第26話 オーク村は魔物街へと
オークの街の市庁舎の中には円卓がある。
今そこには左側にオーク族の市長たち、右側にはゴブリンたちが座っている。
ゴブリン族の聖女アイと白蛇リュウイチ、そしてフレイアとレギ、オーク族とゴブリン族の重鎮たちが一堂に集まっていた。
ゴブリン族の顔色は皆緑肌込みでも青い。
「えー、オーク族とゴブリン族の停戦協定であるが」
白蛇は「コホン」と相づちを打ち、双方を見た。
ゴブリンはビクリと怯え、オークたちの顔は重苦しい。
今回の事件に関してフレイアとレギは出席する権利があると主張し、会議に参加したが、中々に重苦しい雰囲気だ。
「全責任は私にあるわ、だから私が責任をとる」
ひとり毅然な態度で会議に臨んだ聖女は凛とした声でそう言った。
ゴブリンたちは「そんな!」「我々も責任が」と聖女を庇う構えだ。
しかしアイは小さく首を振ると、ゴブリンたちに優しく微笑んだ。
「いいの、あなたたちは次のゴブリン族を正しく育てるのよ」
「……コホン、オーク側の要求であるが」
遮るように、オーク陣営の一人が意見する。
ゴブリンたちはもう死人のような顔で黙った。
「ゴブリン族の襲撃で旧村落は壊滅、更にオーク族から死者も出ている」
「うぅ、であるから我々が」
「当然然るべき賠償をしてもらう……つもりだが、こちらの最高決定者はここにおすわすリュウ様である」
「リュウ様どうぞ」
オークたち恭しく白蛇に頭を下げた。
リュウイチは「うん」と小さく頷いた。
「ゴブリン族に先ず問いたい、君たちはオークが憎いかい?」
「は?」
「え? 憎いかって?」
「白蛇様、仰ることが分かりませんが?」
ゴブリンたちもアイも言葉の意味がわからなかった。
ただその意味が分かったフレイアとレギは微笑む。
「私はオークが恐ろしくて仕方なかったわ、今に思えば知ったかぶりの差別主義者だったわけ」
「ん、ドワーフは大体が頑固者のクソじいい、理解するのは簡単じゃない」
「差別……ゴブリンとオーク」
アイは一人だけ言葉の意味をようやく理解した。
白蛇がニンマリ微笑み、先端の割れた舌を出した。
「つまり我々ゴブリン族にオークを愛せよ、と」
「出来る?」
ゴブリンたちは顔を見合わせた。
ゴブリンたちの根幹にあるのはオークとの戦争の歴史。
だが戦争は土地を巡った争いだった。
絶滅戦争なんて考えたこともない。
それは両者同じであった。
「同じ森に居を構える同じ魔物で文化を持つ者、オークとゴブリンが手を取り合うことは出来ると思うんだよなー」
「クスッ、白蛇様の考えが分かりました、私は受け入れます」
「わ、我々も聖女様の意向に従う所存である」
聖女にゴブリンたちも追従する。
白蛇は「うんうん」と頷いた、やっとリュウイチの想いが固まったのだから。
「それじゃオーク側の要求は、ゴブリン族は現在の開拓地を放棄し、オークの街への居住を要求する」
「こ、この街にですか!?」
「い、いいのかこんな光溢れる場所に!?」
「聖女様は?」
答えはもう分かっている。
アイは優しく微笑むと、それを受け入れた。
こうして二人の少女を巡って争ったオーク族とゴブリン族の戦争は終結する。
今回、オークもゴブリンも多くの被害を出してしまった。
特に旧村落は完全壊滅してしまったのは衝撃である。
元々旧村落の再整備は急務であったとはいえ、これから街はオークだけのものではなくなるのだ。
§
旧村落の一角にある畑は無残に破壊された訳だが、フレイアは古代魔法を唱えると畑は元通り復活した。
それを見たゴブリンたちは皆「おおおっ」と感嘆の声をあげた。
「どうよ、これがウチの農園よ」
「信じられん、この程度の作地面積で全住民を賄えるのか?」
「収穫は一週間一回、けどまぁ人口が増えるってんなら、そろそろ畑を拡張しないとね」
フレイアは農園の責任者として、研修にきた小作人ゴブリンたちに指示する。
ゴブリンたちはもっと野蛮で下劣かと思っていたが、思ったよりも真面目で勤勉であった。
オークのように膂力はないが、その分器用さがあり、向き不向きはあるようだが。
§
カン! カン! カン!
