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第12話 二人の少女

 「ホーホー」


 大森林は夜になると活動する魔物の種類も一変する。

 夜行性の魔物は日が落ちると活動を始めるのだ。

 (フクロウ)のような鳴き声を上げるのは、【白骨梟(クロロホロウ)】という魔物だ。

 木の上で鳴くその魔物は、全身が白骨化している梟の(むくろ)で、眼窩(がんか)の奥では犠牲者を求めて不気な火を灯している。

 この種は《睡眠波》という対象を強制的に睡眠状態にする危険なスキルを持つ。

 睡魔に襲われた犠牲者は、無慈悲な白骨梟に肉を啄いばまれるのだ。

 白蛇のリュウイチからすると、この白骨梟は実に戦い辛い相手だ。

 なにせ毒耐性は完璧でも、催眠耐性はないのだから、《睡眠波》を受ければ、その時点で蛇生(へびせい)終了である。


 「アンデットってしかも毒が効かないんだよなー」


 リュウイチは白骨梟の鳴き声を気にしながら、森の中を飛び回っていた。

 奇襲に注意しながら、レベル上げに手頃な獲物を探すが。


 「むっ? なんだこの反応?」


 白蛇の【熱源探知(サーモスキャン)】は昼夜を問わず、その周囲を索敵する。

 前方300メートル先に、見慣れない人の形を二つ発見する。

 熱源探知だけでは、対象を特定するには至らない。

 かといって遠すぎては《能力鑑定(ステータスオープン)》も届かない。

 危険かも知れないが、リュウイチはこの二つの反応に向かって飛翔した。


 一方急速に接近される二つ反応の正体たちは、暗い森の中突然光り輝くなにかの接近に戦慄いていた。


 「ヒッ、な、なに……?」

 「貴方は隠れて! 私が!」


 白い肌に金髪の少女は気丈に小さな褐色少女を守ろうと身構えた。

 光はどんどん接近してくる。

 やがて見えてきたのは光の翼で飛ぶ白蛇だった。


 「えっ? 女の子?」

 「天使、さま?」


 リュウイチはまさかこんな深く暗い森の真っ只中に女の子がいるなんて予想もしなかった。

 一方で少女たちも後光の射す白蛇に呆然としていた。

 褐色の少女は青い瞳を丸くして、天使さまかと思ったようだ。


 (金髪で白い肌の子は、耳が尖っているな)


 それはエルフの特徴である。

 一方赤毛で背の小さな褐色少女は、痩せ細っているのに、手足が太いように思えた。

 二人とも共通しているのは、異様にボロボロの衣服。

 全身血か泥かよく理解らないものに塗れ、汚れている。

 警戒はするが、白蛇はまず友好的に声を掛けた。


 「あっ、俺は白蛇のリュウイチ、君らはえーと?」

 「リュウイチ? 貴方喋れるの?」

 「神さま、なの?」


 褐色少女が物欲しそうに白蛇に手を伸ばした。

 慌てて白い少女はその手を掴んで引っ込める。

 白い少女はまだ警戒しているようだ。


 「あー、そのぷるぷるボクは悪い魔物じゃないよー」


 白蛇はあえて戯けてみせる。

 実際は魔物どころか神なわけだが、褐色少女はある意味的を得ていた。

 最も白い少女からすれば、怪しい魔物にしか見えないだろうが。

 これでいくらか警戒を解いてくれればいいんだが。


 「……魔物っ、私たちを食べるつもりなの?」

 「食べない食べない! それよりその身なり、一体どうしたんだ?」

 「レギは奴隷……」


 褐色の子、名前はレギというのか。

 奴隷と聞くと、リュウイチは目を細めた。

 よく見ると足枷だろうか、鉄輪に繋がれた鎖を引きずっていた。

 本来は両足を繋いでいたのだろうが、鎖は破壊されている。

 白い少女は目付きを鋭くすると、褐色少女を(かば)って、リュウイチに言う。


 「食べるなら私だけにして!」

 「だーかーらー、食べないってばー!」

 「フレイア、上」

 「レギ今は……え?」


 気がつくと「ホーホー」というあの特徴的な鳴き声が止んでいた。

 それが何を意味するのか、クロロホロウが骨の翼を広げて少女達に頭上から強襲したのだ!


