第28話 強さの秘訣って?
魔物街西区ゴブリン族の住まいの中心に、聖女アイの住まいでもある聖星教の教会が建てられている。
アイは教会で日々信者――少数だがオーク族も――に星神の説法を行いながら、慎ましやかに過ごしていた。
彼女の日々といえば、朝起きて朝食を摂り、昼まで聖女として働き、午後は自室に籠もり山積みの本棚に囲まれて、大好きな本を読み耽る、そんな悠々自適な日々だ。
それもこれも白蛇とオーク族の温情の結果であった。
特に白蛇はアイに目を掛け、アイを罰せず魔物街の英職にも就かせた。
このお陰もあり、ゴブリン族は素直に魔物街へと組み込まれたのだから、白蛇の英断は見事と言えるだろう。
そんな訳で、アイは自室にこもってのんびり本の虫になっていたのだが。
「おーい、アイー」
コンコン、二階にあるアイの私室の窓を何かが叩いた。
窓には体長120センチほどの白蛇が光の翼で浮かんでいる。
街の実質の王様であるリュウイチの呼び声、しかしアイは…気づく様子はない。
彼女は黙々と無心で本のページを捲っている。
中々の速読である、白蛇は怪訝な顔を浮かべ、もう一度窓枠を頭で小突いた。
「アイー、ここを開けてくれー」
されどやっぱりアイは気付かない。
もしかして耳栓でもしているのだろうか、訝しむが確証は得られない。
そうこうしている間に、白蛇の下にはゴブリン族の住民が集まっていた。
「おお、白蛇様じゃ、ありがたやありがたや」
「リュウ様ー、教会にご用ですかー?」
今やゴブリン族にも街の守護神として、崇められるようになった。
リュウイチは愛想笑いで、住民たちに返事をすると、窓枠をガンガン強めに叩く。
用があるのは教会ではなくアイ自身にだ。
「アイー! コノヤロウ、無視してんじゃないぞー!」
「……? 白蛇様?」
そこでようやくアイは窓に映るちょっと怒った顔の白蛇に気付いた。
彼女は本に栞を挟むと、立ち上がり窓へ向かう。
窓を開くと、するりと白蛇は部屋へと入ってきた。
「うへぇ、相変わらず本だらけだなー」
「白蛇様、なにか用?」
アイはのんびり顔で要件を聞いてくる。
敵として戦っていた時と、平日では恐ろしくギャップのある魔物である。
「あぁそうそう、アイってさー、かなりランク高いじゃん? どうやってそこまで強くなったの?」
「私? そうね……私は兎に角必死だったから、種族を守るため、常に最前線で魔物と戦っていたし」
強さの秘訣を聞きたいのか、白蛇は「うへぇ」と嫌そうな顔をした。
臆病者のリュウイチは、基本的に楽して強くなりたいのだ。
アイの際立った能力値は街ではベヒーモスに次ぐ。
その強さの秘訣は是非知りたかった。
「白蛇様、強くなりたいの?」
「ほら、俺って全然弱いし、やっぱりちゃんと強くなりたいしさー」
「だったらコツコツ戦ってレベルを上げるしかないわね」
「嫌だなー、痛いの嫌だー」
こう言って憚らない、中々のわがままさんである。
アイはやや呆れる、何事も努力は必要なのだ。
「強くなる理由はなんなのかしら?」
「理由ー? そりゃ街を守れるようになる為さ」
意外、アイは白蛇がそんな単純な理由で強さを求めていることに驚く。
そして白蛇は街をと言った。
つまり、その括りにはゴブリン族も含まれているのだ。
いや白蛇はきっと、街に住む全ての住民を対象としている。
それは今住むオーク族ゴブリン族、それにコボルト族、更に今後増えるかも知れない同胞たちを含んでいる。
それは酷くらしいとアイは思った。
誰かの為に真剣になれるから白蛇を嫌いにはなれない。
「フフ、白蛇様はお優しいですね」
「アイは違うのか?」
「私は種族が第一でした、他にその想いを与えられるほど余裕もありませんでしたし」
ただ、今は……。
今は聖女アイはゴブリンだけじゃない、愛すると誓ったオーク族も守れるだろう。
まだまだ白蛇の覚悟はアイには持てないかも知れない、白蛇の守ろうとしているものは、白蛇が考えている以上に大きな想いだ。
