第32話 重い、強い、怖い
白蛇一行は転がる巨岩から全力で逃走していた。
予想外の殺意の塊に蛇の瞳も涙が溢れる始末。
こんな光景昔の洋画で見たことあるな、等と悠長なことは考えている暇もない。
「バルボ! なんとか止められないか!?」
「流石に無力だ! オークといえど!」
一応出来るならやるつもりなのだな。
オーク族の成人男性は平均してニ〇〇キログラム、身長は一八〇センチメートルが平均と、横に広い力士体型種族、こういう物量には一番有効そうなのだが。
「ん、不味い」
「不味いって何よレギ!? これ以上の最悪なんてあるの!?」
当然見た目通り華奢で非力なフレイアは、こんな時でもどこか呑気なレギに逆ギレする。
レギはというと何を知ったのか、珍しく冷や汗を流しているが。
「この先行き止まり」
「ハァァァァ!? どうすんのよこれ!?」
「レギ! あの石の壁の魔法でなんとか出来ないか!?」
「んー、時間稼いで」
レギが魔法を行使するには、一定時間無防備になる瞬間がある。
高度な魔法ほど魔法の発動には時間が掛かる。
白蛇はままよと後ろに振り返るとバルボに喝を入れる。
「バルボ、命を俺にくれ!」
「言われずとも、リュウイチ様にとうに捧げているだっ!」
リュウイチはラミアに身体変化すると、バルボと共に巨岩へと立ち向かう。
「ぐおおおおおおお!? ひ、轢き潰されるぅぅぅ!」
「ふんぬうううううううっ!」
バルボは全身の血管を浮かばせ、根性と気合で馬鹿力を見せる。
リュウイチを轢かせるものかと、奮起しているのだ。
「二人共、魔法いくわよ《バフハード》!」
身体強化魔法、主に身体を魔力の膜で覆い、地力を補助する魔法だ。
二人はフレイアの補助で少しだけ硬く力強くなる。
だが付け焼き刃、リュウイチは今にもヒキガエルになりそうな情けない顔だった。
「ん、《トンネル》!」
レギは魔法を完成させると、巨岩の真下にぽっかり穴が開く。
すると巨岩は即席のトンネルへと落ちていった。
ズシィィィン……! 巨岩は下の階層に落下すると砕け散ったようだ。
土煙は一行のいる天井まで届くほどだった。
「ふぃぃぃ……助かった」
「ハァ、ハァ……すまねぇだ、オラのせいで」
「ん、バルボの性じゃない、レギももうちょっと慎重であるべきだった」
「て言っても、このパーティ罠感知のスキル持ちいないじゃない」
フレイアの指摘に白蛇女は不味いな、と不安顔を見せる。
ダンジョンに罠があるなんてリュウイチは想像さえしていなかった。
レギの言うとおり慎重さは重要だろう。
しかし罠感知のスキル、そんなものもあるのか。
「しまったなぁ、それなら罠感知スキル持ちを仲間に加えるべきだった」
「ん、後の祭り……それより都合よく下の階層に繋がった」
魔法によって出来た直通のトンネル、レギは穴を覗くと下の階層の床が見えた。
「降りるのか?」
「ん、ショートカット」
「そんじゃお先ー」
先ずフレイアがトンネルから降りていった。
猫のような軽やかさで着地すると、そのまま軽やかに立ち上がって、白蛇達を呼ぶ。
改めてまるで森の妖精のような典雅さで、リュウイチも見惚れるものがある。
大金の価値は希少性だけでなく、フレイアの美しさも加味されているんじゃないだろうか。
「ん、いくよー」
レギはピョンと飛び込むと、そのまま前転するように衝撃を分散しながら着地する。
残ったのはリュウイチとバルボだ。
嫌だなぁ怖いなぁと思いながらも、再び白蛇に変化し、光の翼で安全に降下した。
最後に残ったバルボは躊躇いがちに息を呑む。
「おーいバルボだけだぞー」
「早く降りてきなさいよ!」
「……ええい!」
