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ちっちゃな公子エルくんの大冒険  作者: 由畝 啓


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5. エルくん、宮殿へ行く 1


ウィルキンソン伯爵家の領地近くにある修道院──その一室で、修道士のジョエルは客をもてなしていた。

黒いドレスと手袋に身を包み、品良く被った帽子に付いたベールが表情を隠している。しかし、垣間見る面差しからは、その人物が若く美しい女性であることが見て取れた。


「そうですか」


ジョエルは目を伏せて、抑えきれない溜息を吐き出す。双眸には沈鬱な光が宿っていた。


「王女殿下がいらしたことは喜ばしいことですが」

「仰る通りですわ。喜ばしい反面、この機を逃すまいとする、ならず者が多いことも事実ですの」


控えめに告げたジョエルに、女性は同調する。淑女らしく嫋やかな口調だが、ほんのりと憤りが滲んでいた。ジョエルはほんのわずかに目を細めた。問うような視線を女性に向ける。

黒いベールの下で、紅を佩いた彼女の口角がゆっくりと音を紡ぐ。


「如何なならず者といえども、一国の王族を害する度胸はないのでしょう。けれど──けれど、いくつかの、彼らにとって目障りな存在を失墜させるためには、この上ない機会であるということも事実ですもの」

「目障りな存在──というと、警察組織ですね」

「ええ。正確には、治安維持のために警察組織を堅固なものにせんとする方々ですわ」


今のスペロ王国で警察組織といえば、街中の市中警護のような役割を担っていた。元々存在していた騎士団は軍部へと変貌を遂げ、外国からの脅威と対峙している。一方、その分で国内の治安維持には手を割けない。そこで、政府が目を付けたのか、各地に散らばっていた自警団や警邏隊だった。

警察という機構を打ち立て、徐々に中央集権化を進める。以前は地域ごとに独立し、協力体制がなかった警察も、最近では王国全土に渡って捜査協力を行うようになって来た。その成果の一つが、つい先日新聞記事にもなった反政府組織(レジスタンス)の摘発だ。


そして、その中心となっているのが「武」の公爵家ハートフォードが嫡男ライオネルである。彼は弱冠十八にして、人心掌握術に長け、そして合理的かつ効率的に、警察組織を盤石なものにしようとしていた。


だが、それは一部の人間にとっては全く有難くもない、むしろ腹が立つほど邪魔な取り組みだった。

これまでならば、地元の警察官や警邏隊員に金を渡すなり女を宛がうなり、もしくは弱みを握るなりすれば、好きなように仕事ができていたのだ。だが、警察組織が十分に管理されると、これまでつかって来た手が使えない。警察官となった彼らにとって、汚職は経歴(キャリア)を傷つけるものでしかない。未だに目先の利益や恐怖に捉われて融通を利かせる者もいるが、以前とは違って大それた頼みには怖気づく。同僚が見逃してくれていた以前とは違い、今は下手をすると人生が終わってしまうと断る。


「もうじき彼らも我慢の限界を迎える頃でしょう。実際に、政界には少々不穏な風が吹いていると聞きますわ。そのような時期に、隣国の王女殿下がいらっしゃるなど」


女性は愚痴めいた言葉と共に、溜息を零した。ジョエルも同意するように頷く。

そして、ジョエルは物憂げな視線を女性に向けた。


「王女殿下の周囲で、異変は?」

「特にないようですの。新たな使用人が増えたわけでもありませんし──もちろん、王女殿下がお連れになった使用人は、さすがにこちらで調査することも難しいのですけれど」


女性には気付かれないよう、ジョエルは喉の奥で低く唸る。

ハートフォード公爵家とウィルキンソン伯爵家が没落する()()()()は様々だった。分かっていることは、決定的な一打があったわけではなく、いくつもの不運が折り重なって、必然のように衰えていった。何度やり直しても修道士という道から逃れられないジョエルが、その詳細を全て知ることはできない。

だからこそ、今世では情報を自由に齎してくれて、自分の手足となってくれる人が必要だった。最終的にはハートフォード公爵家三男のオスニエルを王位につけることが目標だが、それまでにも打てる手は全て打っておきたい。

とはいっても、事態は存外複雑で、ジョエルの思い通りにはならなかった。


「ハートフォード公爵家のご子息たちは、今──?」


ジョエルは何気なく尋ねる。知りたいのは、長男ライオネルでも次男フェリクスでもなく、三男のオスニエルの状況だ。

女性はジョエルの真意には気付かず、ほんのわずかに頬を綻ばせた。


「ジョエル様は、ライオネル様と幼馴染でいらっしゃいましたわね」


だからライオネルのことが気になるのだろうと、女性はジョエルにとって都合の良い解釈を出す。そして、穏やかに彼女の知ることを教えてくれた。


「ライオネル様は、ハートフォード公爵ご夫妻とご一緒に、ここ最近は毎日宮殿へお出でになられておりますわ」

「そうですか。他のご子息については、何か噂をお聞き及びでしょうか」


ジョエルは堪え切れずに女性の言葉を遮る。不躾と思われても仕方がなかったが、女性は不審に思う様子もなく、ほんのわずかに小首を傾げた。


「フェリクス様と──そう、末にもうお一方いらっしゃいましたわね。お二人とも、タウンハウスで暮らしていらっしゃるようですよ」

「フェリクス様も、ですか」


思わずといったようにジョエルは声を漏らす。

以前に見た酒場の幻影は、日が経つにつれて自分の願望が見せた夢なのかと疑うようになっていた。酒場で反政府組織(レジスタンス)が捕縛された時に、フェリクス・ハートフォードがその場に居た──その現実を信じたくないがために、自身に都合の良い幻覚を見たのではないかと、日に日に不安は育っていた。

