うざいのはっ!
「っ、スイ!」
街中を走っていると、スイの姿を見つけた。
「緋色……アイリス姉さんは?」
「まだ!」
「そう」
スイが僅かに目を細める。
「あの馬鹿姉は……どこにいったのよ」
「……」
口ではそういうが、スイがアイリスのことを本気で心配しているのは一目瞭然だった。
スイの顔は、汗がびっしりと浮かんでいる。
どれだけ懸命にアイリスを探しているのかが伝わってくる。
でも、私だって同じ。
私だって本気で心配している。
アイリスは最近、暴走のこととか、シューレさんのこととか、いろいろあるし。
それに……なによりこの嫌な予感。
胸の奥でもやもやするもの。
アイリスが今、危機に瀕している。
そう思えてならなかった。
「緋色。姉さんと最後に別れたのは?」
「校舎だけど」
「なら、校舎を探しましょう」
校舎……か。
「そうは言っても、あの校舎を探すなんて……」
あの校舎はとんでもない広さなのだ。
それこそ、日本でいえば県一個分はあるかもしれない。
例えアイリスが校舎に残っているとして、どこにいるかなんて予想も出来ない。
「そうだけど、でもそれに賭けるしかないでしょ……ナユタとかにも探してもらってるんでしょ? なら、全員で校舎の隅から探していけば、見つかるかも」
「……そう、だね」
だったら、早速皆に連絡をとらないと。
「ねえ、緋色」
連絡をとろうと仮想モニタ―を出したところで、スイがぽつりと声をかけてきた。
「ん?」
「……ありがとね、アイリス姉さんのためにここまで必死になってくれて」
「なに言ってるのさ」
スイの肩を軽く叩く。
まったく、同じようなこと、何回も言わせないでよね。
「こんくらい、当然だよ。アイリスは大切な友達なんだから!」
「……うん。でも、ありがと」
「どういたしましてっ!」
†
「っ……く!」
吹き荒れるのは、暴虐の嵐だ。
広大な宇宙空間を、妖しい紫色の光が無数の流星となってわたしに降り注ぐ。
「ぐ、ぁ……っ」
「ほらほらほらぁ、どうしたんですかあ!?」
紫の光を纏い、シューレは悠然とわたしを見下ろしていた。
その風格は既に人の域にはない。
これまで、どれほどシューレが本気を出していなかったかが分かる。
恐ろしい。
恐ろしい。
ただひたすらに恐ろしい。
《顕現》すらしていないのに。
それでもなお、感じる狂気。
これが人間なわけがない。
あの人の形をしたものは、間違いなく人外の部類に他ならないだろう。
「ふふっ、ねえ? はやく本気を出さないと、死んじゃいますよ?」
シューレは嗤うと、右手をわたしに差し出した。
次の瞬間、空間を紫の閃光が断った。
――わたしの、左腕ごと。
「っ、がぁあああああああああああああああああ1」
傷口から、大量の血が噴き出す。
切断面を抑え、わたしはシューレを見上げた。
身体が震える。
嫌だ。
こんなものに相対するのなんて嫌だ。
今すぐに逃げ出したい。
そう願ってしまう。
そんな自分がいやになった。
逃げる?
恐れる?
なぜこのような者を相手に、そんなことをしなくてはならないのだ。
挑めよアイリス。
心のどこかでは、そう自分を鼓舞するわたしもいる。
でもその声はあまりにもか弱い。
わたしの勇気の、なんとちっぽけなことか。
わたしが弱いから。
わたしに力がないから。
だから、こんな風に蹂躙される。
悔しかった。
「っ――!」
不意に、左腕の切断面から黒いなにかがあふれ出す。
「あはっ!」
それを見た途端、シューレが嬉しそうな顔をした。
「それそれそれですよぉ!」
「……!」
暴走。
私の想いが、勝手に暴走を始めていた。
なぜ……このタイミングで!
