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ちっちゃな公子エルくんの大冒険  作者: 由畝 啓


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4. 宮殿と隣国の王女さま 1


貴族には習慣がある。特にこの時期──宮殿で国会が開催される時には、都での社交界が活発になり、各領地に散らばっていた貴族たちが一堂に会するようになるのだ。そして、そのような時期には訪問客が増える。それは、ハートフォード公爵家でも同じだった。


「奥様、ウィルキンソン伯爵夫人がお見えでございます」

「ドローレスが? 良いわ、ここへお連れして」


執事のデニスの言葉を聞いたソフィアは、嬉しそうに頬を綻ばせて答える。昼食を終えた彼女はちょうど、子供用の帽子を編んでいるところだった。

他の訪問客ならば手仕事を中断して客間に移るところだが、相手がドローレスならば話は別だ。ソフィアの返事を予想していたデニスは動じることなく、相変わらずのポーカーフェイスで静かに頷いた。


「承知いたしました」


ウィルキンソン伯爵家は昔からハートフォード公爵家とも交流がある。既に遠い過去の話にはなったが、ハートフォード公爵家のお姫様がウィルキンソン伯爵に嫁いだことで縁ができた。

ハートフォード公爵家の女主人となったソフィアと、ウィルキンソン伯爵家に嫁いで来たドローレスが仲良くなったのもある意味当然だった。領地は多少離れているが、定期的に顔を合わせるのだ。年齢も近く、子供たちも同世代である。初めは形式的な話しかしていなかったが、今では儀礼的な範囲を超え、何でも打ち明けられる間柄になった。


デニスに連れられて、ドローレスが姿を現す。ドローレスはいつものように、華美すぎず、しかし地味でもない、品の良いドレスを纏っていた。


「久しぶりね、ソフィア」

「ええ、本当に。お元気だった? 会えて嬉しいわ、ドローレス。良かったら座ってちょうだい」


ドローレスはソフィアと軽く抱きしめ合うと、素早く室内を見渡す。そして、ソフィアに出かける予定がないらしいと見極めると、手袋と帽子を取った。綺麗な所作でソファーに腰掛け、手袋と帽子は傍らに置く。それをソフィアは満足そうに眺め、デニスに軽く目配せをした。如才なく、デニスが茶を淹れる。


「ドローレス、あなたはいつ(こちら)に来たの?」

「三日前よ。本当はもう少し余裕を持って来たかったんだけど──ほら、我が家には今年、社交界デビューの娘が居るものだから。一番素敵なドレスを作ってあげたいでしょう?」

「それは当然だわね」


やはり、流行の最先端といえば領地よりも都である。特に、芸術の都と呼ばれる隣国から来た高級仕立店(オートクチュール)は都に集結していた。上流階級に名を連ねる貴族としては、どうしても外せないポイントだった。

ウィルキンソン伯爵家も、当初はそのつもりでいたと言う。夫や他の家族は少し遅れて来るとしても、ドローレスと娘だけは一足先にタウンハウスに向かう。その計画だったのだが、と、ドローレスは少し疲れた様子で溜息を吐いた。

ソフィアは気遣わしげな表情になる。


「なにかあったの?」

「それが──少し風変りなことなの」


ドローレスは戸惑いを隠せていない。事実、それはこれまでに経験したことのない、奇妙な出来事だった。


「この時期、私たちのマナーハウスには、そうそう滅多なことじゃあお客様もいらっしゃらないのだけれど」


社交シーズンのタウンハウスではないのだ。領地にある館を訪れる人と言えば、社交界が都で開かれない時期に、ウィルキンソン伯爵家から招かれた客人ばかりだ。

だが、ドローレス曰く、全く見知らぬ人物がウィルキンソン伯爵家のマナーハウスを訪れたのだという。


「スペル王国の方だったの?」

「異国の男性だった。でも、隣国ではないわね。最初は、私が女主人として相手をしたのだけれど、どうにも話が良く分からなかったの」


招かれざる客は、遠い国の貴族だと名乗った。確かに、身に着けていた衣服は見慣れないものの上質で、貴族と言われても違和感はなかったという。発音も流暢で、話し方に不自然なところはなかった。


「クラヴジー・イサコヴァ男爵と名乗っていたわ。濃い髭を生やしていて、恰幅の良い男だったの。でも、目つきが妙で。油断ならない御仁だと思ったわ」


イサコヴァ男爵と自己紹介した男は、この国の知り合いを探してウィルキンソン伯爵家を訪れたのだと言った。他国を旅している時に偶然出会い、意気投合して手紙までやり取りする間柄になった──そして、スペロ王国に帰国したと聞き、男爵は遥々足を延ばしてスペロ王国までやって来た。しかし、肝心の相手が見つからない。手紙ではこの近辺に住んでいるとのことだったが、心当たりはないか。

男は迂遠な言い回しで長々と話したが、要約するとそういうことのようだった。

ソフィアは興味津々に身を乗り出す。


「それで、相手の方に心当たりはあったの?」

「いいえ、全く。少なくとも、普段から社交界でお付き合いのある方ではなかったわ。つまり、そのイサコアヴァ男爵という方が騙されていたのか、それとも」

「その男爵が嘘を吐いていたか、ということね」

「それでも、その男が嘘を言って私たちの屋敷を訪れたとして、一体何の目的があったのか分からないでしょう?」


ウィルキンソン伯爵家はハートフォード公爵家と同じく由緒正しい家柄だ。それなりに裕福でもあり、詐欺師が下見をしに来た可能性も否定はできない。だが、会話の中では一切、ウィルキンソン伯爵家の家財に触れることはなかった。

