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ちっちゃな公子エルくんの大冒険  作者: 由畝 啓


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1. 公子オスニエル・ハートフォード

Merry Christmas Eve!!

ということで、新連載です。

もふもふ、カワイイを詰め込んだ、少し (S) 不思議な (F) ハッピーエンドの物語です。

最後までお付き合いいただけると幸いです。


ここ数年で広く読まれるようになった新聞には、時折面白い文言が並ぶ。


『個人広告──白いトゲを持つ、掌に収まる真ん丸な貴婦人、ミス・ベンジャミンをご存じの方は、アーモンド社気付、C.A.までお知らせください』


人々は、それを単なる謎かけだと思った。そして、ひとしきり笑い話にした後は、皆忘れてしまった。

誰も気に留めない、そんな文章を、妙に真剣な表情で食い入るように見つめる──そんな人物が、ただ一人だけ存在していた。



☆☆☆☆☆



さわやかな青空が広がっている。昼になると少し暖かい日も出て来た。

雪が積もり寒々しい冬から抜け出た世界は、淡い色合いの花々に彩られようとしている。

用意された豪奢な馬車に次々と荷物が運び込まれていく。その様子を眺めながら、幼い少年は両腕でぎゅっと、お友達の「カートン卿」を抱きしめた。茶色の柔らかな毛並みをしたクマのぬいぐるみは、彼がもっと幼い時からそばにいる。カートン卿と少年の背丈は、ほとんど同じだ。


「エルお坊ちゃま、緊張なされていますか?」

「ぐれん」


エルと呼ばれた少年は、弾かれたように顔を上げる。そして、グレンの顔をみて、ふっくらとした薔薇色の頬を綻ばせた。


「ううん。える、たのしみなの!」

「それは宜しゅうございました」


グレンは眦に皺を寄せて微笑む。エルはこてんと小首を傾げた。


「ぐれんは、おとうさまとおかあさまのこと、しってるの?」

「もちろんにございます。旦那様と奥様には、代々とても良くしていただいておりますから。先代のハートフォード公爵閣下の代から、わたくしは父と共に仕えておりました」

「ふうん?」


ハートフォード公爵家は、スペロ王国で王族の次に権勢を誇る。現当主は歴代公爵の中でも最も才気溢れる人物で、公爵家の地位を盤石なものにした。

グレンは目を細めて、きょとんとした表情で自分を見上げる幼子を見下ろした。


「エルお坊ちゃまとお会いできるのを、旦那様も奥様も、それはそれは心待ちにされていらっしゃいますよ」

「えるとあえるの、うれしいの?」

「はい、それはもう」


エルお坊っちゃまと使用人たちからも可愛がられる少年は、オスニエル・ハートフォードと言う。輝かしきハートフォード公爵家の末っ子だ。

生まれた時から体が弱かったオスニエルは、自然豊かな領地で長らく使用人たちと暮らしていた。スペロ王国の首都は近年急速に進んだ工業化と人口増加で、オスニエルの健康に良くないのだと、侍医が勧めたからだ。


「神の病に罹られた時は、わたくし共はもちろん、旦那様も奥様も心を痛めておいででした。無事、健やかになられたお姿を見せられたら、それだけで感無量でございましょう」


グレンは感に耐えぬと言った様子で首を振り、いつの間にか出した白いハンカチで目元に光る涙を拭いた。


神の病は、この国では稀に見られる、幼少期特有の病気だった。滅多に罹ることはないものの、万が一にでも罹ってしまえば命を落とす。だが、無事に回復すれば、その子供は「神の子供」と呼ばれるほど卓越した能力を発揮するようになるのだ。その能力は高い頭脳だったり予知能力だったり目を瞠るほどの運動能力だったりと様々らしいが、その病に罹った子供も少なければ、生還した子供もほとんどいない。謎多き病だった。


また始まった、と、エルは視線をグレンから外す。グレンは優しいが、時々感極まって泣き出すのが玉に瑕だ。エルは少し、食傷気味だった。


「あ、そうだ!」


突然、エルは思い出す。大事な、大事なことだ。

目を丸くして自分を見下ろすグレンに、エルは慌てて言った。


「あるま、ちゃんとえほん、もってくる? えるのね、えほん、ちゃんともってくの。ハリネズミさんのえほんだよ!」


ぎゅうっと先ほどよりカートン卿を抱きしめる腕に力を込めて、エルはぴょこぴょこと跳ねた。だが、足が地面から離れていない。とはいえ、ちゃんと本人は跳ねているつもりだ。


グレンは、小さく頷いた。もちろん、エルの乳母であるアルマから話は聞いている。


「もちろんです、ご安心ください。アルマが、最後に絵本を持って来ると申しておりましたよ」

「うん、それがいいの」


エルは満足げに笑って、こっくりと頷いた。

ハートフォード公爵領から首都までは、ずいぶんと距離がある。いくつもの町に泊る馬車の旅だ。これまで一度も屋敷から出たことのないオスニエルにとっては、人生で初めての大冒険だった。

