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汚濁はっ!



 それは、まさに汚濁だった。


 学園世界、その都市の一角から湧きあがった漆黒の塔。


 否。


 それは塔などではない。


 ただ純粋に、勢いよく溢れだしただけだ。


 小さなもの。


 蠢き、這い、飛ぶ。


 虫だった。


 大量の虫が、まるで間欠泉のように噴き出したのだ。


 学園世界という世界が生まれてからの時の流れの中。


 女神と狂気の争い以来の危機が、訪れた。



「なに、あれ」



 溢れだした漆黒を、ナユタの家の窓から見て、呆然とする。


 あれが虫の群れであることは理解できる。


 だが、おぞましい。


 形が気持ち悪いとか、そういうことではない。


 ただ純粋におぞましい。


 心の底で、あれはいけないものだと訴えるものがあった。



「……嘘」



 ナユタが、ぽつりとこぼした。



「あれ、全部……《顕現》してる」

「え」



 今、なんて言ったの?


 まさか、あの虫が全て《顕現》をしていると、そう言ったの?


 ……冗談でしょ?


 だって、あれが?


 あんなものが?


 《顕現》?



「信じられないかもしれませんが、事実です」



 ソウが静かに告げる。



「過去、あれとよく似た性質のものと戦ったことがあります」



 ソウの目が鋭く細まる。



「おぞましいがゆえに強大な《顕現》を持つ存在、あれは、そういうものです」



 待って。



「おそらく、この世界にあれに真の意味で対抗できる人間は、数人しかいません」



 待って。


 ちょっと待ってよ。


 あれ、溢れだしているんだよ?


 この世界に、街に。


 そして、街には当然人がいて……どうなるの?



「……」



 ナユタが、ソウが、苦々しい表情を作る。



「嘘でしょ……」



 そんなことって。


 だって、さっきまでいつもどおり、平和だったのに……。


 こんなことって……。



「くそっ、早く逃げろ!」



 押し寄せてくる黒い波に、街が押しつぶされていく。


 街中を散歩していた私達は、人々の避難誘導を行っていた。


 私達を呑みこもうとする虫の波。


 それに、漆黒の閃光が突き刺さる。


 エレナの放った矢だ。


 《顕現》による一撃は、黒い波を一気に打ち払った。


 だが、それだけだ。


 たかが、虫全体の一パーセントを消せたかどうかという程度。


 しかも虫は次から次に溢れてきているように思える。


 となると……。



「姉さん、あまりこの前線も持ちませんよ」

「まったく、ね!」



 スイが《顕現》による漆黒の爪翼を振るう。


 再び沸き起こった虫の波が、塵と化す。


 ……我が妹達ながら、出鱈目だな。


 さらに、そこかしこで《顕現》らしき攻撃が起きているのが見える。


 巨大な力に、大地が震える。


 だが――。



「なんなのだ、あれは」



 それでも滅びぬ、あの虫は……。



「はてさて、これはまた珍しいものね」



 くつくつと咽喉から笑いが零れる。


 なんという大惨事か。


 なんというおぞましさか。


 茉莉を引っ込めて正解だった。


 茉莉ではこれは少し手にあまるだろうし。


 《顕現》。


 白銀の刀を手にする。


 私の視界を虫が覆う。


 ああ、ほんと。


 ……キモいわね。


 一閃。


 ただの一閃だ。


 刀は振るわない。


 身体は動かさない。


 それでも一度きりの閃きは生まれる。


 そして一度きりの閃きは生まれる。


 現実を歪め、法則を歪め、節理を歪め。


 全てを歪め、絶対の一撃が虫を薙ぎ払った。



「さて」



 私が本気を出す必要はあるかしらね。



 ……。


 まだマシ。


 それが、正直な感想だった。


 確かにこれは気持ちが悪い。


 怖気がする。


 なんと醜悪な存在か。


 だが、それ以上に、私の方が醜い。


 そう思った。


 ああ、なんてこと。


 私はこんな虫以下か。


 そう思うと、情けなくて情けなくてたまらない。



「――やめて、それ以上その姿を見せないで」



 呻くように呟く。


 鏡を見ているような気分だ。


 見たくなどないのに。



「やめて」



 ――《顕現》。


 ほんの一瞬の《顕現》。


 それで辺りの虫はすべて、消滅した。



「っは、ははは、ははははははははははははっ!」



 いい。


 これはすばらしい。


 最高。


 最高だ。



「こんな最高の玩具、誰からの贈り物かはしりませんが感謝しないといけませんねえ!」



 あれが現れた瞬間、私は理解した。


 これは私のものだと。


 この醜いものは私のものになるために現れたのだと。


 それを理解すると同時、私は命を下していた。


 決まっている。


 私一人でこの醜さを独占するなど、とてもじゃないが気が引ける。


 ――皆で共有しないと、ですよねえ。



「ふ、ふっ、はははっ、あはははははははは!」



 見て!


 見て!


 見て!


 この地獄のような有様!


 暴虐!


 悲鳴と悲嘆と絶叫と憎悪!


 そして破壊!


 なんて甘い旋律だろう!



「もっと、もっと聞かせてください!」



 ……ああ、そうだ。


 大切なことを忘れるところだった。


 この甘さは、あくまで前菜。


 さあ、メインディッシュはどこでしょうね?



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