第25話 人の皮を被った悪魔は
白蛇が静止の声を上げた。
直後、オーク女性は小さい悲鳴を上げて、首を刎ねられた。
アイは咄嗟のことに顔を背け、目を閉じる。
白蛇は言葉にならない絶叫をあげた。
「あああああああああああああああああああっ!?」
アイは人族がここまでやるのか戦慄する。
アイは転生者だ、多少のことは覚悟していたが、たとえ敵とはいえ、命まで奪うのは良しとしていない。
だがこの人族どもは違う、オークなど所詮下賤な魔物ということなのだろう。
それがまざまざと見せつけられれば、戦慄とてする。
「おい白蛇、一分ごとにこの豚どもを処刑する、さぁどうする?」
「く、クソがぁぁぁ!」
白蛇は激昂すると、口から毒液を男に向かって放った。
しかしアイは咄嗟に魔法の盾でそれを防ぐ、男に死なれたら困るのも聖女なのだ。
「ククク、流石聖女様、ちゃあんと守ってくださいよ?」
「……分かっている」
「アイ、テメェ……!」
「ほらほら、時間が無くなっちまうぞー?」
聖女の鉄壁の守り、そして複数の処刑人たち。
手足を拘束された捕虜たちは、いともたやすく行われるえげつない行為に、皆が恐怖に涙する。
どうする、助けるべきはフレイアとレギか、それともオークたちか。
そんなの答えなんて出せる訳がないっ!
これは理不尽すぎるトロッコ問題だ。
到底認められない、だけど全員を救う方法が分からない!
優柔不断で頭も良くないけれど、どうして全員救えないんだ!
「あと十秒だぞー、九、八、七」
「やめなさい、この卑怯者!」
巨大な石壁から金髪の少女が降り立った。
ハイエルフのフレイアだ。
フレイアを見た男は、歓喜した。
「クハハハハッ、フレイアお利口じゃないか! お前は金貨十万枚の価値があるからな!」
「……私がそっちに行けばいいんでしょう。処刑なんて馬鹿な真似やめなさい」
「ククク、オークなんて醜悪で穢らわしい、一番そう思っているのはお前達エルフだろうが、お優しいことだ」
事実、当初のフレイアは非道い差別主義者であったろう。
だがオークの文化や世俗に触れれば嫌でも知ってしまう、実際のオークは優しい魔物たちであった。
だから自分の性でそんな優しい魔物が傷付くのをフレイアには許せなかった。
「フレイア……俺」
「白蛇、アンタは正しい! ただ力が足りなかったのよ、私もだけどね」
フレイアが進む。
リュウイチは「行くな」と叫びたかった。だが不安な視線を注ぐ捕虜の女性たちを見て、止められるはずがなかった。
フレイアを止めたら間違いなくもう一人死ぬ。
それだけは絶対に駄目だっ!
「レギはどうした?」
「さぁ? レギはレギだもの、いちいち把握なんてしてないわよ」
フレイアは大人しく男に捕まると、鉄の鎖で拘束された。
鎖には魔法封じの呪いが込められている。
「ちっ、おいレギを呼んでこい! じゃねぇと処刑は止めねぇぞ!」
「っ! 私だけでも十分でしょう!? 私には金貨十万枚の価値でしょう! 一生遊んで暮らせるじゃない!」
「馬鹿が! 金ってのは、いくらあっても足りねぇもんなんだよ! 恨むならテメェを産んだ両親を恨むんだな!」
金の亡者、金の前には倫理観さえ簡単に捨てられる男は狂気的に笑った。
フレイアは唇を噛む、いざとなれば自分が身代わりになる。
このままこんなゲス野郎の欲望に利用されるくらいなら死んだ方がマシだ。
(ごめん白蛇、レギ、私は不幸者です)
男は急ゆえに足輪を用意出来なかった。
