表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/103

うざいのはっ!

「っ、スイ!」



 街中を走っていると、スイの姿を見つけた。



「緋色……アイリス姉さんは?」

「まだ!」

「そう」



 スイが僅かに目を細める。



「あの馬鹿姉は……どこにいったのよ」

「……」



 口ではそういうが、スイがアイリスのことを本気で心配しているのは一目瞭然だった。


 スイの顔は、汗がびっしりと浮かんでいる。


 どれだけ懸命にアイリスを探しているのかが伝わってくる。


 でも、私だって同じ。


 私だって本気で心配している。


 アイリスは最近、暴走のこととか、シューレさんのこととか、いろいろあるし。


 それに……なによりこの嫌な予感。


 胸の奥でもやもやするもの。


 アイリスが今、危機に瀕している。


 そう思えてならなかった。



「緋色。姉さんと最後に別れたのは?」

「校舎だけど」

「なら、校舎を探しましょう」



 校舎……か。



「そうは言っても、あの校舎を探すなんて……」



 あの校舎はとんでもない広さなのだ。


 それこそ、日本でいえば県一個分はあるかもしれない。


 例えアイリスが校舎に残っているとして、どこにいるかなんて予想も出来ない。



「そうだけど、でもそれに賭けるしかないでしょ……ナユタとかにも探してもらってるんでしょ? なら、全員で校舎の隅から探していけば、見つかるかも」

「……そう、だね」



 だったら、早速皆に連絡をとらないと。



「ねえ、緋色」



 連絡をとろうと仮想モニタ―を出したところで、スイがぽつりと声をかけてきた。



「ん?」

「……ありがとね、アイリス姉さんのためにここまで必死になってくれて」

「なに言ってるのさ」



 スイの肩を軽く叩く。


 まったく、同じようなこと、何回も言わせないでよね。



「こんくらい、当然だよ。アイリスは大切な友達なんだから!」

「……うん。でも、ありがと」

「どういたしましてっ!」



「っ……く!」



 吹き荒れるのは、暴虐の嵐だ。


 広大な宇宙空間を、妖しい紫色の光が無数の流星となってわたしに降り注ぐ。



「ぐ、ぁ……っ」

「ほらほらほらぁ、どうしたんですかあ!?」



 紫の光を纏い、シューレは悠然とわたしを見下ろしていた。


 その風格は既に人の域にはない。


 これまで、どれほどシューレが本気を出していなかったかが分かる。


 恐ろしい。


 恐ろしい。


 ただひたすらに恐ろしい。


 《顕現》すらしていないのに。


 それでもなお、感じる狂気。


 これが人間なわけがない。


 あの人の形をしたものは、間違いなく人外の部類に他ならないだろう。



「ふふっ、ねえ? はやく本気を出さないと、死んじゃいますよ?」



 シューレは嗤うと、右手をわたしに差し出した。


 次の瞬間、空間を紫の閃光が断った。


 ――わたしの、左腕ごと。



「っ、がぁあああああああああああああああああ1」



 傷口から、大量の血が噴き出す。


 切断面を抑え、わたしはシューレを見上げた。


 身体が震える。


 嫌だ。


 こんなものに相対するのなんて嫌だ。


 今すぐに逃げ出したい。


 そう願ってしまう。


 そんな自分がいやになった。


 逃げる?


 恐れる?


 なぜこのような者を相手に、そんなことをしなくてはならないのだ。


 挑めよアイリス。


 心のどこかでは、そう自分を鼓舞するわたしもいる。


 でもその声はあまりにもか弱い。


 わたしの勇気の、なんとちっぽけなことか。


 わたしが弱いから。


 わたしに力がないから。


 だから、こんな風に蹂躙される。


 悔しかった。



「っ――!」



 不意に、左腕の切断面から黒いなにかがあふれ出す。



「あはっ!」



 それを見た途端、シューレが嬉しそうな顔をした。



「それそれそれですよぉ!」

「……!」



 暴走。


 私の想いが、勝手に暴走を始めていた。


 なぜ……このタイミングで!


