奈落への崩壊はっ!
闇を纏った獣が空間を蹂躙する。
辺りを埋め尽くす茨を引き千切り、シューレへとその爪牙を振るう。
空間が裂かれる。
その一撃で、世界が震えた。
「ふ、ふふっ」
そんな攻撃を受けて、なおシューレは嗤う。
嬉しそうに。
楽しそうに。
「はははははははははは――ッ!」
茨が蠢き、獣の四肢を束縛した。
そしてそのまま、絞り、切断する。
漆黒の獣が吼える。
その四肢はあっというまに再生してみせた。
破壊、破壊、破壊。
そこには、ただそれだけしかなかった。
黒と狂気の破壊が巻き散らかされる。
「やだ……やめてよ、アイリス!」
私はそれに近付くことすら出来ず、叫んでいた。
「アイリス!」
そんな戦いをしないで。
アイリスにそんな戦いは似合わないよ。
いつも不敵で、挑戦的で……でも真っすぐで。
それが、アイリスでしょ?
これは……違うよ。
「アイリス……ッ!」
「ふ、ははっ……あははははははははははははッ!」
聞こえるのはシューレの哄笑のみ。
ああ、なんて……なんて、耳障り。
でも……今はそんなことに構ってられない。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ!
もうこんなアイリスを、見ていたくないから。
だから私は……飛び出していた。
獣の前に出て、両手を広げる。
「もうやめて、アイリス!」
「はあ?」
背後から、そんな声が聞こえた。
無機質で、冷たい声。
どん、という軽い衝撃。
見れば胸に茨の槍が突き刺さっていた。
それを突き刺したのは、シューレだ。
「が……っ」
「邪魔ですよ」
やろうと思えば跡形もなく滅ぼせただろう。
だがそうはせずに、シューレは私の身体を放り捨てた。
地面に激突し、意識が途切れそうになる。
「ぐ、かは……」
身体じゅうから血が噴き出していた。
……私は、殺すほどの価値もないってこと?
あはは、笑えない。
いいわよ、上等じゃん。
こっちだってあんたなんかに価値見出して欲しくなんてないし。
それよりも、アイリスを……。
黒い獣を見る。
獣が吠えた。
「え……」
怒ってる?
怒ってるの……そんな姿になって、アイリス……。
私が傷つけられたから?
皆が傷つけられたから?
……あ。
今更、簡単なことに気付く。
《顕現》とは想いの形。
であれば、この破壊をまきちらす獣が示すアイリスの想いとは?
破壊のみであるわけがない。
彼女はそんな人ではないから。
だったら、なに?
他に、どんな破壊があるの?
その答えが獣の怒りにあった。
そう。
アイリスは、怒っているんだ。
自分の大切なものを傷つけたシューレに。
そして、それを守れなかった自分自身に。
だから……あんなにも恐ろしくて、歪んでいて、けれど悲しくて、強大な想いが生まれた。
「アイ、リス……」
なんて、優しいんだろう。
なんて、強いんだろう。
その身を獣に変えてでも、自分の守りたいものを守るために、それを傷つけるものを破壊しようとする。
それがちょっと抑えがきかなくなってるだけで……。
「アイリス……!」
立ち上がる。
アイリスを、止めなくちゃ。
もうこれ以上、彼女に悲しい戦いをしてほしくない。
「大丈夫だよ」
私達も、戦えるから。
守ってもらうだけじゃ、ないんだよ?
もちろん、そこまで想ってくれるのは嬉しいけれど。
「ねえ、アイリス……信じてよ、背中預けてよ」
全部一人でしょいこんで、解決しようとしてる。
そんなんだから、そうやって溢れだしちゃうんだってば。
「アイリス――!」
再び、アイリスの目の前に飛び出す。
信じている。
彼女を、信じているから。
「だから、邪魔ですって」
そして私は――。
シューレの茨と獣の爪牙に、引き千切られた。
……どうして、かな。
止めたいのに……私も、皆の力に、なりたい、のに……。
†
……そう。
あなたの想いは、誰かの為に……。
故に《顕現》はあなたの法ではないのよ。
「ただ、まだその法へはたどりつけない……だから、今は」
今は仮初の法で我慢しておきなさい。
……ごめんね、緋色。
†
そして、私は見た。
見てしまった。
緋色が、微塵に砕かれる様を。
……嘘でしょ。
「邪魔をするからそうなるんですよぉ!」
シューレが嗤う。
……うざい。
うざいよ、あなた。
なに笑ってるの?
緋色を傷つけて、なんで笑ってるの?
……あー、うざい。
「――《顕現》――」
想いがこみ上げてくる。
広げた翼は漆黒。
身体が保てない。
なにかが、私を侵食する。
闇の守りを纏う。
黒い武器を大量に作り出す。
夜色の結晶が爪を形作る。
暗い光の帯が私を包む。
深淵を思わせる巨槍と巨剣を浮かべる。
「――……お前は」
力が脈動する。
思考がもうろうとする。
ああ、視界で誰かが戦っている。
シューレ。
黒い獣。
あれはエレナとスイ?
いつのまにか、小夜も、オリーブやソウまでいる。
そして全員、シューレの茨で傷つけられる。
……ああ。
――……ああッ!
滅べ、お前はいらない……。
いら、な、い……。
「ナユタ」
声が聞こえた。
振り返る。
そこには、ツクハさんが――違う。
あれはツクハさんだけど……違う。
誰?
あなたは、誰?
「……愛しい子……直接抱きしめてあげたいけれど、ごめんなさい」
ツクハさんが私を抱きしめる。
誰かの温もり。
「……ぁ」
「――ナユタ、もう少しだけ、待って……ね?」
「……う、ん」
次の瞬間。
茨が、私とツクハさんの身体を貫いた。