 「ホーッ!」

 「チッ! 《エナジープロテクト》!」


 白蛇は瞬間移動するように物理法則を無視して二人を庇った。

 光の翼を前方に重ね合わせ、クロロホロウの鉤爪を間一髪防ぐ。


 「ホローッ!」


 クロロホロウの《睡眠波》、白骨梟の鳴き声に含まれる波動にリュウイチは舌打ちする。

 耐性のないリュウイチは、眠ったらそこで負けだ。

 だからその前にリュウイチは一か八か、クロロホロウに向けて《エナジーショット》を集中砲火した

 

 「もらっとけ……!」

 「ホローッ!?」


 ズタズタになったクロロホロウはバラバラに崩れ落ちる。

 だがリュウイチも急激な睡魔に襲われていた。


 「あ、貴方私達を守ってくれて?」

 「フレイア、この光る蛇、きっと神様」

 「アハハ……夜は、危険、だから、ね……」


 意識が覚束ない。

 まずい、朝帰りは村のオークたちを不安にさせるかも。

 だが、戦いの気配を察知したのはあの魔物もであった。

 バサリ、禍々しい翼を広げて、巨大な三毛猫が白蛇の下に舞い降りた。


 「ヒィッ!? ま、まさかベヒーモス!?」

 「ニャア? なんで兄貴とハイエルフ、それにハイドワーフが一緒にいるニャ?」


 ベヒーモスは一向に帰ってこない兄貴を迎えにきただけだった。

 兄貴を連れ帰るつもりだったが、その兄貴はハイエルフの足元でぐっすり眠っている。

 ベヒーモスという強大な魔物に死を覚悟するハイエルフとは対象的にハイドワーフの少女は青い瞳でベヒーモスを見つめる。


 「ベヒーモス、神様の守護聖獣?」

 「ニャア? アタシは兄貴の舎弟ニャア!」

 「あ、兄貴ってもしかしてこの白蛇のこと?」

 「シャー! 兄貴は偉大な方ニャ! ぞんざいに扱うなら、八つ裂きニャアよ!」


 ベヒーモスの威嚇(いかく)には、ハイエルフも怯む。

 しかしハイドワーフは逆に白蛇を優しく()でた。


 「ん、神様は敬う」

 「ハイドワーフの方はよくわかっているニャア、兄貴の偉大さがわかったニャアね!」

 「レギ、あ、貴方平気なの?」

 「ん、ベヒーモス、私レギ」

 「レギというのかニャ、アタシは兄貴を連れて帰るニャけど、お前たちはどうするニャ?」


 どうする、とはこの危険な夜の大森林で生き残れるのかという事だった。

 ベヒーモスは兄貴さえ回収出来るなら、この二人には興味はない。

 レギは兄貴をちゃんと敬っているので好感を持ったが、ハイエルフの方はどうでもいい。

 ハイエルフは表情を昏くすると(うつむ)いてしまう。


 「そ、それは……」

 「帰る場所があるの?」


 ハイエルフとは対象的にハイドワーフの少女は物怖じしない。

 ベヒーモス相手にもズケズケ質問した。

 見た目に反して図々しい性格なのかも知れない。


 「オーク村ニャ、兄貴はオーク村の守り神ニャ」

 「お、オーク!? オークって、あの危険なオーク!?」


 ハイエルフはエルフ族に伝わる恐ろしいオークの民話に身震いした。

 だがベヒーモスは弱小であるオークにピンとこず、ただ首を傾げる。


 「ニャ? オークは危険じゃニャイわよ」

 「オークといえば、全て喰らう暴食の魔物でしょう!?」

 

