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チキンレースはっ!



 今日は学園都市が最も活気でにぎわう学園祭だ。


 私は理事長室の窓から街を見下ろしながら、口元を緩めた。


 正直、少し危なかったのだ。


 先日のあの事件があって、今年の学園祭は見送ったほうがいいのではないか、という意見が出ていた。


 まあ、なんとか開催までこぎつけられたわけだけれど、本当に大変だった。


 この日のために、普段は呼ばないような非常勤の講師を外部から召集したり。


 世界の端から端までの警備体制を整えたり。


 それに伴う書類仕事。


 ……本当に、大変だった。


 その時、部屋のドアがノックされた。



「誰?」

「俺だよ」



 入ってきたのは意外なことにライスケだった。



「あれ、ライスケ……ライスケ? どうしてここに?」

「いちゃダメなのか?」

「いや、ダメとは言わないけどさ……奥さんたちは放っておいていいの? せっかく警備スケジュールも一緒にデートできるよう調節してあげたのに」

「まあ、それはありがたかったんだけどな」



 ライスケが苦笑し、頬を掻く。



「メルはティナと少しお茶するってちょっと抜けちゃって、イリアはある店を全部制覇してやるとか張り切ってどっか行っちゃうし……とりあえず時間できたから、ツクハのことでも労りに来ようかな、と」

「……ウィヌスは?」

「ウィヌスは……スイと緋色のデートをつけてる」

「はい?」



 えっと、今、なんて?



「まったく、なんだかんだでスイ大好きだからなあ、あいつ。放任でいいとか、勝手に生きていくでしょとか普段から言ってるくせにさぁ」



 そう言うライスケの表情は、どこか嬉しそうでもあった。



「……あー、それはいいんだけど、ライスケ?」

「ん、なんだ?」

「緋色とスイがデートしてるって、言った?」

「ん、ああ」

「……へえ?」

「っ……な、なんだ、なんか怒ってる?」



 ライスケが一歩後ずさる。



「え、どうしてかしら? 何故、私が怒らなくてはならないの?」

「ほら! なんか素の喋り方になってるし!」



 ライスケが壁際までさがる。


 なにをそんなに怖がっているのかしら?


 ふふっ。



「さて、ちょっと私も学園祭を見て回ろうかしらねえ」

「いや、おまえがいなくなったら仕事が部下に回って大変なことになるんじゃ――」

「労働って素晴らしいことじゃない? そもそも部下って、上司に仕事を回されて成長していくものでしょう?」

「うわぁ……」



 なによ、ライスケ。


 そのうわぁってのは。


 失礼ね。



 チキンレース。


 それは某有名なチキンのラーメンをどれだけ早くたいらげられるかを競う過酷なレースである!


 ごめん嘘!


 ぶっちゃけ崖まであと何センチのところまで車を走らせられるかとか、そういうやつだよね! 知ってる!


 そして……バカかっ!


 もうね、ほんとなにこの競技!


 カップルの片方が片方の障壁にチキンレース的に攻撃を仕掛けろって……この競技で何組破局させる気だよ!


 えげつねえ、えげつなさすぎるよ開催側!


 どんだけリア充が憎いのさ!



「……うわぁ」



 まあ、とは言いつつも実はもう競技が始まってるんだよね。


 私とスイは、最初の十組のうち、十番目になった。


 三番目のカップルが競技をやっているんだけれど……。


 うん。


 ……うん。


 なんていうか、やっぱりそうなるよね。


 女の子のめっちゃ弱弱しい攻撃が、見事なまでに男の障壁にはじかれる。


 そして次の四組目も、さっきの女の子の攻撃よりほんのちょびっとだけ強い攻撃で障壁にはじかせる。


 ……だって怖いじゃん、いろいろ。


 こうなるって。


 ぶっちゃけ、めちゃくちゃ盛り上がらない。


 ほら、客席からちょっとブーイングあがってるよ。


 イベントとして致命的すぎる。


 ……はあ。



「ねえ、スイ」

「そうね」



 私の意図を察してか、スイがにやりと笑う。



「二周目で全員、落としましょう」



 というわけでやってまいりました、私達の出番。


 特別クラスの人間ということで、ここまでたっぷり盛り下がっていた観客の方々も少し興味ありげです。


 なるほどこれは裏切れませんなあ。



「私が障壁展開に回るわ」

「いいの?」

「私、加減って苦手なのよ。緋色、吹っ飛びたくないでしょう?」

「そりゃまあね……オッケ、じゃあ私が攻撃で」



 ぴっ、とスイが私に人差し指を向けた。



「言っとくけど、下手な手加減するんじゃないわよ?」

「なに言ってるのさ」



 思わずあきれて、ため息をこぼす。


 手加減するなって……あのねえ。



「当然じゃん?」



 私、スイのこと信頼してるし。


 まあさすがに全力とはいかずとも、それなりのぶちかますよ?



「それじゃ、やりますか」

「ええ」



 スイの目の前に、水で作られた障壁が生まれる。 


 私も、魔力を集める。



「いくよ」

「きなさい」



 魔力を圧縮する。


 手の中の空間が歪み、漆黒の色を持つ。


 だが、それでもまだ圧縮をやめない。


 次元がひびわれる音が聞こえた。


 集められる魔力の量を感じて、あたりの人間が息をのむ。


 ……もうちょっといけるっしょ?


 視線でスイに問いかける。


 ――当然。


 そう、返ってきた気がした。


 だから、私は……。


 漆黒の魔弾をさらに二百作り出した。


 魔力の圧によって次元が砕けはじめ、物理法則の鎖は引き千切れる。


 大気が悲鳴を上げた。


 私はそれらを迷うことなく――放った。


 黒い軌道が、次々にスイの障壁へと叩き込まれた。


 誰もがスイが吹き飛ぶ様を想像したろう。


 だが―ー。


 ぱきん、と。


 そんな澄んだ音がして、スイの障壁に触れた私の漆黒の魔弾が一つ砕け散った。


 さらに二つ三つと、魔弾は消え去る。


 そのままスイは、私の攻撃をすべて耐えきり、障壁を消した。



「ふん」



 スイの口元に笑みが浮かぶ。



「緋色、あと百倍はあってよかったわよ?」



 そうして、喝采が会場に起きた。



 仲いいわよね、あの子たち。


 会場の隅からステージを覗きながら、そんなことを思う。



「ん? そこにいるのはウィヌスじゃないか」

「っ!」



 振り返ると、そこにはイリアがいた。



「なによ、ライスケは?」

「さて……どこかに消えたな」



 ふうん。


 ならメルとでもいるのかしらね。


 まあいいわ。


 それより今はあの子よ、あの子。


 とりあえず今回も勝ちは決まったようなものよね。


 まあここで負けたらおしおきだけど。



「にしても、なにをしているんだ? そんなこそこそ隠れて……」

「うっさい、あっちいきなさい」



 犬でも追い払うようにイリアに手を振る。



「なんなんだ……?」



 首をかしげながらイリアは去っていった。



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