なにを逡巡するのか、バルボは意を決するとトンネルに飛び込む。
だがバルボの横綱級体重で脚から着地すると、床が浮かび上がるような衝撃が走る。
バルボは全身震わせると、涙目で震えていた。
「オラ、高いところから降りるのは苦手だ」
「魔法でカッチカチにしているんだから、大丈夫だったでしょ?」
《バフハード》の魔法効果のおかげで、砕けたのは床の方だ。
バルボはまだ信じられないという顔でその場にヘタリ込んでしまう。
「まぁ体重が体重だからなぁ」
白蛇に転生してから不思議と高所も怖くなくなって感覚が麻痺していたが、オーク族の体重なら転ぶだけでも相当身体に負担をかけるだろう。
かのアンドレなるプロレスラーは身長二ニ三センチメートル、体重二三六キログラムという大巨漢であったが、転んだだけで、足を骨折させたという。
身長が二倍になれば、体重は三倍となるのが普通の生物だが、より大きな生き物は骨が成長に追いつかない。
あのティラノサウルスなんて、転んだら二度と起き上がれないって言うんだ。
勿論魔物の身体がそんな簡単に壊れる筈もないが、いずれにせよここで正常な判断をしているのはバルボだけかも知れない。
「んー、敵、接近」
「っと、バルボー、立ち上がれー!」
レギは敵を確認すると、大槌を構える。
広い玄室は四方に通路が繋がっている。
その四方の通路から、全身を包帯で巻いた魔物がゆっくり迫って来ていた。
「【マミー】じゃない、珍しい魔物ね」
「知っているのかフレイア」
「文献で見た程度だけどね、砂漠地域の魔物の筈だけど」
ダンジョンの中は地上と違い、魔物の出現が大きく違うという特徴がある。
北方の魔物と南方の魔物が同時に出現することもあるなど、その様子は正に混沌としていると言えるだろう。
「ちなみにマミーって毒効く!?」
「効くように見える?」
マミーは「あぁ」や「おぉ」など不気味な呻き声を上げて近づいてくる。
まるでロメロのゾンビのようだ、実際体温は無く、どう考えてもアンデットです。
「だーもぅ! このダンジョン白蛇に優しくない!」
「わがまま言うんじゃないわ、よっと!」
フレイアは弓を構えると、光の矢をマミーの額に突き刺す。
マミーはゾンビーより耐久力があるらしく、その一撃だけでは倒れない。
だがフレイアもマミーを侮る気は毛頭ない、一射で駄目なら動かなくなるまで撃つまで!
「マミーなら、オラは平気だ!」
別の方から迫るマミーはバルボが向かう。
マミーは両手から包帯を伸ばすと、バルボの身体に絡めた。
そのままマミーはバルボを引き摺ろうとするが。
「ふんっ!」
しかし膂力でバルボが負ける筈もなく、逆にマミーを手元に引っ張った。
バルボはそのまま鉄の斧でマミーを一刀両断、マミーは闇の煙を放って消滅した。
「ん!」
レギも同様、マミーを真正面から大槌で圧殺、マミーは消滅。
「だーもう! とにかく倒れろー!」
まるでゾンビ映画でパニックになる一般人のような悲鳴を上げながらリュウイチは《エナジーショット》を垂れ流す。
マミーはハリネズミのように光の礫に串刺しにされると、動かなくなり、立ったまま消滅した。
「良かったぁ倒せたー、フレイアは?」
「こっちも終わったわ、私が最後みたいね」
フレイアの相手していたマミーは矢を三本立て、そのまま後ろに倒れて消滅する。
「動きも鈍重だし、ただ耐久力が高いだけね」
「それでも不意を突かれたら怖いって!」
「ん、白蛇様は臆病」
「いいの臆病者で!」
「蛇なのに鳥なのか?」
臆病者上等の白蛇に、コケコッコーと鳴くリュウイチ様を想像し、バルボは破顔する。
ちょっと可愛いな、でもバルボの笑顔の方が愛嬌あると、フレイアは思っていた。




