異世界公務員リーヴァ・レイヴィン
「だからなんでだって聞いてんだよ!!」
煉瓦造りの建物内に、男の怒号が響いた。
めんどくせぇなぁ。
周囲の職員はこちらを一瞥しただけで、すぐに自らの業務に戻る。
我関せず。
後でわらわらと席にやってきて、にやにやと大変だったねェとでも言うのだろう。
ちなみにこの建造物を訪れている者たちはこちらに目を向けることすらしない。
いつものこと、ということだ。
日常茶飯事である。
「ば、バーンズさん。ご説明させていただいたとおり、ブラッドゲッコーは第三危険区域の生息魔獣です……。
バーンズさんはランクD冒険者ですので、だ、第三危険区域への立ち入りが禁止されています。
よって……ブラッドゲッコーとの交戦によって生じた損害の補償はできかねます……」
窓口対応中のアリスが震える声で告げると、バーンズは机をバンと叩き、さらに声を荒げる。
「何度も言ってんだろ!!北の沼地にいやがったんだよ!!あそこは俺でも行けんだろ!!」
「そ、そうは申されましても……」
アリスは、涙目で俺の方を向く。
ちらと課長席を見ると、課長は顎で「お前が行け」と伝えてきた。
ひとつため息を吐いて、席から立ち上がる。
「バーンズさん、こんにちは。いい天気だね」
「おうおうリーヴァ!聞いてくれよ!」
「全部聞こえてたって……ブラッドゲッコーが北の沼地にいたんだって?まぁ、生息域から逸脱する魔獣はそこまで珍しいけどいないわけじゃない。災難だったね」
魔獣は基本的に生息域から逸脱することはない。
だが、稀に生息域を外れて生きていくしかなかったハズレ者はいるのだ。
バーンズが嘘を吐いているとするのは早計ではある。
しかし……
「でも、ブラッドゲッコーなんて、基本大人しい魔獣でしょ?なんで襲われたのさ」
俺の問いに、バーンズは口篭る。
そう、ブラッドゲッコーが能動的に冒険者を襲った話などほとんど聞かないのだ。
「そ、そんなモン……知らねえよ。あのカエルに聞いてくれよ!」
「えぇ〜?なんかちょっかいかけたんじゃないの?危害加えないと襲ってこないでしょ。ブラッドゲッコーだもんね、激アツだ」
魔獣から採取できる素材には高値が付くものもある。
ブラッドゲッコーの場合は心臓に薬効があるため、取引価格はかなりのものになる。
まぁ、冒険者の醍醐味っちゃあ醍醐味だ。
勝てればだけど。
「Dランクならギリ勝てなくもないし。上手く行けばひと月はパーティー全員なんもせずとも食っていける。まぁ、博打を打ちたくなる気持ちは分からんでもないけどさ……」
そこまで言うと、バーンズは諦めたのか、頭を垂れた。
「……娘によぉ、もうちょい美味いもん食わせてやりたかったんだよ……」
勝った。
しかし、勝つことが目的ではないのだ。
「だからさ、バーンズさん。災難だったね。はぐれブラッドゲッコーに遭遇しちゃうなんてさ」
その言葉に、バーンズと窓口のアリスは共に目を丸くした。
「はぐれ魔獣に会敵して、逃走、だっけ?
アリス、はぐれ魔獣発見届と見舞金申請書書いてもらおうか」
意図を察したアリスは、「は、はい!」と書類をいくつか取り出し始める。
「まぁ、治療費くらいにはなるでしょ。武器の修理費用は諦めなね。いい勉強代になったと思って」
バーンズは、少し迷う素振りを見せたが、やがて大きなため息を吐き。
「……すまねぇな」と呟いた。