奈落の理はっ!
全てが流れ込んでくる。
押し流される。
この質量の前で、私など……。
†
私達の法とはすなわち排撃だ。
なにかを認められぬから、私達は力を得る。
《顕現》はもちろん、《真想》もそういった側面を持つ。
敗北を認めない。
敵を認めない。
そんな、言わばどうしようもないくらいに傲慢な法だ。
だから私は期待してる。
彼女に。
私達とは異なる法を持つ彼女に。
彼女の法とはすなわち――。
†
『……』
つまらないな。
なんて、つまらない。
私はこのようなものを憎悪していたのか。
全てがあんなものを拒絶していたのか。
つまらない……いや、くだらない。
――その時、なにかが落ちてきた。
それを私は知っている。
臣護――ライスケ――そういう名前の、二人の人間だ。
彼らの《真想》は、今にも途切れそうだった。
それでも耐えているのは流石か。
なにせ相手は、あれなのだから。
見上げる。
そこにいるのは、フュンフという歪みの少女。
『は……』
おかしいな。
笑えてくるよ。
なんて愉快なものなんだろう。
「なにを、笑っている」
『さあ?』
その歪みは、強大だ。
それこそ最強と呼称された二つの《真想》が砕かれるほどに。
まあ、とはいえ……。
『どれもこれも、とるにたらない』
「――!?」
フュンフの半身が消し飛ぶ。
彼女の《真想》が刹那のうちに摩耗し、解ける。
「な……んだと……?」
『……帰ればいい、消す気も起きない』
とるにたらない屑だから、わざわざ消したりもしない。
歪みか。
ああ、いいんじゃないのか。
そういうのもあるのだろう。
別になんとも思わん。
それを排除したいと願う者もいるようだが……そのくらいの想いで私に影響は出ない。
「なるほど……これが姉さんの言っていた……確かにこれは危険だな」
『危険? おかしな話だ……お前達六人の尺度で語るなよ』
「っ!」
フュンフが硬直する。
ああ、なにもしないからそんなに緊張することはないだろう。
いちいち屑の言葉に怒りなど感じないさ。
ああ……しかし屑に話かけるとは、私もなかなか酔狂だな。
『蟻が象を危険視して生きていると思うか? おこがましいぞ、屑。泣けるほどに面白い話だ。蟻は蟻だ、象に踏みつぶされれば死ぬ。危険視しても、死ぬ時は死ぬ、踏みつぶされて。故に蟻は像のことを危険などとは思わない。なぜならそれは無駄な思考だからだ……危険という言葉はな、それを認知し回避しうる値を持って初めて使っていいんだよ』
「……お前は、なんなんだ」
『理解できないだろう? それが答えだ』
ああ、屑と話すのも飽きてきたな。
『そろそろ帰れ……でないと、そのつもりはなくても踏みつぶしてしまうかもしれないぞ?』
「……」
フュンフの姿が消える。
……さて。
『それで、その意味をお前達は理解しているのか?』
振り返る。
そこには、多くの人間が立っていた。
ナユタに、スイにエレナ、小夜、オリーブ、ソウやツクハ、他にも諸々。
それに臣護やライスケ。
あと……アイリスもか。
さっきまでやられていた癖に、随分と元気になったものだ。
「あなたはなに?」
ナユタが問うてくる。
なら私はこう答えよう。
『語る必要はない……語る意味もない』
「緋色……」
『なんだ、アイリス』
「お前は……どうしてそんな風に……」
笑みがこぼれる。
私が心配なのだな?
ああ、分かるぞ。
分かる……故に、笑えるな。
アイリスだけではない。
誰もが私の心配をするか。
『ふ……可愛い屑共だな、慈しみたくなる』
「屑……だと……?」
アイリスが目を見開らく。
『そう言ったが、なにを驚いている……事実だろう?』
しかし、面倒だな。
『……屑の音色を聞き分けるのは一苦労だ……少し分かりやすくするために、減らすか?』
視線を巡らせる。
それだけで、この場にいる全員が表情を歪めた。
なにを勝手に圧力を感じているのか。
ただちょっと視線をやっただけだろう。
「お前……」
「棘ヶ峰、正気に戻れよ」
臣護とライスケが前に出る。
『……ああ、お前達はまだ分かりやすいな……《真想》をしてるだけあって、屑の中でもそれなりに目立つ』
「……どういうことなんだ、エリス」
臣護が舌打ちをこぼし、ここにはいない屑に疑問を投げる。
『ああ、あの屑か……あの屑の考えはなかなかに愉快だぞ? お前達にはひた隠しにしているようだが……いじらしいな、我が娘の為にならなんでもすると……腹がよじれそうなほどに笑える』
「え……」
ナユタが反応する。
「それって、どういう――」
『何度も屑の質問に付き合う義理はない』
さて、そろそろ飽きたな。
屑共の相手も、存外疲れる。
『掃除をするか……さあ、どの屑が不要だ? お前達に選ばせてやろうか?』
「緋色!」
その時。
アイリスが、私に向かって飛び出してきた。
†
わけがわからない。
ただ、一つだけ言えることがある。
これは緋色なんかじゃない。
断じてだ。
緋色がこんな、全てを見下すようなことを言うわけがないんだ。
「緋色!」
私は、飛び出していた。
身体が重い。
目の前の存在を本能的に恐れていた。
けれど……それでも。
放っておけない。
そう思ったんだ。
元のお前に戻ってくれ。
頼む。
『屑が私に届くとでも?』
身体中が捻じれた。
「が……っ!」
「姉さん!」
「大丈夫!?」
スイとエレナの声が聞こえた。
……大丈夫だとも。
「緋色っ!」
どうして、届かない。
手を伸ばしたいはずなのに。
身体がなぜか動かない。
『まずお前を消すか、どれも屑なのだ、どれを消しても構わんだろう?』
「緋色ぉおおおおお!」
私に力が足りないからなのか。
欲しい。
緋色に届くだけの力が。
他は、いいんだ。
ただ今は、今は……。
――ふと、思い出す。
暴走している時、緋色が言っていたことを。
それだけは曖昧な記憶のなか覚えていた。
私の想いとは、強くなることだと。
ああ、なるほど。
言われて初めて気がつくなどとは情けない。
そしてそんな想いに振り回されていた自分も、また。
それでもやはり想うよ、私は。
強くなりたい。
今、他でもないお前に届くだけの力が……。
その時、なにかがかみ合った。
破壊のためでなく。
お前に触れるために……私は……。
――《顕現》――。