私が選んだもの
創世神がおつくりになったこの世界に生まれた者は、やがて役目を与えられ神となる。
生まれた時から役目を担う神もいれば、私の様に時が来るまで、己の役目が分らぬ者もいる。
1人で生きる道を選んだ瞬間、私は神となった。
月女神……私は空に浮かぶ月の神となったのだ。
罪を犯せばやがて罰を受ける。だが罰は永遠に続くものなのだろうか……
私は月を統べる者となり、生まれたばかりの月は薄い糸のような形から始まった。
長い長い時を超え、月はゆっくり満ちていく。
月日は流れ、何百年と過ぎていき、月は登っては沈みを繰り返す。
ゆっくり大きくなって三日月に……少しずつ太くなっていく。
「約束しましょう。私の月が満月になった夜、あなた方の罪を許します。そして満月の下で私の夫を選びましょう」
月は闇夜に浮かぶ時、黄金色に輝いた。
月は自らの力で光を放つことはできず、太陽の光を映しているに過ぎなかった。されどその光は凄絶な美を放ち、見る者の心を奪う。愛に溺れる乙女は、この世でもっとも清らかでありながら妖艶にすべてを魅了する。夜の中、月は太陽だけを見つめている。愛おしい半身、狂おしく灼熱の愛を求め続ける。
昼の陽の中で、月は死の顔になる。
恋焦がれ、縋りついたはずの男の光の中で、凍り付いた石のように、白く光を失う。
夜と同じ時間だけ、昼の光の中に存在するのに、月は心を映さぬ亡霊となり誰からも気づかれない。喜びに満ちて愛を歌う花の少女はもうどこにもいないのだ。冷たく死にゆく魂を、ただ静かに見つめている。誰からも気づかれなくていい、月だけが昼の光の中で夜を見つめている。深い闇の孤独と永久に続く静寂を。唯一月だけが夜を愛している。
時は満ち、遂に月は満月となった。
私と、美しい少女へと成長した娘のイリエスと二人、闇の洞窟の前に立った。
太陽の神ファルカシュと夜の神シルベリオス、数百年の時を経ても、私の愛は別れの日と変らずに燃え続けていた。あの日と同じように、二人を愛している。
「私は己を愛し癒すことができました。あなた方を許します。そして私の伴侶を選びましょう。共に生き、私の全てを捧げ愛する夫となる人の名を今ここで呼びましょう」
太陽はゆっくりと沈んでいき、空は朱色に染まり恋する想いが世界を満たした。そうして朱色にゆっくりと藍色が混ぜられて、静かな安らぎと穏やかな愛が世界を覆っていく。夜がゆっくりと始まる……
地平線の向こうに、黄金色の光が見える。登って来る……去ってしまった太陽の光をその身に纏って、誰よりも美しく愛に満ちて完璧な円となった月が姿を現した。
「満月が登りました。シルベリオス、私はあなたの妻になります」
夜はもはや漆黒の闇ではなくなった。
夜は月を妻として、闇が私を包み込む。死であり恐怖であった漆黒の闇は同時に優しい安らぎの色に姿を変え、最愛の月を抱きしめる。
月は昼も夜も同じ時間、平等に姿を見せるのに、今この時から、月は夜に属するものとなったのだ。
太陽神は天界に去った。
いついかなる時も光り続けて役目を怠ることがなかった太陽は、月の影に隠れて泣いた。
そから数日、昼だというのに闇夜になる蝕をファルカシュは起こした。
月は昼にも登り……
夜でさえ月は太陽の光を映し、太陽神の瞳の色に輝く……
月は太陽によって愛を注がれその熱によって生まれた。
私はファルカシュを愛している。彼は私の半身なのだ、月はあなたの光でしか輝けない。だからこの愛が永遠に私の心を燃やすことを知っている。
されど私は選んだ、孤独なシルベリオスの唯一の愛になることを。
永久の悲しみを胸に閉じ込め闇に生きよう。夜の神に愛されることを自ら選んだ。
月は夜のものになったのだ。
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このお話はこれで完結ですが、自分で書いておきながら太陽神のファルカシュが可哀想なので彼のための続きをかいてあります。おまけがついてますのでよかったら読んでください。