両手を塞ぎ、魔法を封じればもう無害な少女と高をくくっている。
怖い、でも生き恥をさらすのはもっと嫌だ。
「白蛇、聞こえているのか?」
「ッ……レギ」
意識が朦朧とする、男の声もよく聞こえていない。
ただレギという言葉に反応しただけだった。
「ん、レギはここ」
だが、今度はレギがやってきた。
白蛇はもう訳がわからなかった。
どうして、どうしてこの二人さえも救えないんだ。
このままじゃ心が壊れる。
そんな追い詰められた白蛇に、レギは優しく語りかけた。
「ん、白蛇様、レギは白蛇様を信じる」
「信じる……なにを?」
レギはそれっきり男の前まで歩いた。
「レギ……」
フレイアの顔は諦念だろうか。
これでオークの街は守られる。
元はと言えば亡命なんかしなければ良かったんだ。
フレイアは楽しい思い出に涙がこぼれ落ちた。
オークの女性たちとお洒落を楽しんで、皆と丹精込めて育てた稲を収穫して、オークの街は楽しいことがいっぱいだった。
でももう終わり、結局はクソみたいな人生だったんだ。
「良い子だ、レギ」
レギまで魔封じの鉄輪と鎖で拘束された。
「よしゴブリン全員に告ぐ! 撤退を開始せよ!」
アイはこれでもう終わると、ある意味で安堵していた。
聖女の命令はゴブリン伝令兵を通じて前線に伝わる。
だが男は。
「これでもうこの街に用はねぇな」
「そうね……」
「……だから、徹底的に破壊しないとなぁ!」
男が手を振り上げる。
すると、男の後ろで待っていた二十人近くの人族や獣人たちは、一斉に黒い鉄球のようなものを新市街へと投げ込んでいく。
瞬間、ズガァァンンと大爆発。
オークもゴブリンも巻き込んだ大爆発が新市街を襲った。
当然アイは憤慨すると、男に食って掛かった。
「何をしているの!? 中にはまだ大勢ゴブリンがいるのよ!?」
「聖女様ぁ? アンタの役目はもう終了なんだ」
「なに、え?」
男はアイの腹に剣を突き刺した。
アイは血を吐くと、足元から崩れ落ちる。
「あ、アイ!?」
白蛇は困惑するしかなかった。
腹からドクドクと垂れ流される赤い血、アイは動揺し、男の顔を見上げた。
男は下卑た笑いを浮かべ、ジャラジャラと魔封じに腕輪を両手で揺らす。
「クハハ! 聖女様、今なら治癒出来るでしょうが、こいつを装備したらどうだぁ?」
「カハッ、う、裏切る、の?」
男はどこまでも狡猾で残忍であった。
聖女も好事家に高く売れると、魔封じの鉄輪を三つ用意していたのだ。
魔法が使えない聖女など、ただ貧弱な女でしかない。
実際アイは抵抗出来ないまま、魔封じの鉄輪を装備させられてしまう。
彼女はマハーラの託宣を今更思い出してしまった。
永遠の闇、それが聖女を閉ざそうとしている。
「テメェらそれでも人間かぁ!」
「おっと、白蛇は流石に危険だな、だがこっちにはこれだけ人質がいる、それでも手を出せるか?」
「人の皮を被った悪魔めぇ!」
「ん、そう、こいつこそ悪魔、強欲の魔物」
レギがボソリと呟く。
あん? 男はレギに振り返ると、レギの身体がボロボロと土塊になり、崩れ去った。
鉄輪は虚しく落ちると、男は狼狽する。
それはレギの精巧に作られた【土人形】であった。
「ドワーフの鉄則、強欲の者は信じるな」
次の瞬間、本物のレギが大きなハンマーで地面を叩いた。
男たちの周囲は波のように撓み、男は態勢を崩す。
その瞬間、レギは即座に踏み込みハンマーをフルスイング、男を彼方へと吹き飛ばした!
