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掌の上ではっ!

「ソウの主って、エリスさん、だよね?」

「ええ」

「エリスさんが、ソウを捨てたの……?」

「それを詳しくお話しましょう」



 ソウが飲むヨーグルトを一口飲む。


 ……あ、飲むんだ。


 ソウが白い液体を嚥下する。


 エロいな!


 ってそうじゃなくて。


 私はソウの話に耳を傾けた。



「私は長い時を生きてきました。私にとって流れる時間とは、ひどく無為なものでした。私の存在価値とは魂を食らうこと。つまりは、他者を害することです」

「……」



 ソウが、僅かに辛そうな顔をした。



「私はつまらなかった。それしか出来ない己が。そんな時……私はあの方に、主に出会ったのです」

「エリスさん?」

「はい……私が唯一、真の担い手として認めたあの方」



 ソウの口元が緩む。


 それだけ、エリスさんのことを慕っているのだろう。



「主と共に過ごす時間はとても楽しかった。殺すのではない、時に守るために。あるいは、どうでもいいようなことに使われたこともあります。でも私にはそれが嬉しかった……」



 ……使われた?


 なんかおかしな言い回しだなあ。


 そういえばさっきも担い手とか言ってたし。


 どういうことなのだろう?


 とは思うものの、口ははさまない。



「主は、まるで私を親しき友のように扱ってくださった。私も、主とならばどんな戦場にも立てると思っていた……」

「本当にエリスさんが好きだったんだね」

「好き、とは少し違いますね。これは……信仰に近いのではないでしょうか」

「信仰?」

「はい。あの方こそが至上の主、あの方に使われてこそ我が喜び……だが」



 ふいにソウの表情が歪んだ。



「主は、私をある戦いの前に捨てたのです」

「ある戦い?」

「そうです……強大な敵に、それこそ主が敗北するかもしれないという敵に挑む直前に、主は私を巻き込みたくないからと、危険だからと、手放したのです」

「……でも、それってソウを思ってのことじゃないの?」



 それなら、優しさじゃん。



「そうです。そうですが……それでも、私は連れて行って欲しかった。危険ならばなおさらに、私は主と共に戦いたかったのです。主の為に滅ぶのならば本望だった。なのに……主は私を捨てた。私には、そうとしか思えなかった」



 いまだに、その時のことが悔しいのか。


 ソウは唇を噛んで、少し俯く。



「緋色……私が何故こんな話をしたのか、分かりますか?」

「え? そりゃ……ええと、なんで?」



 話の流れ的に、信頼してくれたからーって感じではないよね?



「傷つくことがある。壊れそうになるほど苦しむことがある。それでも立ちあがったとき、人は強くなれるのです。私もまた、その苦しさを糧に、真に主のお側にいられるものになったと自負しています」

「……あれ、今私慰められてる?」

「……」



 ソウは答えない。


 ……。


 えぇええええええええ!?


 すげえ回りくどい!


 ぶっちゃけ最後の台詞だけあれば十分だったんじゃないの!?


 ……いやもちろん嬉しいけどね。


 ソウが腹を割ってまで私のことを慰めてくれたってのはさ。



「……ありがと、ソウ」

「いえ……それと、もう一つ」

「うん? またなんかあるの?」

「我が主があなたを苦しめていることへの謝罪です」



 ソウが頭を下げる。



「って、うわ! ソウ、頭をあげてよ!」

「……」



 ソウが元通りの姿勢になる。


 人に頭なんて下げられるもんじゃないよ、もー。



「なんでソウが謝るのさ?」

「あなたをこの世界に連れ込んだのは、主です。ならば主はあなたの価値に気付いていたはずだ……あなたがどういうものであるか。あなたがどういう可能性を秘めているか。それを分かった上でそうしたということは……あなたの今回の問題も、おそらく主は織り込み済みなのでしょう」

「え?」



 マジで?


 つまりあれですか、掌の上で踊らされるとか、そんな感じ?



「私に命じられたことはただ一つ……ナユタを死しても守ること。ですから、他のことはなにも伝えられていません」



 ソウの言葉からは、真剣な気持ちが伝わってきた。


 死んでも、なんて。


 そんなことは……言わないで欲しい。



「ですが主がなにかを成そうとしているのは確かなのです。それもこれまでなかったような大きな困難を」

「……私は、その困難を乗り越える土台の一つ、みたいな?」

「かもしれません」



 オブラートに包むでもなく、ソウはあっさりと頷いた。



「ですから緋色、主に変わって私はあなたに謝りたい。申し訳ありません」

「って、また頭下げるとかはナシだからね!」



 すかさず先制してソウの行動を阻止する。



「……別にさ、そこまで気にしてないからいいよ――とは言えないよ?」



 うん、そりゃさ。


 やっぱねえ、気持ちのいいもんじゃないし。



「でもまあ、それはソウの謝ることじゃないでしょ」



 いくら主だとはいえさ。



「その辺りは、私がいつか、直接エリスさんと話す」



 でも、と私は思う。



「エリスさんがそれだけのことをするなら、私にはそこになにか意味があるんだと思うよ。少なくともただ私を消耗品としてとらえてるとは思わない」



 エリスさんの瞳を思い出す。


 青くて綺麗な目。


 でも、いつもそこには、悲しさがあったんだ。



「……ありがとう、緋色。主のことを信じてくれて」

「いいってことよ」



 人を信じることに関しちゃ右に出る者はいないって評判の緋色ちゃんですからね。


 ……おい誰だ人を疑うことをしらない馬鹿とかいった奴。



「あと、どちらにせよエリスさんのおかげで私は皆と出会うことができた。それを考えれば、このくらいの苦しみ、どうってことありませんよ!」

「……そう、ですか」



 ソウの口元に微笑が浮かぶ。



「ああ……緋色、あなたはとても魅力的な人間だ」

「は……?」



 え、あれ。


 今私なんて言われた?


 魅力的な人間?



「そ、それって、愛の告白ですか!?」

「さあ、どうでしょう?」



 くすりとソウは笑んで、立ちあがった。



「少なくとも主に出会っていなかったら、私はもしかしたら、あなたの手にあったかもしれませんね」

「マジっすか、今からでも遅くは――」

「それではお邪魔しました。失礼します」



 バタン、と。


 ソウが部屋を出て行った。



「……あ、遅い感じっすか? ちっくしょー!」



 畳をどんと叩く。



「……」



 その姿勢のまま、私は思考する。


 エリスさん、かあ。


 あの人が、こんな状態に私を導いた?


 ふうん。


 そっか。


 そう、なんだ……。




 そんなの、最悪だよ……ひどすぎる。そんな人――。




 頬に強烈な衝撃。


 私はそのまま部屋の隅まで吹き飛んだ。


 自分で自分の顔を殴りつけたのだ。



「っ……!」



 痛い。


 めっちゃ痛い。


 どんだけ痛いんだよ!


 少しは手加減しなさいってば、もう!


 いや自分でやったんですけど!


 ……だって、あれ以上考えてたら、嫌なこと、思っちゃいそうだったし。


 いいの。


 私は今が好きだから。


 辛くて苦しくて悲しいとしても。


 ……でも、ねえ。


 エリスさん。


 あなたがなにを考えているのかは、知りたいよ?



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