第19話 北部の繋がり
【犬人】、大森林北部に主に生息する半犬半人の種族。
大森林北部はやや寒冷であり、植生は背の低いものが多く、ジャングルじみた印象のオークの街周辺とは様子が異なる。
大森林、フレイアがモーアの大森林と呼ぶこの一帯は、有に周辺数カ国を巻き込んでも、大森林の方がなお大きいほどである。
本来ならこれほど広大な大森林は地政学的にはありえない。
神々の意図した結果か、広大で多種多様な魔物を育むだけの恵みも大森林は齎している。
「離れたところから降りようか」
「兄貴に従うニャー」
リュウイチは草原に降り立つと、強い風がリュウイチの蛇肌を撫でていく。
「風が強いな」
「北風ニャー、ずっと北に雪を被った山脈が見えるニャ」
「ほんとだ、ここからでも見えるな」
年中雪を被るトロス山脈は3000メートル級の山脈が大陸を横断している。
山脈の反対側は、雪国であり、凍った海が広がるらしい。
そんなトロス山脈を撫でる寒冷な北風が大森林に流れ込み、北部は草原と疎らに生えた針葉樹木がさびしく生えている。
「コボルトに接触してみるか」
「ニャー、アタシはここで待っているニャー」
ベヒーモスが接近すると、コボルトを刺激するだろう。
コボルトは大変鼻が良く、警戒感が強いという。
とりあえずニョロニョロと近寄るが。
「ッ! ワンワンワンッ!」
「アオーン! ワンワンッ!」
体長100センチ前後、柴犬にそっくりな群れは一斉に吠えかけた。
白蛇に警戒して、警告を放っているのだ。
「あー、コボルト君たち、まずは話をしましょうー」
流石に煩くてかなわんか、温和に語りかける。
だがコボルトは一向に鳴き止まない。
駄目だ、これでは全く話し合うことは不可能。
「うー、無理もないか、そりゃいきなり蛇が声を掛けてるんだもんなぁ」
やはりオークに同行してもらった方が良かったのだろうか。
兎に角埒が明かない、一旦引き返そうかと考えていると。
「貴様等ニャ、兄貴が話している時にキャンキャンと、黙れないのかニャ?」
ヌッと白蛇に大きな影が差す。
コボルトはその威容を見上げ、ガタガタ震え上がった。
ベヒーモスは、コボルトの態度に苛立ち前爪を尖らせる。
「って、駄目駄目! こらベヒーモス、コボルトを恫喝するんじゃない!」
「ニャー……兄貴がコボルトに舐められるのは我慢できないんだニャー」
流石に刃傷沙汰はいかんでしょう、とリュウイチはベヒーモスを咎める。
ベヒーモスは爪を戻すと、しょんぼり顔で座り込んだ。
「あ、ああああ、貴方様はい、一体我々コボルト族になんの用でしょうか!?」
先頭にいた黒い体毛の個体が、ようやく会話に応じてくれた。
リュウイチは顔を晴れやかにすると、光の翼をはためかせ喜びを表す。
コボルトたちは、耳を垂れさせ怯えきっているが。
「改めて俺は白蛇のリュウイチ、今回はコボルトと交流にきたんだ!」
「こ、交流? どうして蛇が私たちと?」
「黒いの、兄貴が名乗ったニャ、お前も名乗れニャ」
ベヒーモスのドスの効いた注意に、黒いコボルトは「ヒィィィ!?」と全身の毛をよだつ。
「も、申し訳ありません! 私この一家を預かる家長のオストといいます!」
オストというコボルトは土下座する勢いで頭を下げた。
リュウイチは「うんうん」と何度も頷く。
とりあえずこれ完全に恫喝だと、気付いたリュウイチはベヒーモスに。
「申し訳ないけどベヒーモス、あっち行っててくれる?」
「ニャー、兄貴に邪険に扱われたら悲しいニャー」
後ろを指すと、ベヒーモスは渋々従った。
ベヒーモスの背中が見えなくなると、リュウイチは改めてこのオスト一家に向き直った。
「コボルトって、家族単位で活動するんだっけ」
「え、ええそうです、我々コボルトは交易で生活していまして」
「交易?」
オストは腰に吊るしていた巾着袋を手に取ると、白蛇に中身を見せた。
青みのある銀色の金属の塊、鉄でも銀でもない。
「これは?」
「コバルトです、これを北方のイーリス族と取り引きするんです」
「イーリス族?」
オストは後ろを指す、今も雪化粧したトロス山脈だ。
「別名飛翼族、その名の通り背中に大きな翼を持った種族です」
ふーん、ハーピーというよりも、天使に近い姿の種族なのだろうか。
この世界にはまだまだ知らないものが多いのだなと、感心した。
「イーリス族ってのは、コバルトを必要としているのか?」
「正確にはドワーフ族がです」
「??? どゆこと?」
リュウイチは目を丸くした。
ここに来て今度はドワーフ族が出てきたぞ。
もうなにがなんだか理解らない、オストは慌てて詳しい説明をした。
「あの雪山の反対側にドワーフの王国があるんです、イーリス族は唯一山脈を越えられるから、コバルトをドワーフ王国まで運んで財貨を稼いでいるんです」
「で、コバルト自体はコボルト族と取り引きしていると」
ややこしいが、コボルトにはトロス山脈を越える手段がない以上、イーリス族が遍歴商人として、仲介しているのだろう。
そう言えば、ハイドワーフのレギも大森林にコバルト鉱脈があると言っていた、案外重要な産出物なんだなと驚かされる。
「コボルトは逆に交易で何を得ているんだ?」
「こ、これです」
オストは巾着袋とは反対に挿していた短刀を鞘から抜く。
すると短刀は美しい銀色で光を反射していた。
「ドワーフ族が打ったナイフです、コバルトにニッケル、それとミスリルを混ぜた合金製なんです」
よく見ると、彼らコボルト一家は皆金属製の装備品が見当たった。
オストの胸を護るのは鈍色の胸当て、奥にいるコボルトたちもなんらか、金属品を持っていた。
それら全てドワーフ族との間接交易の成果なのだろう。
「ふーむ、コボルトって賢いんだなー関心関心」
「わ、私たちコボルト族は種族としては弱いので……」
故に横の繋がりを重要視している。
大森林では弱小の種族でしかないコボルトは警戒心が強く、必ず群れで行動するという。
森にはコボルトを獲物にする魔物は多いのだろう。
だからこそ、比較的見晴らしの良い北部を拠点にしているのだろうな。
「コボルトはどんな物を食べているんだ?」
「ふ、普通ですよ、我々弱小ですが鼻は良いので、森の弱い魔物を主に」
そう言うとオストの後ろにいた茶毛のコボルトが、死んだ体長30センチのネズミを見せた。
流石にそれには、うわ……という声が出る。
弱肉強食は仕方ないが、ネズミとは……オークとは一味違うようだ。
「あのさ、相談なんだけど、ここから真っ直ぐ南下すると、オークの街があるんだ」
「オ、オーク!? あの暴食のオークですか!?」
コボルトたちは震え上がる。
どうやら同じ文明的な種族でも、オークはコボルトには恐れられているらしい。
まぁリュウイチも、最初はオークにビビっていたが。
「安心して、オークはコボルトは食べないから、もし良ければだけど、遊びに来てほしいんだ」
「し、白蛇様は一体何者なのですか、あのベヒーモスといい、なぜオークと?」
「うーん、まぁアレかな、オークの村で神様やっています」
神様? コボルトたちの顔はキョトンとした。




