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ちっちゃな公子エルくんの大冒険  作者: 由畝 啓


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4. 宮殿と隣国の王女さま 2


スペロ王国の宮殿には、当初の予定通りに到着した隣国アーテム王国の王女が滞在していた。

宮殿は非常に広く、王女が過ごす客間に足を踏み入れられる人間は限られている。顔馴染みの使用人に囲まれて、エベリーヌ・ド・ル・ロワ王女はとてもご機嫌だった。十七歳になり、社交界にも出られるようになったばかりだが、両親が老いてからできた子供ということもあって、随分と可愛がられて来た。そのせいか、どこか幼いところがある。

綺麗に手入れをされた豊かな金髪を結い上げ、碧眼を期待に煌めかせて、彼女は気に入りの侍女に顔を向けた。


「ねえ、せっかくスペロ王国に来たんだもの。この国の商人を呼んでくれない?」

「商人でございますか? アーテム王国の方が、優れたお品は多くあるかと存じますよ」

「それでもよ。最近はこの国にも高級仕立店(オートクチュール)ができたという話じゃない。もしかしたら私の祖国ほどじゃないのかもしれないけれど、気になるわ」


エベリーヌは若く美しい。だからこそ、自身の身を飾り立てることに余念がなかったし、最先端の美しいものや珍しいものを探すことも好きだった。そんな彼女の、今一番のお気に入りは、祖国に居る間に商人から買い付けたハリネズミだった。


「ねえ、()()()()()()()()()。あなたもそう思うでしょ? あなたに似合いの宝石を探すっていう約束、まだ果たせていないのだもの」


くすくすと笑いながら、エベリーヌは腰掛けたソファーの傍らにある卓上の籐籠を覗き込む。そこには、綺麗に手入れをされた掌サイズのハリネズミが居た。マダム・バンジャマンは、美しい絹のリボンを胴体に巻かれて、つぶらな瞳でエベリーヌを見上げる。そのあまりの可愛らしさに、エベリーヌは頬を綻ばせた。

自由奔放で我儘なところもあるエベリーヌだが、自身の立場を自覚しているため、本当に無茶なことは言わない。それでも、たいていのことは自分の思い通りにしてきた姫だ。侍女は小さく息を吐いた。


「かしこまりました。どこか良い高級仕立店(オートクチュール)がないか、伺って参ります」


スペロ王国の王族が贔屓にしている高級仕立店(オートクチュール)ならば大きな間違いもないはずだ。侍女は内心で算段を立てた。

マダム・バンジャマンの頬を指先で撫でていたエベリーヌは、肩越しに侍女を振り返る。そして、王女は満面の笑みを浮かべた。


「よろしくね。楽しみだわ」


高級仕立店(オートクチュール)がやって来ると信じて疑っていない表情である。侍女は、王女の期待が一際大きくなったことを感じて、思わず頬を引きつらせた。



☆☆☆☆☆



エルは、カートン卿を抱えて、フェリクスと一緒にタウンハウスの中を探検していた。

母ソフィアと、友人のドローレスとの会話を聞いてしまったのも、屋敷を歩き回っていたからだ。幸いにもエルとフェリクスは誰にも見咎められることはなかったのだが、それを良いことに、エルは屋敷の冒険を続けることにした。宮殿に行くこともあきらめてはいないが、兄フェリクスとカートン卿の話を聞く限り、きちんと計画を立てなければならないと気が付いたのである。


「ふぃるにいさま、ふぃるにいさま」


たまたま見つけた廊下の窓から外を眺めていたエルは、フェリクスの服を掴んで引っ張った。フェリクスは腕を組んで不服そうな表情をしているものの、エルを置いて立ち去ろうとはしない。フェリクスはぶっきら棒に返事をした。


「なんだよ」

「あれ、なあに?」


興味津々でエルが視線を向けているのは、タウンハウスの前に停まった馬車だった。黒いドレスを着た婦人が一人、降りて来る。手には黒い鞄と蝙蝠傘を持っていた。

もちろん、エルも馬車は見たことがある。ハートフォード公爵家が有している紋章付きのもので、エルも自身の屋敷からタウンハウスまで乗って来た。だが、玄関先にある馬車は、エルが知る馬車よりも随分と質素だった。それに、馬も一頭しか繋がれていないし、御者は襤褸(ぼろ)を纏っていた。その上、婦人が下りた途端に馬車は走り去ってしまう。

フェリクスはエルの頭越しに外を見て、「ああ」と小さく呟いた。


「セラフィーナの家庭教師(ガヴァネス)だろ」

「おうちにいないの?」


家庭教師という職業は知っている。エルも大きくなったら、家庭教師に色々習うのだとアルマから聞いていた。だが、エルはてっきり、家庭教師というものは自身の屋敷に暮らすものだと思っていた。どうやら違うらしいと、エルは目を瞬かせる。

フェリクスは首筋を指先で掻くと、ほんのわずかに眉を寄せた。


「ああ、泊まり込みの家庭教師か? マナーハウスなら、そうだぜ。腐るほど部屋も余ってるからな。でも、タウンハウスじゃあ狭いし、姉妹(あいつら)もずっと居るわけじゃないから、同じようにはできねえんだろ」

「ふうん。ここでも、せふぃねえさま、おべんきょするの?」

「まだ社交界に出られる年齢でもねえし、他にやることもねえだろうからな。多分、そうなんじゃね?」


なるほど、とフェリクスの話を聞いていたエルは、きょとりと首を傾げる。


「ふぃるにいさまは?」

「あ?」


丁寧にフェリクスが説明してくれた理論ならば、フェリクスも家庭教師の教えを請わなければおかしな話だ。だが、フェリクスは勉強しようとしている様子がない。エルが疑問に思うのも当然だった。

