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7. ゆめの冒険とトランク 2


眠たいながらも、エルの目はきらきらと輝いていた。とうとう、修道士のお兄ちゃんと交わした約束を果たす時が来たのだ。


王女エベリーヌは楽しげに笑って答えた。


「ええ。私の大切なマダム・バンジャマンが居なくなって、困っていたわ。でも、あなたのお陰でこうして出会えたのだもの。もう困っていないのよ」

「ぼく?」

「そう。えっと、エルちゃんだったわね。エルちゃんがマダム・バンジャマンを、見つけてくれたからよ」


どうやら、エルはあっという間に王女さまを助けたようだ。

以前、アルマに尋ねた時も、エルがいるだけで困らなくなるのだと言っていた。アルマだけでなく、王女さまの「お困りごと」をエルは解決したのだ。エルは満足した。むふむふと笑って、自分を抱っこしている母ソフィアを見上げる。


ソフィアは優しく笑って、エルの頭を撫でた。


「それじゃあ、エルちゃんはフェリクスと、私と一緒にお家に帰りましょうね」

「うん」


今度は、素直に頷く。エルが宮殿に行こうと思ったのは、王女さまが困っているらしいと聞いたからだ。目的を達成したのだから、これ以上宮殿にいる理由はなくなった。

満足したら、体がぽかぽかして眠い気がしてくる。うつらうつらとし始めたところで、カートン卿が口を挟んだ。


『エル坊。おねんねする前に、拾った紙をライオネルに渡しておけ』

「あ」


エルは、ぱしぱしと目を瞬かせる。そして、ごそごそとズボンのポケットを漁った。

すぐに気が付いたソフィアが尋ねる。


「エルちゃん、どうしたの?」


エルは、少しくしゃりとなった封筒をズボンから取り出した。


「れおにいさま。こえ、おとしものなの」

「落とし物?」


名前を呼ばれたライオネルが、執務机から離れてエルに近付く。そして、小さな手が握っている封筒を受け取った。

眉間に皺を寄せて、隅の方に書かれている「ケイシー」という名前に目を止めた。そして、封筒を開ける。中から取り出したのは、ヴィリディス・ホルトス駅の手荷物預かり証だ。


「どこにあったんだ?」


ライオネルは、エルではなくフェリクスに目を向ける。これ以上怒られたくないと、ソファーに腰掛けて極力身を縮めていたフェリクスは、げっと顔を顰めて、恐る恐ると顔を上げた。


「乗合馬車の中だよ。壁と隙間の間に入ってたんだ」

「壁と隙間? そんなところに落とすはずもないが──」


落としたとしても、普通はすぐに気が付くだろう。そもそも、手荷物預かり証を封筒に入れるということ自体があり得ない。日付は今日である。

ライオネルは深く考え始めた。そして、ウィルキンソン伯爵家嫡男のエルマーは、何かを予感したような表情を浮かべる。


「フェリクスくん。その乗合馬車は、どこの停留所から出ているやつだい?」


思ってもいない質問に、フェリクスは虚を突かれる。しかし、すぐに最寄り駅の停留所名を答えた。エルも、半分眠りながら言う。


「あーもんどのね、えがね、かいてあるんだよ」

「ああ、アーモンド・カカオって会社の宣伝が書いてあるよな」


フェリクスも、思い出したように相槌を打つ。エルマーは身を乗り出して、興奮したようにライオネルに訴えた。


「それだ! ライオネル、()()だよ」


ライオネルは、にわかには理解できず、首を傾げた。


「どういう意味だ?」

「乗合馬車と、例の個人広告だ」


フェリクスは、一体どうしたのかと、急に熱が入り始めたエルマーとライオネルの顔を見比べる。エルはもう限界がきて、うつらうつらとし始めていた。

父ヒューバートが事態を察し、片手を上げる。


「ライオネル、エルマーくん。先に、ソフィアとフェリクスとエルを家に帰しても良いだろうか。その後で、ぜひ続きを聞きたい」

「あ──ああ、そうですね」


我に返ったエルマーが同意した。確かに、これ以上はフェリクスやエルを巻き込むべきではない。

ライオネルは、執務室の外に待機していたミス・クランベリーに辻馬車を手配するよう頼んだ。


「もう来ておりますわ。もう一台ご入用でしょうか? それでしたら、すぐに呼んで参ります。すぐ近くの広場に待機しておりますから」


ミス・クランベリーは事務的に答える。それを聞いたソフィアは、申し訳なさそうに、ミス・クランベリーに頼んだ。


「お願いできるかしら。エルちゃんが半分寝ているから、広場にまで行けそうにないわ」

「承知いたしました。それでしたら、玄関近くにある椅子でお待ちください」


ソフィアはフェリクスを急かすようにして、エルを抱っこしたまま部屋を出る。執務室の戸口に立っていたライオネルは、まだソファーに腰掛けたままのエベリーヌと侍女を振り返った。


