第7話 猫神の加護
猫神、そして蛇神の二人は今、神界公務ビルにいた。
総務科執務室と書かれて部屋の奥には上等なソファーに、仕事机がある。
二柱は顔色を青くして、ただ竦み上がっていた。
「地球で随分とやんちゃしたそうだな?」
二柱を怯えさせる怜悧な女性の声。
机の奥に、モノクル眼鏡掛けた美しい女神が座っていた。
【裁神】と呼ばれる神は、書類に目を通しながら、二柱を流し見る。
汗ダラダラな猫神は勿論言い訳を用意していた。
「いやぁ、ちょっと羽目をはずしてなー?」
「ちゃ、ちゃんと手続きは済ませたさ」
「それでどうして、地球で権能を使いかける?」
ゾクリ、裁きの神たる声は二柱を更に萎縮させる。
裁神は「ハァ……」と溜息を吐くと更に言った。
「【人神】から苦情も来ている、人間を殺めたそうだな?」
「ちゃ、ちゃうねん! アレは事故やー!」
「そ、そうです! それにですねその、リュウイチ君は私の眷属でしてー」
「眷属だろうと、人間は人神の管轄だ」
二柱は互い抱き合い怯えきった。
机から裁神が立ち上がると、青い顔をしてガタガタ震える。
まるで汚物でも見るような目で睨みつける裁神はもう一度溜息を吐く。
「しかも人神の了承も得ずに眷属にだと? この責任お前達どうするつもりだ?」
「せ、責任持ってリュウイチ君をサポートします!」
「堪忍や! ウチは悪くない悪くない!」
「神々の法律に則れば、貴様らは相当の処分に当たるのだぞ?」
処分、それを聞くだけで猫神はもう失禁してしまう。
上等なカーペットを汚い小便で汚しても、もうそれを気にする余裕もなく、この二柱の神生は裁神次第であった。
「人間松葉龍一の回収は事実上不可能、よりにもって転生までさせるとはな」
神界を追放した眷属、本来であれば神界で保護した後、然るべき手続きで神として迎え入れるべきであった。
しかしこの蛇神はというと、人神に見咎められるのを恐れて、有耶無耶のうちに強引に堕としたのだ。
こうなっては神々には、地上へと干渉する権利はなく、リュウイチを釣り上げる手段がない。
手段があるとすれば神の《権能》で無理矢理釣り上げる方法だが、神々の法律は神界以外で権能の使用を禁じている。
もはやリュウイチを保護することも不可能、この不始末を蛇神はというとヘラヘラ顔で。
「アハハー、アレは事故です事故」
「……蛇神、最低の地位まで堕ちてみるか?」
「ヒィィィ!? すみません全部正直に話しますからご容赦を!」
「ふんっ、最初から正直に話せばいいのだ、お前達は人神の権威を愚弄した、これからの蛇族と猫族の命運は人神次第だということだぞ?」
「あわわわ、ち、因みに人神ちゃんは?」
その時、執務室の扉が開く。
入ってきたのは黒髪のおっとりした女神。
すなわち【人神】であった。
「ギャーッ! 人神やーん!?」
「あわわわわ! どうか御慈悲を!」
人神は瞳から一筋の涙を零した。
「酷いよ、猫神ちゃんも、蛇神ちゃんも、どうして私に黙って、私の眷属の子を自分のものにしちゃうの?」
「ああするしかなったんですぅ! ごめんなさーい!!」
万策尽きた策士蛇神の凋落、もうコテンパンに叱られた二柱は人神に一生頭が上がらない過ちを犯した。
もう人神の加護はリュウイチにはどうあっても届かない。
蛇神にNTRられた人神の悲しみ、彼女の頬はずっと涙に塗れるのだ。
とまぁ、そんなこともあったが、一先ず処分は後回しということで、裁神は蛇神と猫神にリュウイチのサポートを命じるのだった。
当然二柱はそれを承諾、もはや形振り構わぬ畜生神の姿である。
「あー最悪やー、絶対後ろ指指されるでウチらー」
扉のないこたつテーブルの置かれた小さな部屋で猫神と蛇神は愚痴を零していた。
特に猫神の愚痴は止まる様子もないほどだ。
「大体あのサルが悪いんや、なに見とんねんワレって話やろ!」
「変なこと言うもんじゃない、私たちは首の皮一枚で助かったんだよ?」
はっきり言ってしまえば、裁神の温情であった。
本来なら最下位の低位神まで降格処分され、神界から追放されても文句が言えないのだ。
全ては事件を隠蔽しようとしたこの二柱の憐れな顛末でしかないが、ともあれ蛇神は自分の眷属に一生頭を下げないといけなくなったのは確実である。
「えーと、それじゃ先ずはリュウイチ君を探さないとだね」
「なんや? 把握しとらんのか?」
「かなり適当に堕しちゃったしねー」
「仮にも神である眷属を問答無用で堕天させるって、冷静に考えたらド畜生やな」
神々を統括する【神長】が聞けば、卒倒しそうなことを言う猫神に、蛇神も「アレはやるべきではなかった」と冷静に自己判断した。
自己判断はしても、反省していない辺りは蛇畜生である。
「あっ、見つけたっ」
蛇神がリュウイチのいる世界を見つける。
二柱の前には光の映像が映る。
すると戦闘中だろうか、白蛇と巨大な魔獣【ベヒーモス】が対峙していた。
「あれ、こいつウチの眷属の子やん! なんでウチの加護持っとるリュウイチに手出しとんねん!」
猫神はベヒーモスに憤慨した。
ベヒーモスが持つ【猫の加護】それは、神界から猫族を統率する猫神の眷属が与えた加護である。