「ん、このように鉄は打つ」
レギの工房にはオークとゴブリンが集まっている。
今回鉄製品の驚異をまざまざと見せられたオークとゴブリンは、自分たちもそのノウハウが欲しいと、レギに師事するものも現れ始める。
本格的なレギの工房が始動するのはもう僅かかもしれない。
§
「ニャー、帰ってきたらなんじゃこりゃー」
戦争完結から一週間後、コボルト族を連れたベヒーモスはようやく本拠地に戻ると本拠地は様変わりしていた。
旧村落は建物がなくなり、全て農地に、新市街は更に外壁を拡張し、ゴブリン町とオーク町の建設は急ピッチで進んでいた。
街は前回の教訓からなるべく耐火性の強い建物にかわり、二階建ての建物もちらほら見当たった。
「なぁにこれー! すごーい!」
人懐っこい大柄の大金犬種の女性はまるで人族の街のような賑わいに、目をキラキラさせて燥いだ。
「ふん、はたして良い取引出来るかの?」
一方で小さな猪犬種の老人はパンチング帽を深めに被り、早速商談について考えている。
「ママー、白蛇様はいるかなー?」
柴犬種の少女モモはママのククルと手を繋いでいた。
そんな一向に白蛇は近づいてくる。
「やー、ようこそオークの街改めて、魔物街へ!」
魔物街、コボルト族は意外そうに目を丸くする。
その名の通りここは、魔物たちが協力して暮らす街だ。
ゆくゆくは一国と呼べるほどの大都市にするのがリュウイチの野望だ。
そんな白蛇に黒毛のオストはにこやかに笑って頭を下げた。
「我らコボルト族、白蛇様にご恩を返すため、ここへ移住を希望します」
大金犬も猪犬もそして柴犬たちも深々と頭を下げた。
この白蛇こそ、魔物街の市長、白蛇は苦しゅうないと芝居がけて胸を張った。
「キャハ! ねぇねぇ早く街行こうよー! アタシ買い物したーい!」
「ふむ、先ずは挨拶が先であろう」
コボルト族たちは目的も様々、ただ白蛇はそんな彼らを歓迎する。
願わくばより良い関係を。
§
聖女アイは平和な街を静かに練り歩いた。
昔、もうおぼろげだけど、東京にいたころが僅かに思い出される。
「まさか、こんな未来があったなんてね」
ゴブリンに転生した時はあまりの過酷さに何度も泣いた。
貧弱なゴブリン族は何度も傷つき、挫け、それでも穴蔵からの脱出を夢見続けて。
聖女は必死にレベルを上げて、ランクアップし、一族を守れるだけの力を得た。
それでも現実はやっぱり厳しく、彼女もゴブリンも酷く傷付く経験をした。
「間違い、じゃないよね?」
「道に迷っただか?」
不意に後ろから男性オークが声をかけてきた。
振り返ると、狩人のような毛皮のコートを羽織った端正な顔立ちのオークだった。
いかにも誠実そう、ゴブリンの目からそう思えるオークは親切に道案内を申してくれた。
「迷っているなら、広場まで案内するど?」
「いいえ、迷ってはいませんわ、私の道は光の先にあるのですから」
アイは微笑む、彼には少し難しいことを言ったかも知れない。
そのオーク、バルボは難しいことはよく理解らない。
ただアイを見て、一言。
「ゴブリンを"めんこい"と思ったのは初めてだ」
それを聞いてアイは驚いた。
バルボは頬を赤らめていたのだ。
「クスッ、私も、オークを"格好良い"と思ったのは、これが初めてです」
アイはそう言うと優しく微笑んだ。
バルボは照れてたのか、頻りに頬を指で描いた。
ゴブリンのこれからはきっと明るいだろう。
もう欲するだけの時代は終わった、これから生み出す時代だ。




