十話 最近は友好的らしいし
魔王。ファンタジー物であれば基本的に魔族の頂点であり、ラスボスのような存在である。最初に相対した電気の男曰く、魔王だか何だかが倒されたからこちらの世界に戻ってきたとのことなので、逆説的に考えれば彼ないし彼女が生きていることはおかしい事になる。
「…………」
しかし魔王は目の前にいる。何なら正一郎達をじっと見ている気すらする。どうするなどと考えるよりも早く、正一郎の口が先に開かれた。
「あの、今回は本当に助かりました。ありがとうございます」
感謝は万国に通じる懸け橋である。そう信じてやまない正一郎は敵対よりも手を差し伸べる方向へシフトした。いくら魔王と由美が言っても、目的が魔王討伐のこの他称魔王が掲げている限り敵対する理由がないからだ。笑顔でお礼を言う正一郎を由美が何か言いたそうに見ているが、正一郎はあえてその視線を無視した。
「……コチラこそ呼んでくれてありがとうございます……」
痛い視線の中、ボソッと魔王が敬語使って返事を返してきた。その波にかき消されそうな言葉を、聞き逃す正一郎ではなかった。呼んでいただいてありがとうございます、裏を返せば呼んで欲しかったということだ。
「いえいえ!コチラこそ突然お呼び立てして申し訳ありませんでした!あの、呼んでおいてあれなのですが、お名前を伺っても……?」
流石に他称魔王をそのままってそのままいうのははばかられるし、ここで情報の一つでも拾えればもうけものである。
「……人の名は捨てたので、今はただ、剣士と呼んでいただければ」
しばしの逡巡があって、魔王もとい剣士は丁寧にそういった。まぁ魔王と言われても実感がなかったし一旦は良しとした正一郎だったが、これまでの剣士の行動を考え仮説を立ててみる。ファーストコンタクトでは何かに気が付いたように消え、今は名を隠してこちらと接触している。あの場にいたのは自分とノレンと電気の男。そして電気の男を殺そうとしていたところから電気の男の知り合いの線は薄い。さらに先ほどの発言を合わせた結果導き出された答えは
コイツ正一郎かノレンの知り合いじゃね?ということである。
正直どっちが正解だとしてもうまみがある。どちらかの知り合いであれば円滑に嘱託職員への道筋を立てることが出来るし、何よりこの力である。とりあえず仲間に引き入れておけば、今後の仕事は一気に楽になる。何より今日みたいな劣勢が今後ないとも限らないのだ。強力な手札は多ければ多いほど良い。
「剣士さん、ですね。承知しました」
だからこそ正一郎は慎重になる。何より身分を隠しているということは、現在コチラに明かす気はないということ。ここで無理に暴こうとすれば、協力を得られないどころか敵対の可能性すらあるのだ。正一郎はいま縫糸の上を綱渡りしている気分である。どこかで由美が我慢しきれず爆発すれば、どこかでノレンが失礼なことをすればこの一大戦力との交渉はご破算になる。どうか動くなお前ら……と凄い目力を発揮しながら交渉を続けようと正一郎が口を開いた時
「では……」
剣士はまたも姿を消した。正一郎の気遣い並びに綱渡りは失敗に終わった。一瞬で緊張の元が文字通り消えてしまったので、正一郎はやり場のない何らかの力場が渦巻いているような気分になった。
「皆川くん!なんでアイツと交渉なんて真似を……」
茫然自失となった正一郎へ、由美が詰め寄る。傍から見れば魔王と交渉する邪悪な商人か何かに見えていたのだ。しかしそこへノレンが割り込んだ。
「まぁ待て後輩。もしあの場で魔王とやらと戦闘になったとしてだ、勝算はあったか?」
真剣なノレンの目に射貫かれ、由美は悔しそうにうつむいた。そのうつむいた隙にノレンは正一郎に向き直り自分の両目をピースの形で指してから、正一郎をそのままの手で指さす。
”目論見バレてんぞ”
と受け取り複雑な表情をする正一郎を見て満足したのか、ノレンは再び由美に向き直る。
「あの場の正解はこびへつらってでも生き残ること。そういう人がやりたくないこと、汚れ仕事を率先してオレたちの課長はやってくれたんだ。感謝しとけ」
この法螺は何処から出てくるんだろうと言わんばかりにペラペラ話すノレンを見て、正一郎は由美に同情した。情操教育が14で止まっている女児のような人間が、この口車に勝てるはずがないのだ。
「わ、わかり、ました……ありがとう、皆川くん」
「お、おう。わかればいいんだ、わかれば」
素直に謝ってくる由美に、硬い表情で返す正一郎。正直今のままでは全く役に立っていないお飾り課長である。何か力を見せなければ、この課はノレンに乗っ取られる。そんな気がぞわっぞわするのであった。




