第22話 ゴブリン大襲撃
「え……なんだ、これは?」
白蛇女は愕然と腕を下ろした。
ワイバーンが両手から落ちていく。
だがそんなことも気に掛けられないほど、それは衝撃であった。
リュウイチは目を手で擦る、新たに獲得した瞼はパチクリと何度も瞬き、目の前の光景を網膜に晒した。
オークの街が燃えている。
「なにが……なにが起きているんだよぉーっ!」
悲鳴めいた甲高い絶叫、リュウイチは一気に街へと飛び込む。
光の翼なら一瞬の出来事だ、そして街の頭上からリュウイチが見たのは。
「ギャギャギャ! 女を探せー! 逆らう奴らは遠慮いらん、殺せー!」
緑色の肌をした背の低い二足歩行の魔物は剣に盾、胸当てや兜を装備していた。
これまで遭遇した魔物のデータには見たことない種族。
だが緑肌の小人は夥しい数で街を襲撃している。
「何しているんだテメェらーっ!」
リュウイチは空から叫んだ。
小人たちは一斉に光の翼を広げる白蛇女を見た。
「オンナ、オンナだ! 見たことない女!」
「いいか殺すなよ、生け捕りだー!」
弓をもった小人が矢を放つ。
リュウイチは光の翼を前面展開し、矢を防いだ。
お返しと、リュウイチは空から麻痺毒を雨のように降り注ぐ。
小人たちは黄色い雨を浴びると、皆苦しみ悶えながらバタバタと倒れていく。
放っておけばそのまま呼吸も出来ず死ぬだろう、だが蘇生を適切に行えばまだ生き延びることは出来る、その程度の微毒だ。
まだリュウイチは状況を把握はしていない。
入口のある旧村落は壊滅状態だ、あちらこちらに無残に倒れたオークがいて、彼は正確に直視できなかった。
苦労して育てた畑は踏み潰され、無残な有様だった。
新市街はまだ火の手は上がっていない、だがすでに多くの小人兵が突入している。
「くそっ、この!」
新市街、建物の上からハイエルフの少女フレイアは弓を構え矢を放っていた。
オークが使う大きな弓だが、【弓術の才】を持つフレイアならば、神がかった腕前で小人の兜ごと額を割ってみせた。
「フレイア! これはなんだ!? 一体なにが起きているんだ!?」
「え? もしかして白蛇!? アンタその姿……!」
「ラミア化したのは今は後だ、コイツらは何者なんだ!?」
「ゴブリンよ、南部に住むゴブリンが大挙を上げて侵略してきたの!」
ゴブリン――その名前は今朝会議で聞いた。
オークとは因縁の仇敵であり、何度も領地を巡って戦争したと。
だが、この数はなんだ?
オークに比べれば小柄で、力も子供騙しかもしれない。
しかしゴブリンは鉄の装備を全員がしている。
一方、オークは黒曜石が今だ主流で、鉄の装備など殆ど無い。
レギも開発していたのは、鍋や包丁など家庭で使用する物が殆どだった為だ。
「くそが!」
リュウイチは悪態を吐くと、新市街に入り込むゴブリンに麻痺毒の雨を浴びせる。
「キャアアアッ! 触らないでよ!」
オークの女性がゴブリンに襲われている。
いくら体格に恵まれているって言っても、ゴブリンが六人もかかればひとたまりもない。
「そこの女性、目を閉じて!」
「えっ? は、はい!」
「ゲヒャ? あっちにもオンナだー!」
ゴブリンたちの視線が一斉に白蛇女に向かった。
使うのは躊躇われるが、しのごと言っていられない。
白蛇女は邪眼を輝かせると、ゴブリンたちは一斉に石化していく。
「えっ? これ……ゴブリンの石像?」
「大丈夫お姉さん! 急いで市庁舎に逃げるんだ!」
「あ、あのもしかしてリュウ様ですか!?」
「そーだよ、俺はゴブリンを叩く、皆は身を守れ!」
リュウイチはラミアから白蛇へと変身すると、その場から飛び去った。
今は的を小さくした方が良いだろう。
「んっ! この!」
「ゲヒャ!?」
レギの工房ではレギが鉄のハンマーを持って、ゴブリンを叩き潰す。
白蛇は直ぐにレギの下へ向かった。
「ん、白蛇様、姿変わった?」
「まぁな、それよりレギは大丈夫か?」
「工房はレギが守る、ここは親切なオークさんたちに建てて貰った大切な工房だから」
工房は耐火性が必要なため、オークの街でも最高峰のレンガ技術で建てられている。
幸い工房はゴブリンの並大抵の攻撃は弾き返すだろう。
レギ自身もゴブリン相手に遅れをとることはない。
むしろ頭蓋をカチ割られたゴブリンが哀れでさえある。
「ん、ゴブリンにしてはしっかりした装備」
「ゴブリンの装備が分かるのか?」
「ん、これ人族の装備にとても似ている」
人族の装備?