慌てて、暴走を抑え込む。
「なにをしているんですか?」
私の身体を紫の弾丸が射抜いた。
「が……っ!?」
「ほら、早く解き放てばいいじゃないですか」
身体のところどころを、紫の光が射抜いていく。
「あなたのその醜くい想いを私にぶつけてくださいよぉ! 痛めつけて! 叩きつけて!傷つけてくださいよ!」
「っ……この、狂人が……!」
「狂人で結構!」
シューレが両腕を広げると、大量の紫色の光が、星々のように宇宙に浮かんだ。
「こんなつまらない条理こそが常で、そうでないものが狂というのなら、私は狂人でいいのですよ! それこそ私なのですから! 私は正しい、むしろどうかしているのはこの条理のほうだ!」
世界が、震えあがった。
そう感じた。
シューレを中心に、なにかが広がる。
それは間違いなくいけないものだ。
シューレの言う条理というものが、シューレの想いによって捻じ曲げられていく。
傷を。
痛みを。
狂気を。
「っ……!」
耳をふさぎたくなる。
けれどこれは、耳を塞いだくらいで拒絶できる程度のものではない。
「あなたは私と同じ狂気に生きるものだ……さあ、早くその本性を見せてください」
「違う……私は……!」
「違いませんよ!」
宇宙を包む紫の星々が脈動する。
「何一つ、違わないことを……これで証明してあげますから!」
「――!」
流星雨が降る。
破壊の嵐が眼前に迫る中、わたしは……。
「ぁ……」
塗りつぶされる。
頭の中が、黒いもので。
それは――。
「あぁあああああああああああああああ!」
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
それは、いきなりの登場だった。
宇宙空間を切り裂くように、巨大な鎌が振るわれ、紫の流星雨を払う。
その後ろ姿に、覚えがあった。
見間違えるわけがない。
「……緋色?」
「や、アイリス。やっと見つけたよ」
にやりと、肩越しに緋色が嗤う。
「それにしても……なんか、凄い姿だね」
「……言うな」
自分でも手ひどくやられたのは自覚している。
「……えい」
緋色が大鎌を振るうと、私の身体を温かな光が包み込んだ。
すると、光の粒子が私の左腕を再生させる。
「……こんなこともできるのか、お前は」
「ま、一応もどきとはいえ《顕現》ですから」
笑うと、緋色はそのままシューレに向き直った。
「邪魔をしないで欲しいのですがね?」
「……うっさい」
緋色のその声は、今までに聞いたことがないくらい……冷たかった。
「いい加減にしろ。あんたごときが、私の大切な友達になに手ぇ出してるのさ」
緋色は大鎌をシューレに向ける。
「狂気だとか想いだとか、そういう小難しいのはもういい。あんたはアイリスを傷つけた、私の大切な人を傷つけた……どうなるか、わかってるんでしょうね?」
「へえ、どうなるっていうんですか?」
「ぶっ飛ばす」
緋色の姿が、いつの間にかシューレの背後にあった。
「この、ストーカーが!」
大鎌が振るわれる。
しかしそれをシューレはあっさりと避けて見せた。
「弱いですね。薄いですね。あまりにも軽い。そして歪だ。醜くもないのに、美しくもない。なんとも目ざわりですね、あなたは」
吐き捨てるように告げて、シューレは緋色に手を向けた。
強大な力を感じた。
「消し飛んでください」
「緋色っ!」
まずい。
そう思った時には、シューレの力は解き放たれていた。
絶対破壊の威力を持った光が緋色に叩きこまれる。
――直前。
白銀が、紫の光を打ち砕いた。
「……いい加減、うざいって、あなた」
舞い降りたのは、万能の《顕現》をしたナユタ。
そしてエレナにスイ、茉莉や小夜までいた。
皆が、シューレを囲んでいる。
「アイリスや緋色に手をだしたんだから、私達全員を相手にする覚悟はあるんでしょ?」
ナユタの鋭い声。
「よくもまあ、人の姉につきまとってくれるものですね」
「この狂人が。めざわりというなら、そっちがでしょう」
エレナとスイが、珍しく怒っているのが分かった。
私のために、怒ってくれているのか……?
「見過ごせない……アイリスも、私の大切な生徒だから」
「前々からあなたの行動は目にあまるんですよ」
茉莉に、小夜も……。
「……ふん」
シューレが鼻を鳴らす。
「ま、いいでしょう。今回は素直に引きますよ。あなたたちなんかと戦っても気分がわるくなるだけですからね」
「逃がすと思うの?」
ナユタが純白の翼を広げる。
「逃げられないと思いますか?」
刹那。
狂気が溢れだした。
「――!?」
無数の紫の羽が乱舞する。
その中で、シューレの姿がかききえる。
「っ、待……!」
そして、シューレは消えた。
「っ、逃がしたか……」
「……まあいいじゃん」
悔しがるナユタに緋色が言う。
「アイリスを助けられた。それで十分!」
そして緋色は、私に笑いかけてきた。
……ああ。
ありがとう、緋色。
そして、皆。
…………けれど。
わたしは、皆に守られなければならないわたしが……。