 ベヒーモスは「まぁ大食らいっちゃー大食らいニャアね」と納得する。

 暴食という程かといえば、ベヒーモスの半分も食べないが。

 ハイエルフにはなんだか謎の風評被害があるみたいだ。


 「んー、レギ、一緒に行きたい」

 「正気!? 食べられちゃうわよ!?」


 フレイアはレギを制止する。

 だが迷っている暇は無さそうだ。


 森の奥、つまり外側から無数の光が見えた。

 まだ遠いが、夜目の利くハイエルフやベヒーモスには容易にそれがなにか判別した。


 「あ、あ、お、追いつかれたら」

 「人族に獣人族……全員が武装しているニャア」

 「奴隷商が雇った傭兵よ!」


 それはごろつき同然の傭兵であった。

 貴重なハイエルフとハイドワーフを逃すものかと、危険を承知で森へと入ってきたのだ。

 人間たちはモーアの大森林と呼ぶこの地域を忌諱していた。

 原因は危険な魔物が数多くいるからだ。

 森の外に比べ、魔物の数が非常に多く、しかも☆☆☆☆クラスの中級冒険者と呼ばれる実力者相当の魔物が当たり前に跋扈(ばっこ)している。

 あのクロロホロウという魔物が丁度☆☆☆☆ランクの魔物であった。


 「フレイア、一緒に行こう」

 「う、く……ベヒーモス、様、どうかお助けください……っ」


 フレイアは泣いてベヒーモスの前で跪いた。

 ベヒーモスにとってそれは無意味な行為、ここでは弱者が死ぬのは当然のこと。

 森が弱者を許さない、だが……それに真っ向から異を唱えたのは。


 「ベヒー、モス、二人、をー」

 「兄貴? フニャ〜兄貴ならそう言うニャア、二人共さっさと背中に乗るニャア」


 寝言であっても、兄貴は兄貴である。

 ベヒーモスは兄貴を優しく咥えると、背中に下ろし、二人の為に腰を下ろした。

 意を決してフレイアはベヒーモスの柔らかい背中に意外そうな顔で乗ると、レギに手を伸ばす。

 レギもベヒーモスの背中に乗ると、ベヒーモスは一気に月夜を飛翔する。


 「飛ばすニャ!」

 「キャア!? なんてスピード……ッ!」


 フレイアはあまりの飛翔速度に驚いた。

 ベヒーモスの飛翔速度は並大抵の鳥よりも速く、しかも長時間の飛行にも耐えられる。

 広大な大森林を自由に闊歩できるだけの実力、フレイアはその恐ろしさに涙目になり、でも絶対に負けないと唇を噛んだ。

 レギもベヒーモスの毛皮を掴んで必死に堪える。

 前門の虎に後門の狼、オークがマシか奴隷がマシか。

 フレイアにはどっちも地獄であった。

 それでも奴隷は嫌だ、家畜同然に扱われた同胞を見て彼女は心が折れてしまっている。

 偶然、移送中に二人を積んだ馬車が盗賊に襲われ、馬車は横転。

 フレイアとレギは機を見て大森林に逃げ込んだ。

 レギは鉄を扱う名人、フレイアは魔法に長けた名人。

 彼女らの四肢(しし)を拘束する魔法の楔は、フレイアが楔を解除し、レギが鉄の拘束具を破壊。

 一人では絶対に逃げられない状況で、偶然にもこの二人だからこそ脱走に成功できた。


 「負ける、もんか」


 フレイアは涙に震えながら、それでも歯を食いしばった。

 自分は生きている、誰にもフレイアの生き方を邪魔(じゃま)なんてさせてたまるか。

 やがて彼女は森の中に、人工の灯を見つけた。

 オーク村が見えてきたのだ。

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