倒れていたゴブリンの装備を確認すると、鉄の剣に盾、胸当てにも鉄が使われており、兜も同様だ。
完全な鉄製ではないが、オークより明らかに装備の質が良い。
「ゴブリンって、製鉄技術があるのか?」
「ある訳ない、ドワーフじゃないんだから」
レギはバッサリゴブリンにそんな技術はないと言い切る。
つまり彼女はこのゴブリン大襲撃をなにか別の目線で見ているのだ。
「ゴブリンに装備を供与した存在がいる?」
「んー、目的が理解らない」
「たしかに、ゴブリンは略奪しにきたって感じだが」
ゴブリンの目的は街の占領ではなく、間違いなく略奪だろう。
旧村落は完全に焼け落ち陥落している。
「レギ、新市街にこれ以上ゴブリンが入ってこれないように、バリケードを建てられるか?」
「んー、即席になるけど、いい?」
「構わん!」
レギは目を瞑ると、両手を合わせる。
魔力がレギの全身を巡ると、彼女は魔法を発動した。
「《ストーンウォール》!」
巨大な石の壁は新市街を取り囲むように高く厚い防壁となった。
それを間近に見たリュウイチは驚く。
「レギって凄い魔法使いでもあるんだなー」
「ん、炎と土の魔法なら賢者にも劣らないって説明の時にも言った」
誇張表現かと思えばマジなのだから、ハイドワーフというのは恐ろしい。
ともかく、これで追加のゴブリンはしばらく新市街に入ってこれないだろう。
リュウイチはゴブリンを掃討しながら、怪我人がいないか飛び回った。
やがて負傷した狩人のバルボが血塗れで片膝着いているのを目撃する。
「バルボ、その怪我は!?」
「リュウイチ様だ? ゴブリンにやられただ……だが傷は浅いだ」
実際、バルボは弓でゴブリンを討ち、鉄の斧で近寄るゴブリンを倒していたようだ。
だが多数に無勢、いかにバルボといえど、切り傷は多い。
「今回のゴブリン、どうもおかしいだ」
「おかしいって?」
「ゴブリンと小競り合いは日常茶飯事だ、だが今回は数も質も今迄と違う」
それはよりゴブリンをよく知るバルボからしても異質らしい。
念の為リュウイチはゴブリンについてバルボから更に聞くことにした。
「普段のゴブリンってどんな奴らなんだ?」
「数はオークに比べて何倍も多い、けんど奴らは金属を扱えねぇ」
「製鉄技術が無いから?」
「んだ、こっちが部分的に金属製の武器を持った段階で、どうしてゴブリンはこんなに装備を揃えられる?」
オーク村は発展を優先させて、たしかに防衛力は軽視していた。
それでも構わないとオーク首脳陣も考えていた。
ゴブリンとオークなら三体一までなら五分五分だ。
装備も同じ木製あるいは石製なら、大したことにはならない。
だがゴブリンの装備も戦略も、明らかにバルボの知っているゴブリンではなかった。
「嫌な予感がするだ……ゴブリンにもリュウイチ様みたいな神様がいるだか?」
リュウイチはそれを聞いて背筋がゾクリとした。
そして直ぐに蛇神へと事の真相を質問する。
(蛇神様、俺以外にこの世界に眷属っているんですか?)
『いやいないよ。そもそも眷属とは私達神を補佐するためにある、普通は神界住まいだよ』
つまりリュウイチが異端なのだ。
ならば次に彼が質問に選んだのは。
(俺以外に異世界から転生した奴っているんですか?)
『……存在するよ』
蛇神は重苦しい言葉を出す。
異世界転生者は存在する。
(最後に聞きますよ、ゴブリンに転生者はいますか?)
『……いる』
僅かな間の沈黙、しかし蛇神は処罰でリュウイチに嘘はつけない。
本来ならば転生者を眷属といえど、教える義務はない。
むしろ退屈を嫌う神々はお気に入りの転生者を囲って保護するものだ。
あえて教えるなんてありえない。
「ならこれはゴブリンの転生者が起こした戦争か?」
リュウイチが現代知識をオーク族に齎したように、ゴブリン族の転生者も同様の文明改革を起こした可能性は高い。
しかも明らかにゴブリンの数を有効に利用した効果的な戦術だ。
個人主義のオークと全体主義のゴブリン、均衡が崩れた結果であった。