対してリュウイチが持つのは【猫神の加護】、猫神直々に与えた最も強力な加護である。
「あれぇ? おかしいなぁ?」
一方でリュウイチを見ている蛇神は訝しむ。
猫神はなにが変なのか聞いてみた。
「なんやトラブルか?」
「リュウイチ君、私の眷属なのにステータスが低すぎるよー」
「なんやて? 眷属やぞ、仮にも低位とはいえ神やのに能力低いて……ホンマやん! そこらの魔物と大して変わらんって……これ至上最弱の眷属やあらへん?」
「かなり焦っていたからなぁ、どうしよう……リュウイチ君死んだら多分私たち次こそ首を切られるよ?」
「なんやて! そりゃあかん! ちょっとリュウイチと話させ!」
§
『オース、久し振りやねーニンゲン!』
「ね、猫神!? と、突然どうして?」
『どうしたもこうしたもあるかい! アンタに死なれたらウチらが困んねん!』
どういうことだ、全く意味を介しないリュウイチは首を傾げた。
むしろ今リュウイチに立ちはだかる魔獣をどうにかしなければならない状況で、なぜ猫神が連絡をするのか。
『お前の前にいるベヒーモスな、それウチの眷属の子やねん』
「ベヒーモス? あの大きな三毛猫が猫神様の眷属の子?」
『よーするにな、アンタからすれば下部組織に所属する盃を共にした下っ端や!』
どうしてヤクザ基準で教えるのか、リュウイチは口にはしない。
そこに割り込むように、今度は蛇神の念話が届く。
『やっほーリュウイチ君、蛇神だよー。今は要点だけ伝えるけど、君は【猫神の加護】を持っているね?』
「ええ、でもなんの役に立つのか」
『アホンダラ! めっちゃ役に立つわ! アンタ今その世界で最も偉く尊い猫様の頂点なんやで!』
「猫の頂点?」
リュウイチはベヒーモスを見る。
ベヒーモスは平謝り状態でピクリとも動かない。
『私たち神の加護ってね、その種族にとっては絶対的な権能なんだ、リュウイチ君はね、蛇族も猫族も従える凄い権能があるんだよ』
蛇神のわかりやすい説明を聞いてやっと納得した。
ベヒーモスが縮こまったのは、本能的に【猫神の加護】に敬服しているのだ。
「ベヒーモス顔を上げろ」
「は、はいニャー!」
ベヒーモスはリュウイチの言葉に従い、顔を上げる。
しかしその顔は怯えきっていた。
どれだけ凄い力があろうと、理不尽なほど力の差があろうと、ベヒーモスにとってリュウイチは神である。
蛇神の眷属であり、【猫神の加護】を持つリュウイチはさながら蛇組と猫組が契りを結び、猫神自らが息子にしたのがリュウイチであり、猫神の息子の寵愛を受けるベヒーモスは、リュウイチに絶対に頭が上がらないのだ。
同時にそれは世界を丸呑みにできるヨルムンガンドや、無限の命を持つウロボロスでさえ、蛇神の眷属の前では土下座するしかないだろう。
それこそが神の持つ【権能】なのだ。
「ベヒーモス、オークだって必死に生きている、断じてオモチャにしていいものじゃない!」
ベヒーモスが傷つけた命、失った命、リュウイチは本気で怒っていた。
それを間近に見たベヒーモスは涙目で全身震わせ、平伏する。
「な、なんでもするニャー! だからどうか許してくださいニャー!」
ベヒーモスの懇願、それを呆然と見ていた傷ついたオークたち。
母親に抱かれた子供オークは、光の翼を広げる白蛇を見て、笑顔を浮かべた。
「ウイングスネーク様格好良いっ」
「おおおおおっ! ウイングスネーク様が魔獣を平伏させたぞー!」
「まさしく預言の白き翼の龍だー!」
オークたちは湧き上がった。
絶対に敵わない暴威ベヒーモス相手に敗戦濃厚の中、一匹の白き蛇がそれを大逆転してしまう。
彼らが見たのはまさに神話的光景だ。
白き翼の龍が舞い降りる時、オークたちはさらなる高みへと誘われるだろう。
ここにいま、リュウイチは名実ともに神へと至った。
オークたちは皆リュウイチの前で平伏する。
「えと、皆さん俺はただのウイングスネークですから、そんなに敬らず――」
「フェッフェッフェ、そなたウイングスネークではあるまい」
そこへ預言者のお婆さんがやってくる。
どこで避難していたのか、お婆さんはピンピンしていた。
「お婆さん、俺の正体分かっていたの?」
「正体まではわからん、ただウイングスネークの翼は純白じゃが実体はある」
断じて光の翼など持っていない、とのこと。
リュウイチはお婆さんの知識に自分の浅知恵を思い知った。
知恵比べでは敵わないと、苦笑すると白蛇はベヒーモスに視線を向ける。
「ベヒーモス! もうオークを襲わないって誓うか!」
「ち、誓いますニャア! 金輪際オークは襲わないニャー!」
「よし、ならもう行っていい。いいか、皆必死に生きているんだ、俺も、オークも、お前だってそうだろう? だからこれからは手を合わせていこうぜ」
そう言うとリュウイチはベヒーモスに近づいた。
その手(?)をベヒーモスの前足に当てると、ベヒーモスは感涙の涙を流す。
「あ、兄貴ニャー! アタシ一生ついていくニャー!」
なんとベヒーモスはリュウイチを兄貴と認めてしまう。
猫神からすれば当然のことであろうが、蛇神は呆れた顔で言うだろう。
『賑やかなのは悪くないか』




