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ちっちゃな公子エルくんの大冒険  作者: 由畝 啓


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3. 霧の都とタウンハウス 4


エルはご機嫌だった。夕飯の時間になったと侍女が呼びに来たところで、すでに最高潮だった。

アルマに連れられて食堂に到着し、中を覗いたところで更にエルは嬉しくなった。父母に兄姉が揃っていて、食堂のテーブルも綺麗に飾り付けられていたからだ。

食堂はかなり広く、テーブルは白く清潔なクロスが掛けられていた。テーブルの中央には色とりどりの花が添えられていて、銀食器は等間隔に並べられている。壁にも美しい絵画が飾られていて、白と緑を基調とした可愛らしい造りだった。どうやら母ソフィアの好みらしい。


「エルちゃん、エルちゃんのお席はここよ」

「あい」


優しく微笑みながら、ソフィアが自分の隣を指し示す。エルはるんるんと、今にも飛び跳ねそうな雰囲気を醸し出しながら、ソフィアの隣に向かった。

もちろん、エルはもうお兄さんなので、ご飯を食べる場所で遊んだり走ったり跳んだりしてはいけないと知っているのだ。多少、足が床から離れている時間が長かったかもしれないが、それはご愛敬である。

アルマに手伝って貰ってエルはようやっと椅子に腰掛ける。エルの座席の隣には、カートン卿用の椅子も準備されていた。

エル一人だけ大人用の椅子ではないことに気付いて少し詰まらなくなったが、大人用の椅子に座ったら今度はテーブルの天板に手が届かなくなってしまう。自尊心のためにご飯が食べられなくなっては一大事だ。せめて一人前であることを示そうと、エルは頑張ってきりっとした表情を作った。


その様子を、家族はおろか使用人ですら微笑ましく眺めている。

長女のロレッタはすでに顔を真っ赤にして悶えているた。エルが来るまでロレッタと嫌みの応酬をしていたフェリクスはそんなロレッタをドン引きしたように見ているが、全体的には穏やかな空気が流れている。


「これで全員、揃ったな」


父のヒューバートが、どこか嬉しそうに口を開いた。そして、彼はエルを優しく見つめた。


「家族とご飯を食べるのは、エルは初めてだね。今日この日を無事に迎えられたことを神に感謝しよう」


恭しい言葉と共に、皆が祈りを捧げる。エルは一瞬戸惑ったが、隣に座る母ソフィアや長兄のライオネルを真似て、むにむにと口を動かした。ただ一人、フェリクスだけは不貞腐れたようにそっぽを向いている。


「それじゃあ、食べよう」


祈りを終えて、ヒューバートが口を開いた。それを合図として、使用人たちが前菜を準備する。皿の上には温野菜のテリーヌが美しく盛り付けられていた。

エルが普段食べている料理も、一流の料理人が作った最高級の食事だが、どうしても子供向けに工夫されている。そのため、これほどまでに芸術的な野菜をエルは初めて見た。

顔をきらきらと輝かせて、無意識のうちに前のめりになる。


「きれいねえ……!」


思わず、エルの口からはそんな言葉が(まろ)び出た。エルの隣に座っているソフィアが優しく微笑む。


「ええ、綺麗ねえ。それにね、エルちゃん。食べてみたら分かるけれど、とても美味しいのよ」

「おいしいの……!」


見た目も綺麗で、なおかつ美味しい。最高ではないか。

きらっきらとした目で、エルはソフィアを振り返る。心底嬉しいという気持ちを隠さないエルを見て、もはや長女のロレッタは食事するのも難しいくらい歓喜に震えていた。ロレッタの隣に座っている次女のセラフィーナも、姉のそんな反応は多少見慣れているはずだが、おっとりしながらも呆れを隠せていない。ロレッタと顔を合わせる度に喧嘩になるフェリクスに至っては、言わずもがなだ。あからさまにうんざりした表情である。


ヒューバートは少し面白がりながら、穏やかに声を掛けた。


「食べて良いぞ、エル」

「うん!」


元気よく答えて、エルは慎重にカトラリーを手に取った。

昔は、子供用の食器などなかった。だが、最近になってようやく子供用のカトラリーが販売されるようになったのだ。エルの前に用意された食器はどれも、この日のために、ソフィアが商人を呼び寄せて自ら選んだものだった。

中流階級ではもっぱら百貨店に赴くようになっているが、ハートフォード公爵家のような昔ながらの家は、わざわざ出向かなくとも外商が自ら屋敷にやって来る。


ソフィアの愛情がたっぷり籠っているとも知らないエルは、真剣な顔でゆっくりとカトラリーを操った。その場の誰もが──ひねくれた態度で無関係を装うフェリクスでさえ、はらはらとエルの手つきを見守っている。

