6. 広い庭で追いかけっこ 4
エルマーが少し考えて、「最後にマダム・バンジャマンとファリーズのガーネットを確認した日、なにか普段と違うことはありませんでしたか?」と尋ねた。
どんな些細なことでも、手掛かりがあるかもしれない。
エベリーヌは、自分の後ろに立つ侍女を振り返った。
「貴方、何かある?」
「いえ──そうですね。マダム・バンジャマン用の餌がだいぶ少なくなっておりましたので、補充をお願いしました」
「それは、宮殿の使用人に?」
「はい。ケイシーという侍女でした。私どもでは、この国で手配ができませんので」
「他に、変わったことは?」
「特になにもございません」
念のため、エルマーとライオネルは、餌の補充を頼んだという宮殿の使用人の名前を書き留めておく。だが、それだけでは捜査が進展しない。
「ケイシーという侍女に、話を訊いてみたいですね」
ぽつりとライオネルが言うと、エベリーヌが身を乗り出した。先ほどから少しずつテンションが高くなっている気がしたが、今この瞬間ほどではなかっただろう。
王族らしく感情は控えめにしか表していないが、弾けるような輝きがその顔を彩っている。
「そうよね!? 私もそう思ったのよ。だから、侍女に頼んで呼びつけようと思ったんだけれど──休みを取って、居なくなっていたの。それも、同室の子に確認したら、荷物がほとんどなくなっていたんですって! ねえ?」
ねえ、と同意を求められた侍女ははっきりと頷いた。
偶然かもしれないが、そのケイシーという侍女が、マダム・バンジャマンとファリーズのガーネットの盗難に関与していた可能性は高い。気に掛かるのは、国宝だけでなく、マダム・バンジャマンも行方不明になっているところだった。偶然が重なっただけの可能性は高そうだが、もしかしたら関連がないとも言い切れない。
二人は、聴取の対象期間を少し広げることにした。
「こちらに来てから、晩餐会や夜会で予定されていた貴族の他に、どなたかと面会はなさいましたか」
「私は王女だもの、会いたいという人は大勢いてよ」
エベリーヌはなぜか得意げに胸を張る。それはその通りだろうが、だからと言って希望者全員と会っていたわけではないだろう。面会した人の中から怪しい人物を探りたいと添えれば、エベリーヌは顔を輝かせた。
「まあ、素晴らしいわ! まるで小説に出て来る名探偵ね!」
「は? はあ、そのような立派なものではありませんが──」
あまりのエベリーヌの熱量に、ライオネルは一瞬、圧倒される。
そういえば、最近になって事件を解決する探偵とやらが主人公の小説が流行っていると聞いたことがあった。ライオネルはそのような小説は軽薄に思えて──と言っているが、実際に活字を読むのはあまり好きではない──読んだことがない。
エベリーヌは、どうやら重度な推理小説オタクのようだ。
思わずちらりとエルマーを見やれば、エルマーは思い当たる節があるのか、苦笑して小さくライオネルに頷いてみせた。
まあ良いと、ライオネルはこっそり溜息を吐く。いずれにせよ、エベリーヌが満足して気持ちよく情報を教えてくれ、その中に解決の手掛かりがあれば御の字だ。
エベリーヌは、時折侍女の手を借りながら、面会した人物の名前を挙げていく。幸いなことに、エベリーヌが宮殿に滞在している間に会った相手はそれほど多くなかった。それに、ほとんどがライオネルやエルマーも知っている貴族だ。身元ははっきりとしている。
これも外れかとライオネルが内心思っていたその時、エベリーヌが「そうそう、それから」と言った。
「イサコヴァ男爵と名乗る異国の商人とも会ったわ。期待していなかったけれど、彼、良い仕事をしたのよ」
満足しているというように、エベリーヌは告げる。だが、ライオネルとエルマーにはそれどころではなかった。エルマーが控えめに、しかしわずかに緊張した様子で尋ねる。
「イサコヴァ男爵──、その男はクラヴジー・イサコヴァ男爵と名乗ったのですね?」
「ええ、そうよ。きっと一代貴族なのね。最近は多いでしょう? その、商売で金を得て、爵位も得る人が」
成金という言葉を使わなかったのは、王女なりの慎みだろう。
そして、エベリーヌは不思議そうに目を瞬かせた。
「あなたたち、その男を知っているの?」
「いえ──誰がその男を殿下にご紹介申し上げたか、伺っても?」
言葉を濁して、ライオネルは尋ねる。
クラヴジー・イサコヴァ男爵という名前を、ライオネルはつい先ほど聞いたばかりだった。エルマーの生家であるウィルキンソン伯爵家に突然現れた、不審な男だ。
だが、エベリーヌは知らなかった。彼女が連れて来た侍女も、申し訳なさそうに顔を横に振る。どうやら、宮殿に仕える使用人を経由して宰相に頼み──つまりウィルキンソン伯爵だ──紹介されるがままに会ったらしい。
