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嬉しい時はっ!



 自分自身に集中する。


 描く、己の想い。


 それを一つの形へと――。



「……ッ」



 ばちん、と。


 そんな音が頭の奥でした気がした。



「……やっぱり無理、か」



 棘ヶ峰緋色。


 この春――いや春じゃねえけど――少しずつ成長しています。


 なんてこともなく。


 退化しました。


 《顕現》が使えなくなったとです。


 緋色です。


 緋色です。


 ……とかまあふざけた思考とかしちゃいつつも原因は明らかだったり。


 端的に言って、きっと私は怖いのだろう。


 他の何でもない。


 自分自身が。


 だから……《顕現》出来ない。


 だって私は、こんな私を信じたくなどないから。



「ねえ緋色?」

「んにゃー?」



 三姉妹の家に遊びに来ていた私は三人掛けソファーに寝転がったりしておりましたとさ。


 めでたしめでたし。



「いやめでたくないわよ!」

「おおう」



 スイの的確なツッコミに感嘆の声を漏らす。



「ていうかなにしに来たわけ?」

「えー、友達の家に遊びにきたんだけど?」

「寝転がりに来たとしか思えないんだけどね」



 スイの口元が引き攣る。



「えへっ」



 畳生活をすると、あれはあれでこう、ソファーとかが恋しくなるわけで。



「満喫してます、きゃぴるんるん」

「きゃぴるんるんて」



 スイが肩を落とす。



「全くあなたは……私も座りたいんだけど?」

「へいかもーん」

「よっと」

「うぐっ」



 まさかマジで腹の上に座られるとは思ってませんでした。



「や、やるじゃねえか、がくっ」

「ふざけてないでちゃんと私の座るスペース空けなさいよ」

「はーい」



 というわけで、ぴしっと姿勢を正して座る。


 横にスイが腰を下ろした。



「テレビつけるわよー」

「どーぞどーぞ」



 スイがリモコンを操作するとテレビの電源が入る。


 あ、私の好きなバラエティーじゃん。


 番組名は『武ッ血切裏シスターズ~親友キャラの娘だって頑張れるもん!~』。


 巨大な槍を二本携えた少女とバチバチ発電したり銃になったりもする刀を二本携えた少女が仲良くいろんな人にイタズラをしかけるって番組だ。


 こないだはどこぞの世界の王様を襲ってたなあ。


 その時に城が一つ吹き飛んで盛り上がってたっけ。



「そういえばアイリスとエレナは?」

「買い物……なんか今夜はすき焼きだって」

「まじで?」

「涎垂れてるわよー」



 おっといけねえ。


 ぐしぐし。



「まだ垂れてるから」

「ふふっ、欲望が口の端から垂れてしまっているようだな」

「あー、いいわよ。どうせ二人も最初から緋色のこと呼ぶみたいだったし、一緒に食べれば?」

「まじっすか! あざっす!」



 きゃほー。


 すき焼きだぜ!


 今日はパーティーだ!



「うふふー」

「……ねえ、緋色?」

「んにゅ?」



 見ると、スイが真剣な瞳を私に向けていた。


 おいおいどうしたのさ。


 まさかの告白タイム?


 おっち待ちたまえ。


 ちょっくらメイクしてきますわ。


 ついでに勝負下着にも着替えちゃおうか・し・ら。


 あっふん。


 とかとかふざけた発言が口から出ることはなかった。


 だってスイ、ガチなんだもん。


 本当に真剣なまなざしだ。



「……やだなあ、どうしたの?」



 そんな目、いきなりしてさ。


 ズルくない?


 こういう雰囲気は駄目なんだってば。


 特に今は……。



「ねえ、緋色……私は、別に強がったり、すぐに立ち直ることが全てだとは思わないわよ?」

「……」

「皆は、これでいい方向に向かうだろうって思ってるみたいだけれど、私は心配よ。無理に立ちあがった貴方の心が、いつか取り返しがつかないほどに傷ついてしまうのではないかと」

「……あはは、大丈夫だよ」



 乾いた笑みしか出なかった。



「スイは心配症だなあ」

「馬鹿」

「うわっ!?」



 どん、と。


 スイにソファーに押し倒された。



「す、スイ?」



 スイの顔が、すぐ目の前にある。


 吐息すら届きそうな距離。



「……そんな長い付き合いじゃないけどね、あなたの心からの笑いと、そうでない作り笑いくらい、見分けつくわよ」

「……ええと」



 これって、どういう状況?


 ……うん、なんか、駄目だ。


 すごい追い詰められてる感じ。


 逃げられないよなあ、これ。



「……スイ、大胆だね?」

「はぐらかすつもりなら無駄よ」

「うぐ」

「ねえ答えて緋色……私には、あなたがどれほど苦しんでいるのか、正直分からない。だってあなたの辛さはあなたのものだから」



 でもね、と。


 スイは囁くように続ける。



「あなた一人で全部背負うことは、ないんじゃないの?」

「……」



 どう、答えればいいだろうか。


 一つ浮かぶ答えはあった。


 けれど、それは……。



「正直に言っていいわ、緋色」

「……」



 敵わないな。


 これじゃあ、誤魔化すこともできない。



「……スイにはきっと、背負えない」



 それが私の正直な本音。


 本当はこんなこと言いたくなんてないけど。


 でも、思ってしまった。


 この辛さは、誰にも分からない。


 万を殺した罪人だろうと、万を救った聖人だろうと。


 私のこの苦痛の欠片も理解できるものか。


 そう。


 皆の想いを奪うようにとりこんで、自分を肥大化させて……そしたら、他でもない皆の想いが塵屑程度にしか思えなくなって……皆の、なにかを取り除きたいって想いが濃くなって……排撃の想いばかりになって……それで……。



「背負えないよ、スイには」



 分かる?


 ねえ、分かるかな?


 私はね、あの時……シューレの想いすらとりこんでいたんだよ?


 彼女の想いは恐怖と後悔で埋め尽くされていた。


 それを私は、踏みにじったんだ。


 今でも、私の中に彼女の想いの残滓がある。


 それが、私に突き付けるんだ。


 取り返しのつかないことをしてしまったのだ、と。



「……そう」



 スイが私から離れる。



「正直に言ってくれて、ありがとう、緋色」

「……ごめんね」

「なんで謝るのよ」



 スイは苦笑して肩を竦めた。



「確かに、一緒に背負えないと言われて、ショックじゃないとは言わないわ」

「……」

「でもね、嘘を言わないでくれて、嬉しい……それと!」



 ぴし、とスイが私に人差し指を突き付ける。



「それでも私は、緋色、あなたを支えるわ……背負えなくても、それくらいは、してみせる」

「スイ……」

「それが、友達ってもんでしょ?」



 スイが微笑む。



「……うん、ありがとう、スイ」



 泣きたかった。


 それくらい、嬉しかった。


 でも私は笑った。


 だって嬉しい時は、やっぱり笑うものでしょ?




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