6話 唐突な惨劇
オークの村、大森林の中にあって、開けた平地に築かれた原始的な村落。
村全体は高さ三メートル程の丸太で囲まれており、村の中は中央広場を囲むように、藁で出来た家が並んでいる。
なんというか、縄文時代くらいの文明力だろうか。
あまり期待していなかったとはいえ、想像を下回るレベルに驚かされた。
「バルボ、帰ってきたか!」
「あぁ、ちゃんと獲物も持って帰ったぞ」
「後ろのウイングスネークはどうしたんだ?」
「あぁオラが間違えて射っちまって、リュウイチ様の希望なんで、村へ連れてきただ」
「なんと! ウイングスネーク自らが!?」
そのウイングスネークと目される白蛇リュウイチは村全体を眺めながら、大人達に愛想笑いを浮かべた。
バルボを迎えた大人達は皆白蛇を見る。
やがて、村の一番奥の家から、腰の曲がった皺涸れたオークがゆっくり歩いてきた。
「フェッフェッフェ、白き翼の蛇、これは吉兆かものぉ」
「バア様このウイングスネークをご存知だで?」
バア様と呼ばれた老婆は白蛇の前まで歩いてくると、その円な瞳を覗き込んだ。
リュウイチは老婆から得も知れないなにかを感じ取る。
厳か、なにか霊験あるような空気感に、萎縮する。
「あの、お婆さん、俺がなにか?」
「お主名前は?」
「りゅ、リュウイチです」
「フェッフェッフェ! 龍か! やはり吉兆だの!」
「バア様! なにか預言でもあったのか!」
このオークの老婆、歯も欠けていて、決して強そうには見えないが、謎の空気感はリュウイチを圧倒していた。
察するに村長であり、預言者、あるいは巫女か。
邪馬台国における卑弥呼が近いのかもしれない。
「てぇへんだー! 東の村もやられたー!」
そこへ突然別のオーク村からオーク男性が村へと駆け込んできた。
村の男たちは一斉にその男の前に群がると。
「お前の村もか! クソ!」
「次はこっちじゃないだろうな……」
「皆武器を持てー! 必ず村は死守するぞー!」
突然ドタドタと慌ただしくなった。
女たちは子供を守るため家へと急いで連れて帰り、男たちは粗末な斧や弓で武装し、なにかに敵意を向ける。
リュウイチは訳がわからなかった、とりあえず一番親しいであろうバルボに聞いてみると。
「い、一体なにがあったんだ、どうしてこんなに殺気立って」
「最近近隣の村が次々襲われているだ、襲われた村は女子供でさえ殺されて」
ゾクリ、背筋が凍るような話だ。
一体何者だ、そんな猟奇的な襲撃を繰り返すのは。
「お主たち! 落ち着くのじゃー!」
そこへ殺気立つオークたちを諌めたのは、老婆である。
視線は一斉に老婆へ向くと、演説するように老婆は話し出す。
「滅びることは変えられぬ定めじゃ、されどまだ我々が滅びるとは限らぬ!」
「な、なら対抗策はあると!?」
「今、この村に龍は降り立ったー!」
老婆は両手を広げる。
老婆の前には白蛇がいた。
リュウイチは「えっ!?」と戸惑う。
「白き翼の龍、舞い降りる時、我々を遥かな高みへと連れてゆくであろうー!」
「白き翼の龍って、まさかウイングスネーク!?」
「白き翼っつーか、光ってるけどなー?」
「それにウイングスネークって蛇じゃ?」
「カーッ!」
一喝、ビクリと大人のオークでも背筋を震わす。
老婆は更に大声で叫んだ。
「この白き蛇こそ、神の託宣の証明じゃー!」
預言者、旧き時代ならば、時の権力者さえ操ったとされる職業。
シャーマンの類は古代史において、欠かせぬ存在だ。
その真実は定かではないものの、この村において、老婆の言葉は絶大であろう。
だがそこに突然村に影が差す。