ライオネルはエルマーに鋭い視線を向ける。クラヴジー・イサコヴァ男爵という不審人物をウィルキンソン伯爵がエベリーヌ王女に紹介するはずがない。つまり、どこかで情報が捻じ曲がっているのだ。
エルマーは真剣な顔で頷く。後でエルマーは父に確認するつもりだった。
「それで、クラヴジー・イサコヴァ男爵からは何かを購入されたのですか?」
「ええ。マダム・バンジャマン用にサファイアの腕輪を。腕輪のつもりだったんだけれど、やっぱり小動物には金属より布の方が良いだろうということで、リボンにして貰ったの。
それから、私用にガーネットで耳飾りを。晩餐会につけたかったのよ。ほら、いつも祖国から持って来た宝飾品だけだと詰まらないでしょう? ただ時間がなくて、首飾りと腕輪まで作るほどの時間がなかったから──ファリーズのガーネットに合うように、デザインも考えて貰ったの」
「その時に、金庫からファリーズのガーネットを出されましたか?」
「もちろんよ。そうでもしないと、似合う意匠のものは作れないでしょう?」
当然のようにエベリーヌは言う。
だが、それでほぼイサコヴァ男爵が関与していると確定した。
イサコヴァ男爵は、打ち合わせの時に金庫の在り処を確認したのだろう。問題は金庫の鍵だが、もしケイシーという名の侍女が共犯者なら、合鍵を作ることも容易いはずである。金庫の周囲には常に侍女や王女が居るし、部屋を出る時は一部の使用人以外身体検査をされるそうだから、完全に謎は解けていない。
とはいえ、二人で虚しく「アーモンド」と名の付く会社を調べていた時よりは、各段に情報が集まった。
「なるほど。マダム・バンジャマン用に用立てられたサファイアも、紛失しているのでしょうか?」
「ええ。マダム・バンジャマンに付けていたの。ほら、夜でもしっかりと見えるようにね。檻の中に入れているとはいえ、やっぱり朝方は薄暗いものだから──檻の中のどこにいるか、すぐにわかるでしょう?」
エベリーヌは言い訳のように説明する。恐らくそれも理由の一つだろうが、一番は、せっかく可愛いペットのために買った宝飾品を楽しみたかったのだろう。
ライオネルとエルマーは他にも話を振ったが、エベリーヌ王女とその侍女から聞き出せる情報は多くなさそうだった。とはいえ、王女の協力を得られたことは大きい。この調子なら、宮殿の貴族や王家が邪魔をしようとしても、エベリーヌ自身が喜んでライオネルたちと話をしてくれそうだ──もっとも、捜査に関しては、と限定されるが。
幾つかの会話を終えて、ライオネルとエルマーは立ち上がる。ライオネルは、礼儀正しく首を垂れた。
「殿下のお陰で、捜査の方針がしっかりと立てられました。心より感謝申し上げます」
「良いのよ、意外と人間の記憶って当てにならないものね。私、自分はもう少しちゃんと覚えているものだと思っていたわ」
エベリーヌは、推理小説によくある、一から十まで詳しく語れる目撃者にあこがれていたに違いない。だが、現実はそこまで上手く行かないものである。
ライオネルは微笑を浮かべた。
「お見送りいたしましょう。宮殿からここまでは、馬車でいらしたのですか?」
「そうよ。辻馬車を拾ったの。馬車を出すように言ったら、また大騒ぎになるでしょう。これは、お忍びなのよ」
「辻馬車は待たせていらっしゃいますか?」
どうだったかしら? と、エベリーヌは侍女を振り返る。侍女は首を振った。
「どれほど時間が掛かるかわかりませんでしたので、半刻ほどしたら戻って来るように言いつけております」
ライオネルは執務机に置いた時計を確認する。エベリーヌたちが来てから、ちょうど五十分を過ぎたくらいだ。辻馬車も、少し待てば戻って来るだろう。
それまで執務室に待機しているかと思ったが、エベリーヌは首を振った。
「確か、庁舎の隣にカフェがあったわよね? スペロ王国のティータイムは祖国でも有名なのよ」
明言はしないが、見に行きたいと言っているのは明らかだ。本音を言えば食べたいのだろうが、護衛も居なければ、時間もない。あまりにも長時間宮殿を抜け出していると、今度はエベリーヌ本人が誘拐されたと大騒ぎになるに違いない。侍女が困った表情をしているのも当然だった。
ライオネルとエルマーは顔を見合わせる。
ここでエベリーヌを諫めることもできるが、できれば王女とは友好関係を保っておきたかった。
幸いにも、ライオネルも腕に覚えがある。遠距離から射撃をされてしまえば防ぐことは難しいが、多少の無頼漢なら制圧できる自信があった。
「承知いたしました。それでは、辻馬車が戻って来るまでお供いたしましょう」
隣接したカフェは、ライオネルも頻繁に顔を出している。店主とは良好な関係──どころか、店主は元々警察関係の仕事をしていた。多少、ライオネルたちが不審な動きをしても、懐深く受け入れてくれるに違いない。
ライオネルの返答に、エルマーも同調する。二人は短銃を懐に入れると、ミス・クランベリーに一言告げて警察庁舎を出た。