 慌てて、暴走を抑え込む。



「なにをしているんですか?」



 私の身体を紫の弾丸が射抜いた。



「が……っ!?」

「ほら、早く解き放てばいいじゃないですか」



 身体のところどころを、紫の光が射抜いていく。



「あなたのその醜くい想いを私にぶつけてくださいよぉ! 痛めつけて! 叩きつけて!傷つけてくださいよ!」

「っ……この、狂人が……!」

「狂人で結構!」



 シューレが両腕を広げると、大量の紫色の光が、星々のように宇宙に浮かんだ。



「こんなつまらない条理こそが常で、そうでないものが狂というのなら、私は狂人でいいのですよ! それこそ私なのですから! 私は正しい、むしろどうかしているのはこの条理のほうだ!」



 世界が、震えあがった。


 そう感じた。


 シューレを中心に、なにかが広がる。


 それは間違いなくいけないものだ。


 シューレの言う条理というものが、シューレの想いによって捻じ曲げられていく。


 傷を。


 痛みを。


 狂気を。



「っ……!」



 耳をふさぎたくなる。


 けれどこれは、耳を塞いだくらいで拒絶できる程度のものではない。



「あなたは私と同じ狂気に生きるものだ……さあ、早くその本性を見せてください」

「違う……私は……!」

「違いませんよ!」



 宇宙を包む紫の星々が脈動する。



「何一つ、違わないことを……これで証明してあげますから!」

「――!」



 流星雨が降る。


 破壊の嵐が眼前に迫る中、わたしは……。



「ぁ……」



 塗りつぶされる。


 頭の中が、黒いもので。


 それは――。



「あぁあああああああああああああああ!」




「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」




 それは、いきなりの登場だった。


 宇宙空間を切り裂くように、巨大な鎌が振るわれ、紫の流星雨を払う。


 その後ろ姿に、覚えがあった。


 見間違えるわけがない。



「……緋色?」

「や、アイリス。やっと見つけたよ」



 にやりと、肩越しに緋色が嗤う。



「それにしても……なんか、凄い姿だね」

「……言うな」



 自分でも手ひどくやられたのは自覚している。



「……えい」



 緋色が大鎌を振るうと、私の身体を温かな光が包み込んだ。


 すると、光の粒子が私の左腕を再生させる。



「……こんなこともできるのか、お前は」

「ま、一応もどきとはいえ《顕現》ですから」



 笑うと、緋色はそのままシューレに向き直った。



「邪魔をしないで欲しいのですがね?」

「……うっさい」



 緋色のその声は、今までに聞いたことがないくらい……冷たかった。



「いい加減にしろ。あんたごときが、私の大切な友達になに手ぇ出してるのさ」



 緋色は大鎌をシューレに向ける。



「狂気だとか想いだとか、そういう小難しいのはもういい。あんたはアイリスを傷つけた、私の大切な人を傷つけた……どうなるか、わかってるんでしょうね?」

「へえ、どうなるっていうんですか?」

「ぶっ飛ばす」



 緋色の姿が、いつの間にかシューレの背後にあった。



「この、ストーカーが!」



 大鎌が振るわれる。


 しかしそれをシューレはあっさりと避けて見せた。



「弱いですね。薄いですね。あまりにも軽い。そして歪だ。醜くもないのに、美しくもない。なんとも目ざわりですね、あなたは」



 吐き捨てるように告げて、シューレは緋色に手を向けた。


 強大な力を感じた。



「消し飛んでください」

「緋色っ!」



 まずい。


 そう思った時には、シューレの力は解き放たれていた。


 絶対破壊の威力を持った光が緋色に叩きこまれる。


 ――直前。


 白銀が、紫の光を打ち砕いた。



「……いい加減、うざいって、あなた」



 舞い降りたのは、万能の《顕現》をしたナユタ。


 そしてエレナにスイ、茉莉や小夜までいた。


 皆が、シューレを囲んでいる。



「アイリスや緋色に手をだしたんだから、私達全員を相手にする覚悟はあるんでしょ?」



 ナユタの鋭い声。



「よくもまあ、人の姉につきまとってくれるものですね」

「この狂人が。めざわりというなら、そっちがでしょう」



 エレナとスイが、珍しく怒っているのが分かった。


 私のために、怒ってくれているのか……?



「見過ごせない……アイリスも、私の大切な生徒だから」

「前々からあなたの行動は目にあまるんですよ」



 茉莉に、小夜も……。



「……ふん」



 シューレが鼻を鳴らす。



「ま、いいでしょう。今回は素直に引きますよ。あなたたちなんかと戦っても気分がわるくなるだけですからね」

「逃がすと思うの?」



 ナユタが純白の翼を広げる。



「逃げられないと思いますか?」



 刹那。


 狂気が溢れだした。



「――!?」



 無数の紫の羽が乱舞する。


 その中で、シューレの姿がかききえる。



「っ、待……!」



 そして、シューレは消えた。



「っ、逃がしたか……」

「……まあいいじゃん」



 悔しがるナユタに緋色が言う。



「アイリスを助けられた。それで十分!」



 そして緋色は、私に笑いかけてきた。


 ……ああ。


 ありがとう、緋色。


 そして、皆。


 …………けれど。


 わたしは、皆に守られなければならないわたしが……。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