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奈落の理はっ!


 全てが流れ込んでくる。


 押し流される。


 この質量の前で、私など……。



 私達の法とはすなわち排撃だ。


 なにかを認められぬから、私達は力を得る。


 《顕現》はもちろん、《真想》もそういった側面を持つ。


 敗北を認めない。


 敵を認めない。


 そんな、言わばどうしようもないくらいに傲慢な法だ。


 だから私は期待してる。


 彼女に。


 私達とは異なる法を持つ彼女に。


 彼女の法とはすなわち――。



『……』



 つまらないな。


 なんて、つまらない。


 私はこのようなものを憎悪していたのか。


 全てがあんなものを拒絶していたのか。


 つまらない……いや、くだらない。


 ――その時、なにかが落ちてきた。


 それを私は知っている。


 臣護――ライスケ――そういう名前の、二人の人間だ。


 彼らの《真想》は、今にも途切れそうだった。


 それでも耐えているのは流石か。


 なにせ相手は、あれなのだから。


 見上げる。


 そこにいるのは、フュンフという歪みの少女。



『は……』



 おかしいな。


 笑えてくるよ。


 なんて愉快なものなんだろう。



「なにを、笑っている」

『さあ?』



 その歪みは、強大だ。


 それこそ最強と呼称された二つの《真想》が砕かれるほどに。


 まあ、とはいえ……。




『どれもこれも、とるにたらない』




「――!?」



 フュンフの半身が消し飛ぶ。


 彼女の《真想》が刹那のうちに摩耗し、解ける。



「な……んだと……?」

『……帰ればいい、消す気も起きない』



 とるにたらない屑だから、わざわざ消したりもしない。


 歪みか。


 ああ、いいんじゃないのか。


 そういうのもあるのだろう。


 別になんとも思わん。


 それを排除したいと願う者もいるようだが……そのくらいの想いで私に影響は出ない。



「なるほど……これが姉さんの言っていた……確かにこれは危険だな」

『危険? おかしな話だ……お前達六人の尺度で語るなよ』

「っ!」



 フュンフが硬直する。


 ああ、なにもしないからそんなに緊張することはないだろう。


 いちいち屑の言葉に怒りなど感じないさ。


 ああ……しかし屑に話かけるとは、私もなかなか酔狂だな。



『蟻が象を危険視して生きていると思うか? おこがましいぞ、屑。泣けるほどに面白い話だ。蟻は蟻だ、象に踏みつぶされれば死ぬ。危険視しても、死ぬ時は死ぬ、踏みつぶされて。故に蟻は像のことを危険などとは思わない。なぜならそれは無駄な思考だからだ……危険という言葉はな、それを認知し回避しうる値を持って初めて使っていいんだよ』

「……お前は、なんなんだ」

『理解できないだろう? それが答えだ』



 ああ、屑と話すのも飽きてきたな。



『そろそろ帰れ……でないと、そのつもりはなくても踏みつぶしてしまうかもしれないぞ?』

「……」



 フュンフの姿が消える。


 ……さて。



『それで、その意味をお前達は理解しているのか?』



 振り返る。


 そこには、多くの人間が立っていた。


 ナユタに、スイにエレナ、小夜、オリーブ、ソウやツクハ、他にも諸々。


 それに臣護やライスケ。


 あと……アイリスもか。


 さっきまでやられていた癖に、随分と元気になったものだ。



「あなたはなに?」



 ナユタが問うてくる。


 なら私はこう答えよう。



『語る必要はない……語る意味もない』

「緋色……」

『なんだ、アイリス』

「お前は……どうしてそんな風に……」



 笑みがこぼれる。


 私が心配なのだな?


 ああ、分かるぞ。


 分かる……故に、笑えるな。


 アイリスだけではない。


 誰もが私の心配をするか。



『ふ……可愛い屑共だな、慈しみたくなる』

「屑……だと……?」



 アイリスが目を見開らく。



『そう言ったが、なにを驚いている……事実だろう?』



 しかし、面倒だな。



『……屑の音色を聞き分けるのは一苦労だ……少し分かりやすくするために、減らすか?』



 視線を巡らせる。


 それだけで、この場にいる全員が表情を歪めた。


 なにを勝手に圧力を感じているのか。


 ただちょっと視線をやっただけだろう。



「お前……」

「棘ヶ峰、正気に戻れよ」



 臣護とライスケが前に出る。



『……ああ、お前達はまだ分かりやすいな……《真想》をしてるだけあって、屑の中でもそれなりに目立つ』

「……どういうことなんだ、エリス」



 臣護が舌打ちをこぼし、ここにはいない屑に疑問を投げる。



『ああ、あの屑か……あの屑の考えはなかなかに愉快だぞ? お前達にはひた隠しにしているようだが……いじらしいな、我が娘の為にならなんでもすると……腹がよじれそうなほどに笑える』

「え……」



 ナユタが反応する。



「それって、どういう――」

『何度も屑の質問に付き合う義理はない』



 さて、そろそろ飽きたな。


 屑共の相手も、存外疲れる。



『掃除をするか……さあ、どの屑が不要だ? お前達に選ばせてやろうか?』

「緋色!」



 その時。


 アイリスが、私に向かって飛び出してきた。



 わけがわからない。


 ただ、一つだけ言えることがある。


 これは緋色なんかじゃない。


 断じてだ。


 緋色がこんな、全てを見下すようなことを言うわけがないんだ。



「緋色!」



 私は、飛び出していた。


 身体が重い。


 目の前の存在を本能的に恐れていた。


 けれど……それでも。


 放っておけない。


 そう思ったんだ。


 元のお前に戻ってくれ。


 頼む。



『屑が私に届くとでも?』



 身体中が捻じれた。



「が……っ!」

「姉さん!」

「大丈夫!?」



 スイとエレナの声が聞こえた。


 ……大丈夫だとも。



「緋色っ!」



 どうして、届かない。


 手を伸ばしたいはずなのに。


 身体がなぜか動かない。



『まずお前を消すか、どれも屑なのだ、どれを消しても構わんだろう?』

「緋色ぉおおおおお!」



 私に力が足りないからなのか。


 欲しい。


 緋色に届くだけの力が。


 他は、いいんだ。


 ただ今は、今は……。


 ――ふと、思い出す。


 暴走している時、緋色が言っていたことを。


 それだけは曖昧な記憶のなか覚えていた。


 私の想いとは、強くなることだと。


 ああ、なるほど。


 言われて初めて気がつくなどとは情けない。


 そしてそんな想いに振り回されていた自分も、また。


 それでもやはり想うよ、私は。


 強くなりたい。


 今、他でもないお前に届くだけの力が……。


 その時、なにかがかみ合った。


 破壊のためでなく。


 お前に触れるために……私は……。




 ――《顕現》――。





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