だが、不安はない。なにせ、エルの大好きなグレンとアルマも一緒だ。

まだ見ぬ世界にわくわくと、小さな胸を膨らませるオスニエルの背後で、グレンは留守を任せる執事と使用人たちを振り返った。


「留守をしっかりと守るように」


グレンの眼光は、往年の彼を思い出させるように鋭く部下たちを射抜く。気を引き締めた使用人たちは、一糸乱れぬ動きで首を垂れた。


「承知いたしました」


由緒正しいハートフォード公爵家に仕える使用人は質が高い。

幼い主人が留守にするからといって気を抜く者は一人としていなかった。


「エルお坊ちゃま」


馬車に積み込む荷物もなくなり、馬車の周囲から人が減る。そこでようやく、質素だが上等な質のワンピースを着た女性が、エルに近付いてきた。

振り返ったエルの顔が輝く。


「あるま!」


アルマは、三十歳を少し過ぎたところだ。彼女の末の子供がエルより半年早くに生まれたため、公爵家に雇われた乳母だった。

エルはとことこと、アルマに小走りで近付いた。一生懸命にアルマを見上げる。


「あるま、ごほん、もってきた?」

「お持ちしましたよ。馬車の中でお読みしましょうね」

「うん!」


エルの相貌は嬉しそうにきらきらと輝いている。

カートン卿が居るからアルマに抱きつけないが、もしカートン卿が居なければ間違いなく彼女のワンピースにしがみついていた。

アルマは、ふわふわに整えられたエルの頭を撫で、馬車に乗るよう促す。大人用に造られた馬車はエルの体には大きくて、エルの体はアルマに優しく抱えあげられた。


「える、のれるよ」

「ええ。でも、アルマがそうしたいので、抱っこさせていただけますか?」

「うん、いいよ」


アルマが抱っこしたいのなら仕方がないと、エルは頷く。同じ馬車にアルマとグレンも乗り込んだ。扉を閉めると、馬車がゆっくりと動き出す。

エルはアルマの膝の上から、興味津々に窓の外を覗いていた。


「お坊ちゃま、あまり身を乗り出されると危ないですよ」

「だいじょぶなの」


まだ、エルが乗っている馬車は屋敷の敷地の前を通っている。だから、景色も屋敷の窓から見慣れたもののはずだった。それなのに、馬車に乗っているというだけで、エルの目には全てが新鮮だった。

アルマの小言は耳を素通り仕掛けたが、続いてエルの耳に、低い声が響く。


『エル坊、アルマの言う通りだ。窓から顔を出すと、外に落ちて()()()()()()だぞ』


ぴくりと、エルの肩が跳ねる。

エルはきょろりと顔を巡らせて、グレンの隣に座っているカートン卿に顔を向けた。


(いたいいたい、なの?)


カートン卿はくまのぬいぐるみだ。当然、話せるはずはない。だが、エルにはカートン卿の声が聞こえていた。エルは不思議に思うこともなく、心の中で尋ねる。

それは、カートン卿がエルにだけ話すようになってから二人で決めた、約束事だった。どうやらアルマやグレンはカートン卿が何を言っているのか分からないらしい、というのも、エルは知っている。


『そうだ』

(わかった)


体中が痛くて熱くて苦しかった時から、カートン卿はエルの傍にいた。

アルマもずっと看病していたが、カートン卿の方がエルの近くにいる時間は長かった。だから、カートン卿の言うことは聞いておいた方が良いと、エルは良く分かっていた。カートン卿は物知り博士なのだ。


素直に、エルは窓から顔を離す。すると、アルマがエルを抱きしめていた腕から少し力が抜けた。


『良い子だ』

「良い子ですね、エルお坊ちゃま」


カートン卿とアルマの声が重なる。エルは得意顔になって、カートン卿を見てから、自分を抱っこするアルマを見上げた。


「える、よいこなの!」

「ええ、その通りですよ」


アルマはにこにこと満面の笑みを浮かべている。

むふん、と胸を張って、エルはもう一度カートン卿に顔を向けた。カートン卿はグレンの隣で、呆れた様子だ。それでも、エルは気にならなかった。


エルは、これから初めて家族みんなが居るタウン・ハウスに向かうのだ。

そこには格好良いお父様と、優しいお母様、そして兄姉が居る。家族の話はグレンから聞いただけだが、絵本の家族はとても暖かくて素敵な存在だった。だから、エルは楽しみで仕方がない。

まだ見ぬ世界への期待に小さな胸を膨らませ、エルはアルマの膝の上から、抜けるような青空を眺めていた。



☆☆☆☆☆



エルが屋敷を発つ頃──スペロ王国の首都に至る街道の途中にある町の修道院で、若い男が日課の祈りを捧げていた。

小礼拝堂の中央に据えられた祭壇の前で跪いていたが、ふと何かに気付いたように顔を上げる。

ステンドグラスから差し込む日差しに目を細め、彼は俯いた。長く一つに束ねた銀髪が、さらりと零れ落ちる。それを片手で留めて、彼はきつく目を閉じた。


「──()()()()()()()()()()()ようです」


低く漏れた呟きは、誰に聞かれることもなく静謐な空間に響く。

目を開けた時、彼の紫色の瞳は強い光を浮かべていた。


「今度は、間違えることのないようにしなければ。()()()()、私は──あの方に」


あの方に、と、修道士は決意と共に呟く。


「あの方に、玉座を捧げなければなりません」


そうすればこの苦しみからも解放されるのだと、彼は固く信じていた。



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