ドローレスは肩を竦めて、声を潜める。


「結局、小一時間滞在してイサコヴァ男爵は立ち去ったわ。もちろん、早々に執事(サム)(ヴィンス)に話をしに行って、たぶん十分か十五分か経ってからは、ヴィンスも一緒に相手をしたのだけれど。それで、ヴィンスが考えたのは、男爵の狙いはウィルキンソン伯爵家ではなくて、この社交界のことだったのではないか、ということなの」


ウィルキンソン伯爵家は「知」の伯爵家と言われるほど、才覚に優れた人物を多く輩出している。そのため、政治の要職はウィルキンソン一族が占めていた。当然のことながら、社交界が開かれる国会開催期間の、重鎮の動きも全て把握している。

ソフィアはすぐに、ドローレスが言わんとしていることを察した。真面目な、そして少し憂いを帯びた表情で頷く。

奇妙な異邦人の突然の訪問、ウィルキンソン伯爵家の特質、そしてドローレスと娘が予定を遅らせてでも領地に留まらなければならなかった理由。その全てを説明しようと考えると、必然的に一つの結論に辿り着いた。


「具体的な日程は明らかになっていないけれど、アーテム王国の王女殿下ご訪問はもう決まっているのね?」

「そうなの。私も詳しい話は聞いていないのだけれど」


さらにドローレスは声を潜める。

芸術の都を擁する隣国アーテム王国。その国の王女エベリーヌ・ド・ル・ロワが、恐らくはあと数日でスペロ王国を訪れることになっているのだ。

だが、反政府組織(レジスタンス)の活動が活発になっていると言う当局の意見も受け入れ、その具体的な日程は明らかにされていない。全ては警備のためだ。反政府組織(レジスタンス)にとって、アーテム王国の王族を害することこそ、現政府の弱体化に有効な手段はない。警察も軍も、王女の訪問を受けて警戒を高めていた。

ドローレスは、頭が痛いと言わんばかりに首を振った。


「本当は、娘と私だけでも先に王都に来るつもりだったのよ。でも、もしかしたら私たちが狙われるかもしれないでしょう? 安全を期すためにも、家族全員で移動した方が良いと(ヴィンス)が言い始めて」

「それも当然だわ」


ソフィアは、この場に居ないウィルキンソン伯爵に同意する。そうしてから、ソフィアは不思議そうな表情になった。


「そういう状況で、よく我が家に来られたわね?」

「さすがに、(ヴィンス)も理解してくれるわ。身が危険に晒されているかもしれないからって、不義理を働くような人じゃないし──それに、デニスにお願いして、門のところに護衛を待たせているの」

「念入りね」

「ええ。でも、本当に困ったものだわ」


安堵と共にソフィアは笑みを浮かべる。ドローレスも笑うが、その表情には隠しきれない疲労が滲んでいた。



☆☆☆☆☆



フェリクスは、渋い表情を浮かべながら頭を抱えるという高等技術を発揮していた。


「──見つかったら怒られるから。な? だから、大人しく部屋に戻ろうぜ」

「だめなの」


兄からの苦言にも、生真面目ながらきっぱりとエルは言い返す。二人とも声を潜めていた。ついでに、体も縮めて身も潜めている。

むぎゅ、とエルの小さな体と短い腕に潰されているカートン卿も、どこか呆れが滲んだ声音でエルに囁いた。


『俺も、()()はさすがに止めた方が良いと思うぞ』

(でも、こまってるって、いってるよ)

『それをお前が解決することはないと思うんだがな……』


説得を試みてもエルは聞かないだろうと、カートン卿の声音には諦めが見える。事実、エルはその場から動く気がなかった。

エルとフェリクスが隠れているのは、母ソフィアとウィルキンソン伯爵夫人ドローレスが話をしている部屋の、すぐ隣の小部屋である。滅多に人が通らない小部屋だが、ソフィアがエルの父ヒューバートと語らいながら休息を取ることもできるよう、簡易なソファーとテーブル、書棚、そして暖炉が設置されている。

その部屋の扉を薄っすらと開けて、エルとフェリクスは暖炉の中に身を潜めていた。まだ季節ではないため、暖炉は蓋がされている。その蓋を開けて滑り込んだのだ。エルは一人だけでも構わなかったが──厳密にはカートン卿も居るので、エルにとっては二人だ──妙な使命感に駆られたフェリクスがお目付け役として、エルの傍にいた。


「でも、エル。お前、母上と夫人の話を聞いてどうするんだよ? 何もできないだろ」

「そんなことないよ。おーじょさまがくるって、いってる」

「いや、それはそうなんだけどな。でも、お前も俺も、そもそも宮殿にすら行けないぞ」


エルも愚かではない。母とその旧友の会話全てを理解できているわけではないが、大まかなところは把握していた。

つまり、外国から来た悪者が、宮殿にやって来る王女さまを虐めようと考えたが、いつ王女さまが来るか分からなかったので、ウィルキンソン伯爵のお屋敷にやって来た。そして、母ソフィアの友達は困っている。そういうことだ。

そして、フェリクスの指摘も的を射ている。エルはもちろん、フェリクスもまだ成人年齢に達していない。社交界に行くどころか、そもそも宮殿に入れてすら貰えないだろう。門前払いとなるのは目に見えている。門前払いならまだ良いが、最悪の場合は逮捕されて終わりだ。エルはまだ幼いから、保護されるかもしれない。


それでも、エルは真剣だった。

エルは、ジェイと名乗った修道士と約束したのだ。困っている人を助けると。それは、いじめっ子からいじめられっ子を守ることも含まれる。

それに──これはフェリクスにはもちろん、カートン卿にも内緒だが──異国の王女さまとやらを見てみたいと思ったのも、事実である。

エルの頭には、絵本で見た「王女さま」の煌びやかな姿が、鮮やかによみがえっていた。



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