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最悪はっ!

 空が赤い。


 大地が赤い。


 なにもかもが赤い。


 私の手も……真っ赤で――。


 声が聞こえる。


 それはなに?


 絶望悲嘆憎悪歓喜狂気信仰怠惰勇気辛苦愛情夢想違う違う違う違う!


 聞こえない。


 そんなもの聞きたくない。


 私が押しつぶされてしまう。


 やめて。


 もうやめて。


 やだよ……こんなの。


 流れ込んでこないで。


 私を塗りつぶさないで。


 ――嘘。


 ――本当は、それがいいんでしょ?


 違うよ。


 絶対に違う。


 あんなの、私は望んでいない。


 ――ああやって絶対になった自分が好きなんでしょ?


 ――全てを飲み干せる優越感をまた得たいんじゃないの?


 あんなのもうやだよ。


 目に映る全てが塵屑で、等しく小さく無価値な劣等で、ただ自分の存在だけを感じていた。


 あんなのは、私じゃない。


 私は、私が得たいものは……。


 ただ皆と、笑える日々だよ。



「ッ……!」



 飛び起きる。



「は……っ、はぁっ……!」



 呼吸が整わない。


 まるで過呼吸になったみたい。


 視界がはっきりとしない。



「う……っ」



 吐き気に襲われて、私は口元を抑えた。


 そのままトイレに駆け込んで、気持ち悪さを吐き出す。



「は……ぁ」



 胃がひっくり返るような気分だった。



「……最悪だ」



 なにが?


 なにがって。


 そんなの、決まってる。


 こんな気分が、じゃない。


 人を殺してしまったこの私が……最悪なんだ。



 窓の外では雨が降っていた。


 雨空を窓から見上げる。



「……緋色はまだ、あんな状態なのかしら?」

「多分……そうすぐには、戻れないでしょう」



 スイとエレナが、そんな言葉をかわしていた。


 緋色は今も、苦しんでいるのだろう。


 それを思うと、ひどくもどかしい気持ちになった。



「……姉さん」

「なんだ、エレナ」

「行かなくていいんですか?」



 そんな質問、どうしてするんだろう。


 そんなの決まっている。


 行きたい。


 緋色の側に、行きたいさ。



「だが、今私が側にいたら、緋色は傷つくだろう」



 いや、私だけじゃない。


 誰であってもきっと今緋色は受け入れられない。


 というよりも……他人を認識すると同時に、自分を責めてしまうだろう。


 だって、緋色はその他人を一度塵屑と断じてしまったのだ。


 その罪悪感が、緋色を締め付けている。


 もちろん私達は誰一人として、あの姿や言葉が緋色の本心だとは思っていない。


 しかし本人が誰よりも、それを気にしているのだ。


 そして、シューレを殺してしまったことも。


 気持ちは分かる、などとは口が裂けても言えない。


 私は人の命を奪ったことなどないから。


 だから、考えてしまう。


 あんな女を殺したくらいで罪の意識を感じることはない、と。


 それでもやはり、無理な話なのだろう。


 緋色は優しい……優しすぎるから。



「確かに、傷つくわよね……でも、それは今は置いといたら?」

「なに?」



 スイの言葉に首を傾げる。



「それは、どういう……」

「どうせ放っておいても傷つくんでしょ、あれ。だったら姉さんが傷つけたって同じじゃない……だったらせめて、側にいてあげたら?」

「というか、側に行きたいって気持ちが出過ぎてて、一緒にいてちょっとプレッシャー感じるくらいですよ……どれだけもどかしがってるんですか」

「……む」



 妹二人の指摘に、反論は出来なかった。



「姉さんはもともとそんな繊細な気遣い出来るタイプじゃないんですし」

「そうそう」

「お前ら……なんてひどい言い草だ」



 私だって気遣いの一つ二つは……。



「いいから」



 スイが私の背中を叩く。



「こっちとしても目ざわりだし、さっさと緋色のところに言ってきなさいよ!」

「それで出来れば、緋色を元気づけてあげてください……姉さんなら、それが出来ると思っています」

「……無茶振りだ」



 だが……そうか。


 お前たちは、そう言ってくれるのか。


 だったら少しは……頑張ってみようか。



「……」



 ぼんやりと、雨の中、草原に寝転がって空を見上げる。



「雨……もっと降らないかな」



 そうして、私を洗い流してくれればいいのに。


 私の苦しみも、悲しみも、なにもかも。



「……」



 肌を、雨粒が打つ。


 目を瞑る。


 途端に、瞼の裏に深紅が浮かんだ。



「……」



 静かに目を開ける。


 瞳に雨水が入るけれど、気にしない。


 ゆっくりと手を空へと伸ばす。



「この手で私は……」



 その時、濡れた草を踏む音が聞こえた。


 ……誰にも会いたくないから、こんなところにいたのに。



「誰?」

「わたしだ」



 ……アイリスか。



「なにか、用?」

「お前と話がしたくてな……構わないか?」

「ごめん、今は――」

「かまわんだろう」



 問答無用とばかりにアイリスが私の隣に腰を下ろす。



「……聞く意味、ないじゃん」

「まあ一応だ」



 にやりとアイリスも笑う。


 彼女もまた、傘は差していなかった。



「風邪、引くよ?」

「そこまで軟ではない……それに傘を差していないのはお互い様だ」

「……それもそうか」



 しばらく二人で雨に打たれる。



「ねえ、アイリス」

「なんだ?」

「……私が怖くないの?」



 私の問いに、アイリスが目を丸くする。



「怖いわけがないだろう、お前は緋色だぞ?」

「――そんなの、嘘だよ」



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