「グハァ!?」
「言ってみる側から油断大敵、ん」
レギは直ぐにフレイアに駆け寄ると、鉄輪を自作したレンチで切り落とす。
フレイアは魔力を取り戻すと、このならず者たちを激しく睨んだ。
「覚悟出来ているんでしょうねぇ!」
フレイアの掌には、翠緑色の魔法陣が複雑に絡み合い、不規則回転している。
男の用意したごろつきたちはフレイアの気に圧され、及び腰を見せ始める。
「クッ!? な、何をしているお前たち、奴らを拘束しろ!」
眼帯の男は血塗れになりながら、まだ諦めていなかった。
恐るべき強欲の咎、レギの言葉の通り、誰よりも魔物のような男だ。
白蛇は、地面に降り立つとラミアの姿に変化した。
「ヒィ!? なんだ白蛇が女になった!?」
「くそが化け物め! 死にやがれ!」
髭面の男がサーベルを構えて襲いかかる。
だが白蛇女は冷酷な相貌で、男を見た。
「テメェは絶対に許さねぇぞ」
女性を処刑した髭男はサーベルを振り上げる。
白蛇女は無慈悲に毒を吹きかけた。
「ぐふっ!? なんだこれ……は!?」
男はドロドロに溶けて煙となって消滅した。
《蛇神の毒》、それも対象を分子レベルに分解する酵素毒だ。
リュウイチの性格なら、本来こんな危険な劇毒はまず使わない。
彼が麻痺毒を好むのは、彼なりの優しさであった。
本来は致死毒さえ忌いするのに、それを選ばせるほど、リュウイチは激怒していた。
「ヒ、ヒィィィ!? 消えた!? 溶けたみたいに!?」
「お前たち、俺の目を見ろ」
《邪眼》は二十人いたごろつきたちを一斉に魅了あるいは恐慌状態にした。
「ヒイイイ!? 助けてお母さーん!」
「イヒヒヒ、白蛇様なんなりとご命令を!」
白蛇女は冷酷な声で言った。
「お前たちは死ね」
「白蛇様の為に!」
「もう嫌だ! 死にたい!」
ある男は自分の心臓を剣で突き刺し、ある男は首を刎ね、またある男は爆弾で吹っ飛んだ。
あっという間に眼帯の男は私兵を全て失ってしまう。
流石にこれには男も余裕を失い、ガタガタ震えてしまう。
「は、はわわ……な、なんなんだこの怪物は!?」
「怪物……はたしてどっちが本当の怪物なんだろうな」
白蛇女が迫る。
男は後退るも、足がイカれたように震えて立ち上がることもままならない。
「く、来るんじゃねぇ! こっちに来るなぁ!」
「人の皮を被った悪魔……俺はお前を絶対に許さない、罪もないオークやゴブリンを散々殺しやがって、フレイアとレギを欲望のまま利用する外道め!」
白蛇女はゆっくり迫ると、冷たい顔で男を見下ろした。
「だからお前に永遠の闇をくれてやる、楽に死ねると思うな」
《邪眼》が男の網膜に突き刺さる。
男はピシピシと石化していく。
「い、いやだ石になりたくなんてねぇ! なんで俺がこんな目に!? うわああああぁぁぁ!」
男は恐怖を貼り付けたまま完璧に石化してしまう。
フレイアとレギは不安そうに白蛇女に近づくと。
「白蛇、アンタ……白蛇、よね?」
「ん、白蛇様、怒っている?」
「……ふたりとも、俺は……悪魔かな?」
リュウイチは空をじっと見つめた。
自分は怒りのまま悪魔になってしまったんじゃないか。
男と大して差はないんじゃないかって。
「白蛇! しっかりしなさい!」
フレイアはいたたまれずリュウイチを後ろから抱き締めた。
同じようにレギも横から抱きついてくる。
「ん、白蛇様は悪魔じゃない、ドワーフの鉄則、優しい奴は抱きしめろ」
「ふん、それじゃあエルフの格言、汝を愛せよ」
「……ふ、なんだそれ」
二人の種族の言葉にリュウイチはようやく笑顔を浮かべた。
こんなに素敵な仲間がいる、それはとても嬉しく、そして頼もしかった。
「フェッフェッフェ、アイや、どうじゃ白き翼の龍は」
マハーラは、アイの傷を応急処置しながら、自慢の英雄を見せつける。
アイは苦笑する、でも心の中でホッと安堵した。
「……クッ、オーク族は羨ましいわね」
「そうかえ? アイや、ワシは常々思う、もうオークとゴブリンで争う時期は過ぎたんじゃないかえ?」
「それって……」
マハーラは怪しく笑うと、肩を揺する。
そしてあの言葉を呟いた。
「白き翼の龍が舞い降りる時、我らはさらなる高みへと昇るだろう、それはオークに限らず」