だが、女性はあっさりとジョエルの不安を拭い去る。


「ええ。放蕩息子だと言われていたようですけれど、何か心境の変化があったのかもしれませんわ。あの年頃の子には良くあることですよ。夫人も嬉しそうに、ウィルキンソン伯爵夫人にお話しされていたとか」


ふふ、と女性は楽しげに笑みを零す。ようやく、そこでジョエルの肩から力が抜けた。

オスニエルと修道院で邂逅した時、想定していた以上にオスニエルが幼く、自身の計画の甘さに頭を抱えていた。だが、結果的に多少、物事は良い方向へ動いているらしい。

ジョエルは、彼にしては珍しく心の底から、安堵の微笑を浮かべた。その表情はあまりにも柔らかく、目にした女性であれば誰もが一目で見惚れるほどだったが、女性は全く動揺しない。ジョエルは穏やかに口を開いた。


「それを聞いて、安心いたしました。エベリーヌ王女殿下の身辺には、まだ懸念材料が残りますし──何事もなく、ご帰国いただければ宜しいのですが」

「ええ、本当に。私も注意は払いますけれど、表立つことができない以上、限界はございますものね」


女性は小さく笑う。そんな彼女に、ジョエルは一通の手紙を差し出した。表書きには、ラシントン卿ライオネルと書かれている。女性は、全て承知したような表情で手紙を受け取った。


「こちらを、ライオネル様にお渡しすればよろしいのですね」

「はい。とはいえ、敵は抜け目のない相手です。どうぞご自身も身辺にはお気をつけください、カロライナ夫人(マダム・カロライナ)


女性は頷いた。そして、優雅な仕草でソファーから立ち上がると、ジョエルに辞去の挨拶を述べる。


「進捗がありましたら、電報を差し上げますわ」

「お待ちしております」


カロライナ夫人(マダム・カロライナ)──彼女こそが、ジョエルが今世でようやく得た、彼の手足となり情報を運んでくれる存在だった。



☆☆☆☆☆



アルマと別れたエルは、自分の部屋に戻った。そこにはフェリクスが寝ているはずだった。


「──?」


だが、フェリクスが寝ていたはずのソファーは空っぽだ。もしかしたら寝台に移動したのかも、と、エルは扉をよいしょと開けて自分の寝室に向かう。だが、そこはひんやりとしていて、人の気配は全くなかった。


「ふぃるにいさま?」


フェリクスは一体どこに行ったのだろう?

きょとんと首を傾げるエルに、腕の中からカートン卿が囁く。


『自分の部屋に戻ったんじゃないか?』


然もありなんと、エルは納得した。

フェリクスはエルが絵本を読んでいる間に寝落ちしたものの、エルが部屋を離れている間に目覚めたのかもしれない。そして、エルが居ないことに気付いて、自室で寝ることにした──それならばあり得そうだった。


「ふぃるにいさまのおへや、いく」


何度かフェリクスと屋敷を探検している間に、フェリクスの部屋がどこにあるのかは教えて貰った。長時間フェリクスの部屋に入り浸ったことはないが──だいたいエルとフェリクスが過ごすのはエルの部屋だ──中を見せて貰ったこともある。

エルはカートン卿を抱え直して、自室を出た。迷うことなく廊下を歩き、いくつかの角と扉を通り抜けて、フェリクスの部屋に行く。

少し背伸びをして扉を叩き、エルは返事を待った。前触れなく扉を開けることは失礼なのだと、エルはちゃんと知っている。


「ふぃるにいさま、いない?」


だが、残念なことに反応がない。もしかしたらフェリクスは部屋に居ないのかもしれない。それとも、フェリクスは熟睡していて、エルが扉を叩いた音にも気が付いていないのだろうか。


「おねんねしてるのかな?」


どっちだろうかと首を傾げるエルだが、それほど悩みはしなかった。フェリクスがエルの部屋に入る時、彼はほとんど扉を叩かない。ノックしたとしても、エルが返事をするより早く扉を開けるのだから、結局していないようなものだった。


「おいしょ」


先ほどよりももう一段ほど背伸びをして、エルは扉の()()を掴むと扉を開く。扉は少し重たいが、体全体を使うとどうにか開いた。

ほんのわずかに開いた隙間に、エルは身を滑り込ませる。室内はひんやりとしていて静かだ。

きょろきょろと辺りを見渡すが、ソファーや椅子にフェリクスの姿はなかった。寝室かもしれないと、エルは中に入ってもう一つの扉を開ける。

寝台はフェリクスの趣向を反映してか、シンプルな造りになっていた。寝台は使った形跡もなく、使用人が整えたまま、綺麗にシーツが被せられている。


「ふぃるにいさま、いない……」


エルは少ししょんぼりとした。だが、エルはすぐに気分を切り替える。

フェリクスのことだから、エルを驚かせようと思って部屋のどこかに隠れているのかもしれない。エルはさっそく、隠れているかもしれないフェリクスを探すことにした。

カートン卿を寝台の上に座らせると、エルは寝室の衣装棚を開けて、頭を中に突っ込む。外から見ればエルのぷりぷりとしたお尻だけが見えている状態だ。


『おい、エル坊。さすがにあいつも、そこには隠れられないと思うぞ』


カートン卿は、なんなくエルの思考回路を見破っていた。

衣装棚はエルならば問題なく隠れられるだろうが、年齢の割にしっかりとした体格のフェリクスは窮屈すぎるだろう。

だが、エルは顔を突っ込んだ先で、妙なものを見つけていた。ごそごそと、その妙なものと一緒に衣装棚から顔を引き抜く。


「こえ、なに?」


エルが小首を傾げながらも引っ張り出したのは、エルにとっては一抱えもあるほどの、薄茶色の袋だった。



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