押しかけるかと思案する。
「それで、お名前は?何か困りごとかな」
腰を抜かした女性をかばうように前に出て、しゃがんで少女の目線に合わせ、正一郎はにこりと笑いかける。少女は少し黒煙の量を落としながら、正一郎に話し始めた。
「くさんおぼこみてぇに話しかけてんでねぇぞ?もうこっちはあんだのおっぴさんくらいの年なんだがらやぁ」
少女の言葉は難解を極めた。ごりっごりの仙台弁である。一応仙台で生まれて仙台で育った正一郎は、イントネーションからなんとなく言ってることが理解できた。
「あー、えっと、失礼しました。あの、困ったことがあればお力になれるかと思うんですけど、お名前聞かせていただいてもいいですか?何かありました?」
「きはしまわるでねぇの。おらは田中キネってんだ。あんな?今は昭和何年だってこのおなごに聞いてんっけども、れいわがどうとかあぺとぺな事ばっか言ってんだわ」
なるほど、田中さんは昭和一桁世代から現代まで頑張って生き残ったタイプか、と正一郎は推察した。それにしても訛りがきついが、まぁそういう人もいるよなと割り切る正一郎。
「年号が変わっちゃったんですよ。昭和換算だと、えー、ちょっと待ってくださいね」
正一郎はスマホで「2026 昭和何年」と検索し、出てきた答えをそのまま田中さんに伝える。
「101年だそうです」
「あいやぁ、おらがいた時から95年も立ってんだやぁ。そんだけ立ってたらおらほのががも生ぎてねぇだろうなぁ……」
時間の流れを実感したのか、田中さんは少ししんみりしてしまった。正一郎は流石にこのまま放っておくこともできないため、転生者対策課に電話を掛けようとスマホを取り出したところ田中さんが正一郎に話しかけてきた。
「その板っこさなんだや、さっきからぴっぴしてっけど」
あー、昔から異世界いた人はしらないよなぁと正一郎は思いなおし、スマホの説明から始めた。
「これが今の電話みたいなものです。今日はこれから雪が降るみたいなんで、寒い中このままってのもいけませんし警察で保護させていただければと」
それを聞いた田中さんは、自身から出た黒煙を手の形にして正一郎の手を止めた。
「ごめんなしてくない、あんだん世話にならんでもいがす。おらのことはおらがやっから」
そういって田中さんは黒煙を使い宙に浮かぶと、そのまま都心方面へ飛んでいき見えなくなった。
「……ああもう、勘弁してくれよ!!!」
明らかな面倒ごとの予感に正一郎は心から渾身の叫びをあげ、大急ぎで転生者対策課に電話をかけるのであった。




