破滅の想いはっ!
「――ということらしいよ」
砂漠の教室で、私はアイリスにさっきツクハから聞いたことを話していた。
「シューレが、そんなことをな……」
アイリスが苦い顔をする。
「どうしてあんなどうしようもない人間が……それだけの力を持つのだ」
「……そうだね。シューレさんに力がなかったら、こうはならなかったかもしれない」
でもね、アイリス。
アイリスは気付いているのかな?
《顕現》って、そういう力だよ?
理不尽なくらいどうしようもない想いを抱えた者こそが強者。
そういう力なんだと、私は思うんだ。
自己こそが全ての中心であり、自己の法こそ全てを支配するもの。
結局のところ、《顕現》の強度っていうのはそこに帰結する。
「学園側もいろいろやってるみたいだけど……」
「……改善はされていない、のだろうな」
「うん」
「……」
アイリスが深いため息を吐く。
「なにを考えているんだ、あいつは」
「さあ」
人を好んで傷つける人の気持ちなんて、私にはわからないけれど。
でも、一つだけ分かること。
それは……傷つけることこそ、彼女の想いそのものであるということ。
他人であろうと、自分であろうと。
「――あなたに気付いて欲しいんですよねえ」
「っ……!?」
声は、空から聞こえた。
視線をあげるとそこには……シューレさんの姿があった。
「シューレ……!」
「おお、怖い顔をするんですね」
シューレさんがひどく嬉しそうな顔をする。
「いいですよ、もっともっと私に敵意を持ってください。害意を、殺意を。それでこそ、そうでなくては、それがいい」
けらけらとシューレさんが嗤う。
「……貴様はなにがしたい」
「はて」
アイリスの問いシューレさんは首を傾げた。
「言ったはずですが。気づいて欲しい、と」
「気付くだと?」
「ええ。人を傷つけることはこんなにも簡単で当たり前のことなのだと。あなたに。だから私が実演してみせたのですが……どうやらこの調子では伝わらなかったようですねえ」
シューレさんが顎に手を当てる。
「ふむ、となるとどうしたものか……」
「貴様……」
アイリスの鋭い視線がシューレさんにそそがれる。
「ふざけるな。実演だと? そのために何の罪もない一般生徒を傷つけたと言うのか?」
「はい」
悪びれることなく、シューレさんが頷く。
「それが、なにか?」
「貴様は……! なにが目的なんだ! どうしてそんなことをする! 私に用があるのなら、他人を巻き込むな!」
「そうはおっしゃっても……あなたがやる気を出してくれないのだから仕方ないじゃないですか」
シューレさんは腰に手を当てて、少し拗ねたようにいう。
その様子はかわいらしい少女のものだが……実際には、そこには大きな狂気があった。
「あなたの全力が見たいのです。暴走する力。狂暴な想い。それをぶつけてほしい、私の身を切り刻んで欲しい。私もあなたを切り刻むから。傷つけ合いたいんですよ、私は、私と同等同質のものと」
「それは違うよ」
私は、即座にシューレさんの言葉を否定した。
「おや? あなたには話しかけていないのですが?」
シューレさんは、はじめて私の存在に気付いたとでもいうような顔でこちらを見た。
アウト・オブ・眼中ってことですか。
「それはごめんね。でも、黙ってられなかったから」
だって、そうでしょ。
シューレさんは、とんでもないくらいアイリスの評価を間違っている。
「アイリスは、あなたとは同じじゃないよ」
「ほう?」
「だって私の知ってるアイリスは、あなたみたいに傷を愛するような人じゃないから」
すると、シューレさんの口元に凄絶な笑みが浮かぶ、
「傷を愛する、ですか。なるほど、それはなかなか私を上手く現したものですね。ですが、彼女と私が違うという点には、私も反論せざるをえません。あれだけの醜い暴走をする想いが高尚なものであるわけがない」
シューレさんはきっぱりと断言する。
「違うよ……絶対、違う」
理由なんてどうでもいい。
いろいろ言葉をならべたって、きっとシューレさんは納得してくれないだろうし。
それに私自身、どんな言葉を使えばいいのか分からないから。
だからただ、信じる。
「アイリスはあなたと違う。あなたはアイリスと違う」
「……お話にもなりませんね」
やれやれとシューレさんが首を振るう。
「まあいいでしょう。今回は、一つばかり忠告をしにきたまでのことですから」
再びシューレさんの目がアイリスに向く。
「忠告だと?」
「はい」
シューレさんが両手を広げた。
途端。
「っ――!?」
強大なプレッシャーが私達に襲いかかった。
「いい加減にしないと、こちらも我慢の限界ですよ?」
シューレさんの身体から、仄暗いなにかが立ち上る。
「ずっと、ずっと我慢しているんですから。あの時あなたの醜い想いに魅入られてから、ずっとずっとずっと。疼くんですよ。身体の奥で、熱いものが」
自分の身体を抱きしめ、シューレさんは熱っぽい目をする。
「早く、してくださいね?」
「っ、貴様は……!」
「それでは、今日はこのあたりで」
シューレさんの姿が消える。
と同時、プレッシャーもなくなる。
「……」
「……っ」
アイリスが足元の砂を蹴りあげる。
「私はあんなやつに威圧されただけで……情けない!」
アイリスの身体は、微かに震えていた。
それは、私も同じ。
「あれは……」
あれは、なんだ。
シューレさんの想いの一端を肌で感じた。
それは、破滅の想い。
傷を愛する。
他者を傷つけることを、自分が傷つくことを。
ただただ傷つけることでのみ己は己を認識できる。
痛みこそ至上。
熱い痛みを、生を実感させる痛みを、死へと向かう痛みをこよなく愛する。
そんな想い。
なんて、悲しくて、寂しくて、辛いのだろう。
私にとってみれば、その想いは地獄だ。
けれどシューレさんにとってみれば、それこそが天国。
人と人とは、こんなにも違うものなのか。
恐ろしいと。
これまでの人生で、もしかしたら一番、人間という生き物が恐ろしいと感じた瞬間かもしれない。
私とはあまりに違う。
私の認められるものではない。
それでもそれは……間違いなく、想いなのだ。
なんなの?
想いって、一体なんなの?
善悪だとか、そういうのもあやふやになってくる。
だってシューレさんにとっての善こそ私にとっての悪で。
私のとっての善こそシューレさんにとっての悪で。
どちらが正しいのだろう。
……分からない。
頭のなかがぐちゃぐちゃだ。
「い……おい、緋色!」
「っ……あ、なに?」
アイリスに名前を呼ばれていることにまったく気づいていなかった。
「どうしたんだ?」
「……ううん、なんでもない」
「そうか?」
心配そうにアイリスが私の顔を覗き込む。
「大丈夫だよ!」
心配させたくなくて、笑顔を浮かべる。
「それより、シューレさんのことだよ。あの人、またなにかするつもりなのかな?」
「まあ、これで終わり、ということはないだろうな」
アイリスが渋い顔をする。
「とりあえず、ツクハさんに報告しておくか」
「……だね」