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第23話 ゴブリンの聖女

 ゴブリン族の領地はオークの街から三〇キロほど南に離れた森の中にある。

 この種族は主に洞窟を開拓し、そこで暮らすものと、地上でオーク同様に村を開拓するものの二種類が存在する。

 二十年ほど前、洞窟暮らしのゴブリンに珍しい力を持つ女の子が誕生した。

 ゴブリンの酋長は、その赤子がゴブリン族に【永遠の光】を与えてくれると予言した。


 (ひかり)、単体では亜人種最弱のゴブリン族にとって、外は危険な世界であった。

 それでも数多くのゴブリンが光を求めて、洞窟を出ていった。

 強大な魔物も多いモーアの大森林において、ゴブリンは生態ピラミッドの最下層だ。

 狩りは数で補う。

 自分と同程度の体格ならゴブリンは勇敢に狩りをする。

 オーク族とは何度も小競り合いがあり、過去にはオークの領土の半分を奪う大戦果もあった。


 類まれな能力を持ったゴブリンの少女は幼くして魔法を扱うことができた。

 ゴブリン族で魔法が使えるものは、シャーマンや酋長を歴任してきた。

 少女もまた、ゴブリンの指導者になるのは必定であった。


 少女が一人前になる頃、ゴブリンたちは彼女を聖女と祀り、少女もまた地上進出で大きな役割を果たす。


 「怯むなゴブリン! 星の神々よ、雷を振り下ろせ!」


 星杖を掲げると、雷鳴が激しく響き渡る。

 ゴブリンに襲いかかる強大な魔物も落雷の前には倒れた。

 こうしてゴブリンは大森林にいくつもの開拓村を築くに至り、聖女を星の神のシャーマンと祈りを捧げた。

 ゴブリンの宗教【聖星教】、ゴブリンの旗には七つ星が掲げられるという。

 七つの白星には、それぞれ七つの神様が描かれているという。

 聖女は神の寵愛によって、ゴブリン族に奇跡を起こしたのだ。


 ……だが、ゴブリンに大規模な野心はあっただろうか?

 少なくとも聖女が目標として邁進したのは永遠の光だ。

 空に太陽を拝み、夜には月が照らす永遠の光。

 ゴブリンの開拓村は長くても五十年もった歴史はない。

 聖女ですら敵わないような化け物じみた魔物も数多い大森林では、時折天災じみて魔物が襲撃してくる。

 ゴブリンには防壁を建てるという価値観がないため、魔物は村へ入り放題なのも問題だ。

 聖女はそこにバリケードを建てることを提案した。

 こうして開拓村は頑強になり、地上定着も安定した、と思えたのだが。


 突然オークとゴブリンの国境沿いで両者の村が壊滅する事件が起きた。

 原因はベヒーモスの出現である。

 聖女でさえ恐れるベヒーモスの猛威は防塁程度では簡単に吹き飛ぶ代物(しろもの)だった。

 ゴブリンの村もいくつかやられ、危うく聖女のいる本拠地までくるのではないか恐れられたが、ベヒーモスは幸いオークの住む方向へと行って難を逃れた。

 しかしそこから数週間、村に怪しい人族が現れたのは。


 「お初目お目にかかる、ゴブリン族の聖女様」


 恭しく頭を下げたのは眼帯で右目を覆った粗暴な男であった。

 男はどこか信用できない雰囲気があり、聖女は警戒した。

 しかし男がゴブリンの開拓村に来たのはある二人の少女を探してだった。


 「ハイエルフとハイドワーフのメスです、ゴブリン村には訪れませんでしたか?」

 「いいえ、見ていないわ、それどころかそもそもエルフやドワーフなんて見たこともない」

 「ふむ……となるとオーク村か?」


 ハイエルフとハイドワーフ、男はよほどご執心らしい。

 それほど価値あるものが、どうしてこの危険な大森林を訪れるのか、聖女は嫌な予感をヒシヒシと感じていた。


 「ゴブリン、取り引きをしましょう、我々は鉄の装備を提供しよう、代わりに君たちでハイエルフとハイドワーフを探してほしい」

 「生きているかも分からないんじゃない?」

 「……ククク」


 男はただ笑い答えはしなかった。

 それから、ゴブリン族は人族と異種族交流をしていくことになる。

 森の外には数々の優れた技術があり、ゴブリン村へと流入した。

 鉄の装備は、これまでの労苦がまるで嘘みたいに強力で、武器以外にも、本なども入ってきた。

 聖女はゴブリンたちに命じて二人の少女を捜索させた。

 男は信用できないが、人族との交流は魅惑的であった。

 ゆくゆくはゴブリンが森を出て、開拓村をつくる事ももはや夢物語じゃない。

 ゴブリンと人族が同盟を結めば、永遠の光はますます現実味を得るだろう。

 そう――聖女は割り切った。


 そして聖女はオークが急激に都市化していることに気付いた。

 これはなにかあるかも、と密偵に探らせるとエルフとドワーフと思われる二人の少女がいることが分かった。


 (エルフもドワーフもオークと共存しているのね)


 オークは不倶戴天の敵である。

 これまで何人オークにゴブリンが殺されたか。

 だがオークもまた、ゴブリンに殺されている。

 この二種族は極端に交流が無いが、異なる文化に基づく都市国家なのだ。

 聖女は二人の少女をどうするべきか、逡巡した。

 二人を捕らえたら、人族はゴブリンとの交流を切るのではないか、危惧したのだ。

 このまま黙っていれば、人族との交流は続けられる。

 ゆくゆくは森の特産品やゴブリンの工芸品の輸出も視野に入るのだ。

 ならば、幸せそうな二人の少女くらい見逃してもいいんじゃないか、そんな欲が湧き上がった。


 だが……それがいけなかったとしたら?


 「聖女さん、二人はまだ見つからないので?」

 「ええ、やっぱり死んだんじゃないの?」

 「ククク、嘘はいけねぇな聖女様とあろうものが」


 男との会談、聖女は男の前で、狼狽えてしまった。

 男は既にゴブリン族を何人か買収し、情報を得ている。


 「聖女様、オークの街に二人はいる、で間違いないな?」

 「……だったらなに?」

 「分からねぇなぁ、聖女様は二人を捕らえたら、交易が終わると恐れていたのでは?」

 「……ッ」

 「聖女様は本が大好きなようだ、沢山仕入れたつもりなんですがねぇ?」


 聖女の私室には本棚を埋め尽くすほど本が沢山所蔵している。

 彼女の本質はナード、本を読むのが大好きであった。

 男の調べは完璧、この人族を侮っていたのか。


 「聖女様、逆ですよ逆、アンタが力さえ貸してくれるならば、本なんていくらでも贈りましょう、だが出来ないってなら、交易はもう終わりだ」

 「そんな! それだけは!」

 「なにが、それだけは、だい? ククク……ゴブリンの聖女もなんて浅ましいのか」


 聖女は羞恥に緑肌を赤らめる。

 交易を人質に取られた。

 聖女はこうして、オークの街進撃を余儀なくされたのだった。

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