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戻された記憶

 天界から地上に降り、私とファルカシュは闇の洞窟の前にいた。


 5年前の結婚式の夜、私は闇の番人に攫われた。


 私はファルカシュと離れ、夫婦となれなかった残酷な過去を知らされた。


 初夜を迎えるその時に、あまりに緊張している私を気づかってファルカシュは飲み物を取りに部屋を空けた。戻った時、窓が打ち破られて、寝台に私はいなかった。


 ファルカシュは太陽の一族を挙げて後を追い、闇の番人シルベリオスが誘拐し闇の洞窟に連れ去ったと突き止めた。

 犯人が分かったその時、ファルカシュの父である太陽の神が追うのを止めさせた。


『咎なき罪人との約束を果たす時がきた』


 太陽の神は闇の番人にネリを与えよと命じた。ファルカシュは私を失い、絶望を生きた。

 そして5年の後、彼は父から長の座を譲り受けた。


 太陽神になったと同時に、彼は太陽の一族と、その配下の神々を引き連れてシルベリオスに戦いを挑んだ。私を取り戻そうとしたのだ。しかし……


 この世で最も強い黒戦士であるはずのシルベリオスは戦わずに私を差し出したのだという。


「帰りたくないと君は言った。信じられなかった。光が届かない暗黒の洞窟での暮らしを君は望むのだと答え、私の手をとってくれなかった」


「そんなはずはない、私がそんなことを望むはずはない。きっと闇の番人に操られていたのよ」


「私もそう思った。だから君を連れて天界に戻ってきた。一緒にいれば君を正気にできると信じた」


「正気にもどったでしょう? 私はあなただけを愛している、こんな洞窟に戻りたくない、ファルカシュあなたのそばにいたいの!」


 暗黒へと続く洞窟の入り口はただ恐ろしい、5年間もこの奥底に閉じ込められていたのだ。

 

「天界に戻ってからの君は、悲しみに暮れて洞窟に返してほしいと願い続けた。何をしても、どんなに尽くしても君はもう僕を見てくれなかった……」


「嘘よ」

「君が愛しているのは、シルベリオスなんだ。僕は耐えられなかった……だから、君からあの男の記憶を消した」


 ファルカシュは洞窟に向けて、神の声でシルベリオスを呼んだ。

 一瞬の間も置かず、つむじ風と共に漆黒の衣に身を包んだ男性神が現れた。


 夜の湖のように静かな黒い瞳が私だけを見つめている。

 銀色の足首まで届く長髪から光の粒がこぼれるように舞って強い神気に圧倒される。壮絶な美を与えられた夜の神。


 されど私は彼ではなく、別のものに心を奪われていた。

 彼の腕に抱かれる1人の赤子。彼と同じ銀の髪に、オレンジ色に輝く瞳をもつ赤子は私を見つけた瞬間に、花開くように喜びに満ちて笑った。


 その色は私の瞳と同じ……


 知っては駄目……

 後ろに下がって逃げようとしていた背中を、隣に立つファルカシュが抱くように止めた。


「ネリ……君の記憶を返す。今ここで、私か彼かを選んでおくれ、君の選択を全てを受け入れよう」


 ファルカシュの手が目の前にかざされて、世界が闇になり意識が途絶えた。

 目を開いた時、私はファルカシュの腕の中にいた。愛しい私の夫……けれど心の中に別の人がいた。


 彼の腕の中から出ようとすると、引き戻されて強くかき抱かれた。

「あの時、君を腕の中から出さなければ……君から離れなければ…… ああネリ、私を選んで……」


 この世で最も力を持ち、尊い存在であるはずの太陽神はすがりつくように私を乞うた。


 彼の腕を解き、私はシルベリオスの前に立った。


 冥府の門を守る闇の番人。彼は闇を統べる夜の神。


 彼はこの世で役目を終えた魂を冥府に送るため、門を開ける仕事を負う。されど冥界の門を開ければ、冥府の魔物が地上に出てきてしまう。彼は地上を守るため1人で魔物と戦って、魂を送り終えると門を閉じる。


 何千年も繰り返し、門を開けてはまた閉じる。

 まるでそれは罪人が負わされた罰のよう……されど彼は何の罪も犯していない。ただ強いそれだけの理由で番人に選ばれた。


 今はいずこにおられるか誰も知らない創世神様は、遥か昔に1つの約束を神々にさせた。


 『罪なき咎人シルベリオスがもしも望むものがあったなら、必ず1度叶えよ』


 私は彼の望むたった1つのものとなった。約束通り彼は全ての神から許された。

 私はシルベリオスのものになったのだ。


 洞窟での生活はあまりに辛かった。光が届かぬことではない、愛するファルカシュがいない世界にいたくなかったのだ。ひたすらファルカシュを想い恋し続けた。泣いて泣いて、ひたすら泣いて……


 されど閉じ込められて、全ての神から許されたシルベリオスから逃げる術などどこにもなかった。

 暗闇の静かな洞窟の奥に、深い碧い湖がある。

 洞窟のずっと奥深く、音も届かない静寂の中にある湖に、岩天井から一滴、また一滴と雫が落ちる。


 数千年、数万年と雫は落ちて、碧い湖ができあがった。


 彼はただ静かで、まるで何も望まぬようで……ただひたすらに魔獣を外に出さぬよう戦い続ける。

 役目を終えた魂を安らぎの地である冥界に送るため、くり返し門を開けては閉める。戦いに傷つき冷たい土に横たわっていても誰にも気づかれない。

 

 どうして彼でなくてはいけないのだろう?

 どうして独りぼっちで咎無き罪を背負うのだろう?


 どうして彼は私を望んだのだろう?


 闇の中で銀の髪が放つ光の粒は眩しく悲しかった。彼は私に指一本も触れなかった。ただ静かに一滴、また一滴と優しさを注いでくれた。雫はゆっくりと私の心を満たし、いつしか湖となった。私はどうしようもなく孤独なこの人を温めてあげたいと思わずにはいられなくなった。


 もう出られない、もう会えない、愛しい許嫁に別れを告げた。

 そうしてあの子が生まれたのだ。


 記憶は戻り、5年間の洞窟での生活の全てを思い出した。


 私はシルベリオスを愛した。

 紛れもない事実が心に舞い戻り、そして何よりも大切な存在が、彼の腕に抱かれている。


 私は背にファルカシュの温もりを感じながら、目の前に立つ、黒い瞳のもう1人の夫を見た。

 

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