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醜さはっ!


「はぁ……っ、く……は、っ……」



 凄い量の汗を流しながら、アイリスは荒れた呼吸を整える。


 しかし、それは全然うまくいってない。


 無理もない。



「アイリス、今日はこのくらいにしておこう?」



 もう何時間、《顕現》の練習をしているのだろう。


 それも、その度に暴走を抑えているのだ。


 アイリスの消耗は激しい。



「……いや、まだまだいけるさ」



 アイリスが薄く笑う。


 明らかに無茶をしている顔だ。



「駄目だよ、アイリス。それ以上は本当に駄目だからね」



 少し強く言う。



「しかしだな」

「しかしもヘチマもあるかい!」



 タオルをアイリスの顔に投げつける。



「む」



 顔にぶつかったタオルを受け取り、アイリスは少し不満げな表情をする。



「いいから、アイリスは今日はもう休む! それ以上やったら倒れちゃうよ?」

「そんなことは……」

「だー、もう! いいよそれならスイとエレナ呼んじゃうもんね!」



 仮想モニタを出す。



「いや、待て、どうしてそうなる」



 途端、アイリスが少し慌て始める。



「さてと、それじゃあ電話電話―っと」

「待て! 分かった、帰る! 帰ればいいのだろう!」

「ん、よし」



 仮想モニタを閉じる、



「最初からそう素直にいえばいいんだよ」

「……まったく」



 アイリスが妹二人になんだかんだで弱いのは先刻承知ですとも。


 いやあ、いいお姉ちゃんだねえ。あっはっはっ。



「それじゃ、アイリス。帰ろう」

「ああ……やれやれ」



 やれやれはこっちの台詞です。



「……」



 一人、自室の畳に寝転がって、天井を見上げながら考える。



「んーむ……」



 最近のアイリスは、なんだかおかしい。


 なにがって……なんていうか、無茶しすぎなのだ。


 とにかく限界まで《顕現》を練習しようとするし。


 最近では私は一緒に練習する仲間というよりも、アイリスが無茶しすぎないよう見張るお目付け役のようになっている。


 ……あの日、からかな。


 シューレに襲われてから。


 あれから、もう一週間だ。



「動きはなし……やっぱり、無気味だよなあ」



 絶対に、このまま、なんてことはない。


 なにかしてくる。


 それはもう、確信だ。


 あの人は、アイリスを諦めない。


 傷を、痛みを、諦めない。


 なぜかは知らないけれど、私にはそれが良く分かる。


 一度、彼女の心の片鱗に触れたから、だろうか。



「……よっ、と」



 身体を起こす。



「んー」



 窓の外はすっかり暗い。


 出かける、にはちょっと遅いかな?



「誰かに電話でもかけようかなー」



 仮想モニタを出して、皆の連絡先を出す。



「んー……誰にしよっかなあ」



 とりあえずアイリスは除外かな。


 練習の疲れをゆっくりと休んでとってもらわないとだし。


 となると……ふむ。


 決めた!


 小夜にしよう。


 なぜ小夜かって?


 だって私からかけないと絶対小夜って電話とかしないタイプじゃん?


 実際、今まで一度も小夜と電話したことないし。


 よーし!


 ぴ、ぽ、ぱ、ってな。



「……」



 ふむ。


 あれだ。



『おかけになった電話は、電源がついていないか、電波の届かない――』

「これ電波で通話してたんかい!」



 もっとなんかファンタジーなものじゃないの!?


 いやまあ仮想モニタとかの時点で科学なんだけどさ!


 ちっくしょう!



「……なんか悔しい!」



 私からの電話に出ねえとはふてぇやろうだ!


 この私がぁ、じきじきにぃ、成敗してやろぉじゃあ、ねえか。


 でれでーん!


 でれでれでーん!


 でれでーん!


 でれでれでーん!


 必殺、仕事する人!



「やっぱここか」



 勘のままやってきたのは、いつかの巨大な樹のある場所。


 どこまでも続く砂の地平に、壁のような幹が伸びている。


 小夜は、その大樹の根本によりかかって座っていた。



「……緋色?」



 小夜が私の姿を見つけて、怪訝そうな顔をする。



「どうしてここに」

「いやあ、電話かけたら通じなかったから、こうなったら直に会いにいこうと思って」

「電話が通じなかった時点で諦めてくださいよ」



 ああ、そんな呆れた目で見ないで!



「まったく」



 小夜は軽く溜息をつく。



「……小夜ってさ、この場所が好きなの?」

「は?」



 え?


 いや、なんでそんな冷たい目をするんでしょーか?



「私がこの場所を好き? なにを言うかと思えば、面白くない冗談ですね」

「え、でも……ならどうしてここにいるの?」

「……」



 小夜が苦虫をかみつぶしたような顔をする、



「…………醜いからです」

「え?」

「私は、醜いから、この醜い大樹のもとにいるのです」



 小夜が、醜い?



「えっと、冗談?」

「に聞こえますか?」

「……」



 いやいやいや。


 冗談でしょ。


 小夜が醜いとかそしたら世の中の美少女のハードルはどれだけ高くなっちゃうんだっての。


 私なんてそこいらの塵屑レベルじゃん。



「これの醜さの前でなら、少しは私も霞むでしょう? だから、私はここにいるのです。この身を汚泥で包んで隠したいから」

「……よく、分からないんだけれど」



 でも、小夜の目は、真剣だった。


 冗談じゃないんだ……。


 なんで。


 なんで小夜はそんなことを言うの?



「分からなくていいですよ」



 小夜がゆっくりと立ち上がる。



「帰りましょう」

「え?」

「いつまでもこんなところにいたら、あなたまで汚れますよ……こんなものの穢れをかぶるのは、私や、あの人たちだけでいい」



 言うと、小夜はさっさと歩きだしてしまう。



「あ、あの、小夜?」



 私の声に小夜は足を止め、振り返りもせずに声を投げかけてきた。



「他者を潰して生きる者。自分の成長の為に全てを破壊するもの。あなたはそんなものがあったら、どう思いますか?」

「……?」



 小夜の質問の意図が分からない。



「いえ、なんでもありません」



 小夜が再び歩き出す。



「……小夜!」



 その背中に叫ぶ。



「でも私、小夜が醜くなんて見えないよ!」

「……節穴ですね、あなたの目は」

「だとしても、いいよ! 私、小夜のこと醜いだなんて思いたくないから!」

「……まったく」



 私は小夜の背中を追って、砂の地面を蹴った。



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