「王女殿下。もうお帰りになられた方が宜しいのではありませんか」


すでに到着している辻馬車は、エベリーヌたちのものだ。だが、推理小説愛好家(オタク)の王女は渋った。


「ええ、でも──なにか、手掛かりを見つけたのではなくて?」


確かにその通りだ。だが、他国の王女が居ては、進められるはずの捜査も順調には始められない。なによりも、気を使うこと自体がライオネルやエルマーにとっては負担になる。

とはいえ、その通りのことを言うわけにもいかず、エルマーはしれっと答えた。


「手掛かりというほどのものではありません。考えるべき種はいくつかありますが、それが事件解明に即座に繋がるかというと──なにぶん、現実は小説のようにはいきませんから」


暗に、一朝一夕で解決するものではないと伝える。さすがに王女としての教育を受けて来たエベリーヌは、遠回しな言い方でもすぐに理解した。つまらなさそうな表情になったが、「わかったわ」と言う。


「それなら、私は戻った方が良いわね。マダム・バンジャマンも見つかったことだし──この子を綺麗にしてあげて、ちゃんと寝させてあげないと」


国宝ファリーズのガーネット盗難事件の解決には興味があるが、今のエベリーヌにとっては、マダム・バンジャマンの方が大事なのだろう。

存外あっさりとエベリーヌは立ち上がり、侍女と共に警察庁舎を立ち去る。

見送ったライオネルとエルマーは安堵の溜息を吐き、執務室の扉をしっかりと閉めた。その場には、ハートフォード公爵家当主のヒューバートも残っている。


「それで、エルマーくん」


ヒューバートは改めて、エルマーに切り出した。


「君はさっき、何に気が付いたんだね?」


最年長のヒューバートだが、「知」の伯爵家と名高いウィルキンソン伯爵家の嫡男エルマーの能力は認めている。真剣な口調に、エルマーはライオネルとエルマーが手掛かりとして考えていた、七月二十四日の個人広告について説明した。


「そこには、マダム・バンジャマンの我が国の綴りが書いてあります。また、広告主は『アーモンド社気付け、C.A.』と書いているのです。アーモンドと名前の付く会社を片っ端から調べていたのですが、疑わしいものは見つけられず──そこで、『アーモンド・カカオ社の広告が書かれた乗合馬車』と、そこに残された『ケイシー』という署名がされた手荷物預かり証が出て来ました。

私の思い過ごしかもしれませんが、もしこれが神の与えたもうた幸運ならば、掴みに行く他ありません」


エルマーは力説する。ケイシーの頭文字は、”C”だ。

ライオネルはにわかには信じ難い様子だが、ヒューバートは意味深に微笑んだ。


「私たちのオスニエルは、『神の病』を乗り越えた『神の子』だからね。そういう幸運を引き寄せる力も与えられたのだろう」

「そうでしたか。話には聞いたことがありますが、実際に『神の子』にお会いしたのは初めてです」


ヒューバートが告げた『神の病』は、スペロ王国ではよく知られている。エルマーももちろん、その存在については知っていた。だが、『神の病』に掛かった子供は幼くして亡くなるのが普通だ。エルのように無事に成長することの方が珍しい。


「それで」


ライオネルが小さく咳をして、話を元に戻す。


「エルマー、お前の仮説が正しければ、この手荷物預かり証を持ってヴィリディス・ホルトス駅に行けば、ファリーズのガーネットがどこに消えたのか、手掛かりが掴める可能性があるということだな?」

「ああ。もしかしたら、ガーネット自体を引き換えることができるのかもしれない。ただ、その場合は犯人も駅に向かっているはずだ。引換証を失くしているから、焦っているかもしれない。無防備に荷物を取りに行くのは危険だ」


エルマーは知力に秀でているが、もし犯人と乱闘になったら、それこそ「武」の公爵家嫡男であり、警察長官でもあるライオネルの独壇場である。必要になれば、ヒューバートもハートフォード公爵家の手勢をライオネルに貸してくれるはずだ。

ライオネルはにやりと笑った。


「それなら問題ない。ヴィリディス・ホルトス駅に賊が張っていると仮定して、その場で一網打尽にしてやる」


その笑みは、今から獲物を仕留めんとする肉食獣のような迫力に満ちていた。



2-5:アルマに質問

5-5:引換証を発見






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