フェリクスは小さく笑った。そうすると、優しい表情になる。どこかエルと似た面差しで、フェリクスは首を振った。


「俺は良いの。どうせ軍人になるんだからさ。勉強したって、兄上──ライオネルのスペアとして公爵家に留まるくらいしか道はねえもん。俺は兄上ほど頭は良くないから、法廷弁護士にも聖職者にも、医者にもなれる気はしねえからな」


ハートフォード公爵家は「武」の公爵家と言われているだけあって、元々武芸に秀でた者が多い。長兄ライオネルもフェンシングや狙撃の腕は優れていたが、彼は公爵家を切り盛りするだけの頭脳も兼ね備えていた。一方、フェリクスはあまり座学が得意ではない。その代わりに、武芸に関しては兄ライオネルを抜く。

小さいころから自身の特性を薄々察していたフェリクスは、それほど迷うこともなく、陸軍士官の道を志すことにした。だが、軍人という響きには少し恐ろしいものがある──らしい。

当初それを口にした時、妹のセラフィーナが泣きそうな表情をした。それ以来、フェリクスは家族の前で本心を語ることは止めた。代わりに、騎士になると言い替えるようにした。どれほど夢見がち(ロマンティスト)だとロレッタに笑われても、フェリクスは構わなかった。


「ぐんじんさんになるの? それなら、おべんきょしなくていいの?」

「お前、痛いところつくな」


思わずフェリクスは苦笑する。海軍と違って、フェリクスが考えている陸軍士官は入隊するにも金が要る。逆に言えば、ある程度の金を払える貴族子息でなければ門戸は開かれないということだ。だから、フェリクスが軍人になれない可能性は、無きに等しい。

とは言っても、ある程度の勉強は必要だった。アトキンズ大尉からも、語学や戦争論、基礎戦術を学んだ方が良いと助言を受けている。だが、どうしてもフェリクスは座学が苦手だ。本を読んだり講義を受けたりしていると、強烈な眠気が襲って来る。


「まあ、そのうちな」

「えるも、いっしょにおべんきょする」


肩を竦めたフェリクスを、エルは見上げた。フェリクスは小さく笑ってエルの頭を撫でる。

二人の会話を聞いていたカートン卿は、エルの腕にしっかりと抱えられたまま、ぽつりと呟いた。


『お前は医者か法廷弁護士の方が向いていると思うぞ、エル坊』


エルは難病である「神の病」を乗り越え、卓越した頭脳を手に入れた。まだ幼い今でさえ、エルは大人の会話を十二分に理解している。このまま成長すれば、間違いなく優れた医者や法廷弁護士になれるに違いない。むしろ、軍人よりもエルには相応しいと言えた。


(ふうん?)


カートン卿の助言を聞いて、エルは小首を傾げる。

医者や軍人がどのようなものか、エルは薄っすら絵本の知識で知っていた。だが、法廷弁護士の仕事を、エルは良く知らない。だから、今すぐに決めるのではなく、頭の片隅に取っておこうと、エルはこっそり考えた。

そうして、もう一つ気になっていたことをフェリクスに尋ねる。


「あのおんなのひとの、ばしゃは?」

「馬車? ああ、辻馬車か?」

「つじばしゃ?」


辻馬車は、エルの辞書に載っていない。生真面目な顔で繰り返すと、フェリクスはどう説明したものかと小さく唸った少し考えていたが、やがて適当な説明を思いついたようだった。


「辻馬車ってのは、道端に停まっててさ。金を払ったら、行きたい場所まで連れて行ってくれるんだよ。俺も使ったことあるから知ってるけど、結構高いんだ。だから、俺たちみたいな中上流階級じゃないと乗れないってわけだ」

「ぼくたち? ほかのひとたちは?」


エルの年齢であれば、自分や家族以外の存在に思い至ることはほとんどない。だが、エルは自分たちが上流階級であること、そして、アルマやグレンのように()()()()()()()()()()()が居るということを知っていた。


「そうだなあ。乗合馬車じゃないか? 辻馬車とは違って、決まった場所に停まるんだ。だから、目的地が近づいたら車掌に知らせて降りるんだよ。乗りたいときは、停留所──馬車がいつも停まる場所で待っておくんだ」

「のりあいばしゃ」


それは面白そうだと、エルは頷く。ただ、フェリクスは少し苦り切った表情で言った。


「ただなあ。乗合馬車、あれはできればもう乗りたくない代物だったな。車掌は乱暴だし、凄く混んでるし、何時間も遅れるし──よく客同士が、たまに車掌と客が喧嘩してるし。あれなら辻馬車の方が遥かにマシだ」

「たいへんなの?」

「大変どころの話じゃないぜ。それに、普段俺たちが着てるような服を着て乗ったら、あまりに場違いだからな。カツアゲしてくださいって言ってるようなものだ」

「かつあげ……」


カツアゲってなんだろう、とエルは真剣に考える。美味しいご飯だろうか。響きはご飯のように感じるが、話の流れを感じると明らかにそうではないはずだ。

フェリクスはエルに全て理解させようとは思っていないらしく、腕を組んで一人、思い出したようにうんざりとしている。

そして、なんとなく嫌な予感を覚えたカートン卿がこっそりエルに耳打ちした。


『カツアゲっていうのは、無理矢理お金を奪うことだ。殴られて、痛いめに遭わされるから、エル坊は一人で乗るんじゃないぞ』

(わかった。ひとりでのらない)

『……一人じゃなくても、乗ったらだめだぞ』


エルは素直に頷く。だが、その返事は余計にカートン卿の不安を煽るだけだった。



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