リュウイチは頭上を見上げると、大型バス並みに巨大な四ツ足の魔獣が急降下してくる。
ズシィィィィンン!!! 地面を砕き、一匹の魔獣が村の広場へと降り立った。
魔獣は黄色い瞳を爛々と輝かせると周囲の獲物を見定める。
「ニャハ! ここにもオークがいっぱいいるニャー!」
「ニャー……て、ええ?」
リュウイチはポカンと口を開け、首を傾げた。
空から降り立ったのは、超巨大な三毛猫だった。
ただ体長は優に10メートルはある、オークとは歴然とした体格差だ。
これではオークが蹂躪されるのも無理はない。
魔獣は楽しそうにオークたちを品定めした。
恐慌状態になったのはオークたちだ、目の前にオークを狩り尽くす理不尽存在が奇襲してきたのだ。
「うわあああ! 魔獣めぇ! くたばれ!」
「うっさいニャア」
風が吹く、斧を構えて突撃するオークは一瞬で風の刃に切り裂かれた。
血を吹き出すオークは、前のめりに倒れてしまう。
リュウイチは唐突な惨劇に遭い戦慄いた。
「なんだあれ……ま、魔法?」
然り《魔法》である。
巨大三毛猫は魔法を操り、オークたちを蹂躙する。
「さぁさぁアタシを楽しませろニャー!」
今度は氷だ、巨大三毛猫の頭上に無数の氷が生成されると、氷の矢が村中に降り注いだ。
一発一発は軽い、けれどオークたちは次々傷ついていく。
風が吹けば藁の家は容易く吹き飛び、子供を必死に守る女たちが震えていた。
このままじゃここも全滅、だがリュウイチは圧倒的な戦闘力差に動くことさえ出来なかった。
「えーん! 怖いよー!」
どこからか子供の泣き声が嫌に鮮明に聞こえた。
母親だろうか、泣く子供を必死に守ろうとしている。
巨大三毛猫はせせら笑うと、子供の前に向かった。
「耳障りニャア、引き裂いてやるニャー」
前爪を光らせると、巨大三毛猫は悪辣に微笑む。
子供を必死に守る母親は顔を青褪め、ただ我が子を必死に抱きかかえた。
そんな母子を巨大三毛猫は無残にも、引裂そうと前足を持ち上げる。
――ドクン、ドクン。
白蛇の小さな心臓が激しく動悸を起こす。
見ていられない、彼は真っ赤に染まる惨劇を想像し、目眩がした。
弱肉強食、その絶対の理の前には、この理不尽は許容するしかないのか。
――否、断じて否である!
リュウイチは震える身体を無理矢理止めて、巨大三毛猫に向かって叫んだ。
「駄目だ! 止めろーっ!!」
それだけは駄目だ。
リュウイチは叫ぶと、がむしゃらに光の翼を広げて飛び出した。
巨大三毛猫は前爪を振り下ろす。
母子が危ない、リュウイチは我が身も顧みず、ただがむしゃらに巨大三毛猫の前へと飛び込んだ。
そして光の翼に指令する、母子を護れと。
エーテル体の光の翼は、飛び散りながらも、巨大三毛猫の爪を止めてみせた。
「ぐうううううう! 子供の泣き声が耳障りだと、恥を知れこの三毛猫めぇぇぇ!」
リュウイチに戦うなんて度胸はない。
痛い思いをするのは嫌だし、できることなら傷つけるのも嫌だ。
ここがそんな甘い世界じゃないなんて理解りきっている。
弱肉強食、それこそがこの森の絶対正義だと。
だが、そんなものクソくらえだ、リュウイチは激しく巨大三毛猫を睨みつける。
「ニャ、ニャオン!? へ、蛇ニャー! なのになんて神々しい蛇ニャー!?」
突然、巨大三毛猫が後ろに飛び退いた。
そしてごめん寝というポーズでリュウイチの前で平伏する。
えっ? あれ? なにが起きた?
リュウイチが、オークたちが呆然とする中、突然白蛇の脳内に聞き覚えのある声が聞こえた。
『オース、久し振りやねーニンゲン!』
それは猫神の声だった。