ようやくエルが一口分のテリーヌを切り終わり、ゆっくりと口に運ぶときには、自然と皆の口から安堵の吐息が漏れた。

もきゅもきゅと味わいながら、エルは野菜のテリーヌを食べる。味付けは、普段食べている料理ともだいぶ違ったが、エルは顔を輝かせた。


「おいしいの!」

「美味しくて良かったわ」


ソフィアや家族だけでなく、使用人もにっこにこである。何気なく食堂を出た侍女の一人は、末子オスニエル様がお気に召したようだと料理長に伝言する気満々だった。

ようやく、他の者たちも前菜を口に運ぶ。ロレッタはしみじみと呟いた。


「──エルくんが美味しそうに食べてるからか、いつもより上等に感じるわね」

「お手軽な舌だな」


すかさずフェリクスが嫌みを放つ。ロレッタは眼光鋭く、横目で弟を睨み付けた。


「なんですって? あなたは、減らず口を叩くその舌を引っこ抜かれたいのかしら」

「おお、怖え」


わざとらしく震えあがって、フェリクスは肩を竦める。

その態度が更にロレッタの癪に障った。ロレッタは一層表情を険しくする。


「あんたがそんな調子で、エルくんが真似したらどうするのよ。素行不良な放蕩息子なんて、あんた一人でも手一杯だわ」


しかし、フェリクスはロレッタを無視した。全く取るに足らないとでも言わんばかりである。

ソフィアが少し困ったような表情になるが、彼女が口を開くよりも先に、父のライオネルが息子と娘に苦言を呈した。


「フェリクス、ロレッタ。いい加減にしなさい」

「──はあい、お父様。ごめんなさい」


フェリクスは不機嫌な表情のままだが、ロレッタは素直に謝る。しかし、ロレッタも顔一面に不服だと書いていた。彼女にしてみれば、悪いのはフェリクスであって、自分は叱っただけだ。とはいえ、食事の場で──しかもエルが見ている前で険悪なやり取りを見せるべきではない、という点は認めていた。

ロレッタは、最後に「あんたのせいよ」とでも言いたげにフェリクスを横目で睨んでから、食事に目を向ける。自分の弟(フェリクス)に対しては無視を決め込むことにしたようだ。


エルは自分のお皿に載っているテリーヌを味わいながら、そっと家族の様子を窺っていた。

ロレッタとフェリクスは、仲が悪い。セラフィーナは、少しフェリクスが苦手そう。フェリクスも、セラフィーナに対しては声を掛けるどころか視線を向けることもしない。長兄のライオネルは、そんな家族に関心が薄そうだ。母ソフィアは、そんな子供たちにどう声を掛ければ良いのか、困っている。


テリーヌを食べ終えてカトラリーをお皿の上に置いたエルは、ふむ、と腕を組んだ。まだ腕が短くて、ちゃんと交差できていない。目敏くその様子を見つけたロレッタが悶えていることにも気が付かず、エルは少しだけ、小首を傾げた。


エルはちゃんと、修道院の教会で夜に出会った「ジェイ」と交わした約束を覚えている。

どうやら、エルが助けてあげなければならない「こまっているひと」は、意外と身近にいるようだった。



☆☆☆☆☆



食事と湯あみが終わり、アルマの手を借りて寝る準備を整えたエルは、むくりと寝台から起き上がった。その目は爛々と輝いている。

確かに長距離を移動したものの、前夜に夜更かしをしたせいで移動中はずっとお昼寝をし、タウンハウスに到着して家族に挨拶をした後も、夕飯までは寝ていたのだ。そうそう簡単に眠たくなるわけがない。


「かーとんきょう」


エルは、声を潜めてカートン卿の名を呼んだ。

カートン卿は答えない。だが、カートン卿はくまのぬいぐるみである。エルは、カートン卿が起きていると知っていた。


「ぼく、ひとりでいく?」

『待て、一人では行くな』

「おきてた!」


やっぱり、とエルは得意げだ。カートン卿は、表情こそ変わらないものの、今にも頭を抱えて深々と溜息を吐きそうだった。

エルはにこにこと嬉しそうにしながら、枕元に座っているカートン卿を抱き寄せる。そして、ひそひそ声でカートン卿に話しかけた。


「あのね、たぶんだけどね、ぼくのかぞく、みんなこまってるんじゃないかとおもうの」

『そうか?』


カートン卿は懐疑的だ。貴族の家族は、得てしてああいうものだとカートン卿は知っている。むしろ、ハートフォード公爵家は由緒正しい貴族の中でも、比較的家族仲が良い方ではないか、というのが、カートン卿の見立てだった。

だが、エルはそんなこととは知らない。エルにとっての家族とは、絵本の中で見る心温まる家族と、そしてアルマやグレンから一身に受ける愛情そのものだった。


「だけどね、ぼく、どうしたらいいかわからないの」

『そうだろうな。何もしなくても良いと思うぞ』

「だから、えっと、ちょーさするの!」

『調査!?』


エルはきりっとした表情で、固く決心したと言わんばかりに宣言する。そして、その決意を聞いたカートン卿は素っ頓狂な声を上げた。恐る恐る、カートン卿は尋ねる。


『調査って、何をするつもりだ?』

「んー……おうちを、たんけんするの」


考えに考えて捻りだしたエルの回答は、それほど難しいものではなかった。それくらいなら許容範囲かと、カートン卿は渋々頷く。


『まあ、それくらいなら……』


構わんのじゃないかと、歯切れが悪いながらも答えるカートン卿に、エルは嬉しげな笑みを向けた。

カートン卿の気が変わる前にとでも思ったのか、エルはいそいそと寝台から降りて部屋靴を履く。一旦カートン卿を寝台の上に置いてカーディガンを羽織ると、もう一度カートン卿を抱っこした。

そのまま、とことこと部屋を出る。エルが普段暮らしているカントリーハウスなら、アルマやグレンがすぐにエルの脱走に気が付くところだ。だが、ここはタウンハウスだった。務める使用人たちも、寝たはずの小さなお坊ちゃまが部屋を出たとは思わない。

エルはるんるんと、誰に見咎められることもなく、廊下を歩き始めた。



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