やっちゃったのはっ!
「ぐっ……!」
虫の波の中から、なにかが飛び出してスイの身体を貫いた。
「スイ!」
「大丈夫ですか!?」
「っ、大丈夫!」
私とエレナの声にスイが応える。
スイの傷はすぐに塞がる。
だが……それで安心など出来るわけがない。
なぜならば、スイを傷つけるほどの存在が今現れたのだから。
虫の中から現れたのは、巨大な蜂のようなものだった。
ただしその身体じゅうに、複眼がついている。
「これは……」
スイとエレナが僅かに後退する。
「……それほどの、ものか」
「ええ」
「そうですね」
悔しかった。
感じ取れない。
今、スイとエレナが感じているであろう威圧を、私は感じ取ることすらできないのだ。
「……」
だが、今はそんな悔しさよりも、目の前の敵だ。
「あれは、格違いか?」
「の、ようです」
「……こんなの混じってるなんて、聞いてないわよ」
蜂の羽が震える。
甲高い音がして……スイとエレナが吹き飛んだ。
「――!?」
なにが起きたかも分からない。
ただ結果だけだ。
「二人とも!」
「問題――っ」
「――ありません!」
次の瞬間、スイとエレナは蜂の左右にいた。
スイの爪翼か、エレナの矢が、蜂を襲う。
だが、それを蜂は羽ばたきだけで掻き消した。
「そんな馬鹿な……」
あの二人の《顕現》が、きかないというのか……!?
蜂の複眼が妖しく輝く。
と、複眼から大量の光線が放たれた。
「っ……!」
スイとエレナが貫かれる。
そしてそれは、私の身体をも貫いた。
圧倒的な高次元からの攻撃に、私の身体はあっさりと吹き飛び、地面を転がった。
「姉さん!」
「大丈夫ですか!?」
二人の声が聞こえる。
だが、視界は暗い。
身体から力が抜けて行きそうになる。
だが――。
……この程度で、倒れていられるかッ!
こんな私にも姉の矜持というものがあるのだ!
「づ、ぐ……っ!」
目を開き、力を振り絞り、立ち上がる。
身体の再生に全力を注ぐ。
「アイリス姉さん……大丈夫なの!?」
「問題ない」
「けれど……」
「問題ないと言った」
心配する二人に笑って見せる。
「お前たちは、それの相手をすることに集中しろ」
頼むから。
「私を、足手まといにはさせてくれるな」
私のせいでお前達が負けるなんて、そんなのは、絶対に嫌なんだ。
†
「……どうやらお互い、追いつめられているようですね」
「……あら、そう?」
いつの間にか、私は茉莉――いや、オリーブと合流していた。
そしてお互い、危機に瀕していた。
私が相対するのは、大量の蚯蚓が絡まりあって出来たような、歪な異形。
オリーブが相対するのは、どれほど長さがあるかも知れない百足。
「私は全力を出せば、この程度どうってことはないわよ?」
「……言い訳がましいですね」
「あらそう? 小夜だって同じなのに」
「……」
「あなただって本気を出せばこれくらいどうってことないでしょう」
「なんのことですか?」
「私に隠し事が出来ると思ってるの?」
くすりとオリーブが笑う。
思わず奥歯を噛みしめた。
何故、知っているのか。
疑問には思うが、なんとなく理解もしていた。
オリーブは、底が知れない。
どうしてかは分からないけれど、彼女は私達とは違う。
そんな感覚は、昔からあった。
そう……それは、ナユタと同じだ。
彼女のようにオリーブにも、なにかがあると。
そう感じている。
「なにか、なんて特にないわよ。たぶんね」
「……心を読まないでください」
「あら、ごめんなさい」
人の心にずかずかと……まったく。
まあ、私の醜さを知られている以上、もう他はどうでもいいのだけれど。
「あなたは自分が醜いと言うけれどね」
「……?」
「私はそうは思わないけれど。影響を及ぼしたモノがなんであれ、あなたはあなたでしょう? 気にすることはないんじゃない?」
「……あなたは私の想いを見たことがないから、そんなことを言えるのです」
「そうかしら」
オリーブが肩を竦める。
「それより、のんびり話している暇はなさそうですよ」
「みたいね」
虫達が襲い掛かってくる。
その力は、侮れない。
全力で虫の攻撃を回避する。
「どうするんですか?」
「と言われても……本気、出す?」
「断ります」
人前であれを見せるなんて、冗談じゃない。
……だが、それ以外に打開策がないのも、事実ではあった。
虫は私の迷いなど余所に、さらに襲い掛かってくる。
「ちっ……!」
「なやんでいる暇はないんじゃないの?」
「ごちゃごちゃ言わないでください!」
オリーブだってそれなりに追い詰められているくせに……。
――その時だった。
「二人とも!」
一閃。
なにかが、蚯蚓と百足の身体を裂いた。
……は?
「え?」
オリーブも、目を見開いていた。
ちょっと待って。
なにやってるんですか、あなたは。
「……緋色?」
「はいどうも! あなた方の恋人、緋色ちゃんです!」
……間違いない、緋色だ。
「どうして……」
「二人のピンチにかけつけたよ!」
……うん。これは絶対に緋色だ。
「もう一回聞きますけど、あなた、なにやってるんですか?」
「え? だから二人を助けに……」
「そうじゃなくて!」
ああ、もう!
「どうしてあなたがその虫を倒せたのかと聞いているんです!」
「え?」
きょとん、とした顔。
「いや、なんかやれちゃったんだけど?」
首を傾げ、緋色は大鎌を肩に担ぐ。
「《顕現》のもどきで、これを倒すって……」
オリーブも口の端が引き攣っていた。
「え、え? なんか私いけないことした?」
「いけないことっていうか……」
《顕現》もどきで、《顕現》を超えるなんて、可能なんですか……。
「私、とにかく二人を助けなくちゃって思って……だってなんか百足はともかく触手に襲われてるし! 貞操の危機だったじゃん二人とも! もうなんかとりあえず必死でさ!」
「……」
「……触手」
「ええ、まあ……」
確かに、あれは触手に見えなくもなかったですけどね?
「でも……そんなことで……」
「そんなことじゃないよ! 大切なことだよ!」
「……はぁ」
なんだか馬鹿らしくなってくる。
やはりこの緋色という人間は出鱈目だ。
「……まあいいでしょう」
身を翻す。
「あれ、小夜。どこいくの?」
「他の虫を倒しに」
「大丈夫なの?」
「問題ありません」
「……そっか」
なんでそんな心配そうな声を出すんだろう。
「……まあ、あれです」
「ん?」
「助けていただいたということには、一応感謝はしています」
「……」
「これ、ツンデレよね?」
「ツンデレだ……」
「違います!」
オリーブと緋色の言葉を否定する。
まったくこの人達は!
「まあ、そういうわけで緋色、ありがとうね」
「……ありがとうございました」
「うんっ、どういたしましてっ!」
む……。
なんて笑顔を浮かべるんですか。
そんな嬉しそうに……。
……まったく。
「それでは」
「うん、無事でね、小夜!」
「あなたも」
「オリーブもまた後で!」
「ええ」
そして、緋色は姿を消した。
「……あなた、素直じゃないわよねえ」
「意味が分かりません」
「ふふっ」