「どうしても強くなりたいなら、一つ提案があります」
「えっ? なになに?」
赤い瞳を輝かせて、白蛇は食いつく。
尻尾を振る姿は、あの忌まわしい奴隷商を石化させた時の怖さとは、正反対だ。
アイは微笑を浮かべる、白蛇もまた奇妙な二面性を抱えた魔物のようだ。
「ダンジョンです」
「ダンジョン? それって?」
――迷宮。
世界各地にあるダンジョンにはある奇妙な共通点がある。
それは作りは様々でも、必ず迷路のような構造を持ち、中に侵入者を阻む魔物がいるということだ。
「ダンジョンは深度を深めれば深めるほど強力な魔物が出現します」
「えと、つまり最適な難易度の深さまで潜れと?」
「危険は冒したくない、だけど早く強くなりたい……だったらダンジョンは最適だと思いますよ?」
白蛇は「うーん」と唸ると、光の翼をまるで腕のように絡めて困った顔をする。
もう一度言おう、こいつは臆病者なのだ。
その上怯懦、痛いのは嫌で怖いのも嫌という。
だがそんな甘えが許されるほど、この世界は優しくない。
アイはあえて白蛇を甘やかさず、忠告した。
「もし、ベヒーモスクラスの魔物が襲撃した時、貴方は何が守れますか?」
「うぐ……それは、その」
「はっきり言いましょう、何も出来ません。それどころかきっと貴方はそんな凶悪な魔物から住民を守るために無駄死にします」
核心であった。
白蛇は感情のコントロールは不得手である。
非常に喜怒哀楽ははっきりしており、傷つけることも傷つくことも嫌う。
そして最悪なのが、彼の生き方であり考えるよりも行動するということ。
ここまでこの生き様は彼を助けもしたが、同時に窮地に立てたことは圧倒的に多い。
その損な性分持ちが、自分の安全を優先して、無力な住民が傷付くのを黙っていられるだろうか。
力の有る無いじゃない、この白蛇は理屈で動かないのだから。
「……アイの言うとおりだよな、俺ってやっぱり無力な白蛇だよ」
「そんなことはありませんよ」
「えっ?」と白蛇は顔を上げる。
アイは極めて穏やかに微笑むと、説法をするように白蛇に教えた。
「貴方を親愛する者たちが何故、崇め奉ると思いますか? 貴方の強さは貴方個人だけに非ず」
教えるアイはとても美しいと、リュウイチは思った。
ゴブリン特有の濃い緑肌だが、肌はきめ細やかで黄色い瞳は凛々しくも優しい。
エルフ族にも劣らない美貌がアイにはある。
白蛇は少し照れると、彼女の言葉を脳に反芻する。
「え、えへへ……そっかー俺ってそんなに悲観するほどじゃねーのかな?」
「けれど、強い領主を求めるのも、住民の願いではあるでしょう」
アイ自身、街を守るには白蛇の強さも必要だと思う。
現在ゴブリン族を中心に街を守る守備隊を育成しているが、守備隊だけで守れるものは限界がある。
もし本格的に人族と戦争しようものなら、こんな街七日も保たないと結論を得ている。
都市国家に過ぎない魔物街は軍隊も小規模、大森林という天然の要塞に守られていなければ、強欲な周辺国家の蛮族どもに、何度も魔物街は襲撃を受けていただろう。
そういう意味でもこの街は幸運だ、正に立地に恵まれている。
周辺国はわざわざ危険を冒してまで、大森林には来ない。
魔物街もまだまだ存在を知られていないのも幸運だ。
ゴブリン族は強欲な人族に騙され、戦争を起こした経験も、アイが周辺国を警戒するには充分な分析であった。
「白蛇様、なにも貴方だけで強くなる必要はないでしょう?」
「俺だけじゃなく……それって?」
「例えばパーティを組むんです、そうすれば危険も減りますし、役割を持てるでしょう?」
「なるほどっ!」ポンと光の翼で相槌を打つと、白蛇は納得した。
冒険者パーティ、何度もゲームやアニメで見たものだ。
そうだ、パーティを組もう、それなら安全にレベル上げ出来るだろう。
「それじゃあアイ! 早速だが一緒にダンジョン行こうぜ!」
「申し訳御座いませんが、私は日々の業務に加え、来月の聖星祭の準備がありますので」
やんわり断られた。
白蛇はガックシ項垂れた。




