昔はっ!
「おっはよー、ツクハ!」
理事長室に突っ込んでみた。
突っ込んでみた。
二度言ったことに特に理由はない、本当ダヨ?
ちなみに理事長室に突っ込んだ理由は……特にない!
あえていうなら、暇だったから?
いや、少ししたらアイリスと《顕現》の練習をする約束が入ってるんだけれど、それまでがね。
というわけで、ツクハに会いに来たというわけだ。
「あ、おはよう緋色。今日も元気だね」
「元気だけが取り柄の緋色ちゃんですから」
「またまた。緋色は他にもいいところ、いっぱいあるよ」
「褒めたってなにも出ませんね」
とかいいつつ事前に買っておいたクッキーの缶詰をなにもない空間から取り出す。
「はいこれ。それなりにいいとこっぽいところで買ったから多分美味しいはず」
「ありがと。一緒に食べない?」
「ツクハが問題ないのなら、もちのろん」
断るとかありえねーです。
「それじゃ」
ツクハが指を鳴らすと、テーブルの上に紅茶のそそがれたカップが二つ現れる。
さらに白い皿が現れたかとおもうと、私の持ってきた紅茶の缶詰がひとりでに開き、中からクッキーが浮かんで皿に並ぶ。
あっというまに、ちょっとしたお茶会な雰囲気だ。
「それじゃあお邪魔して」
高そうなソファーに腰をおろす。
向かい側にツクハが座った。
「そろそろここの生活にも慣れた?」
「まね。これでも順応力は高い方なんだ」
「ならよかった」
ツクハが微笑んで、紅茶に口をつける。
「クラスのみんなとは?」
「私としては仲良くやれてるつもり」
「それはなによりだね」
「ですよ」
皆いい美少女で、緋色ちゃんとってもハッピーですしね。
「このあともアイリスと約束があるんだ」
「そうなんだ……あー」
ふと、ツクハが苦笑する。
「ん、どうかした?」
「いや、ちょっとね……」
ツクハが肩をすくめる。
「緋色との学園生活、楽しそうだなあ、と思って……そういえば私、学生だったことなんて一度もないし」
「そうなの?」
「ま、いろいろあって学生時代の時は引きこもってたんだよ」
「ええ!?」
引きこもり?
ツクハが?
えー、マジで?
「ちょっと信じられないかも」
目の前にいるツクハからは、とてもじゃないが引きこもりなんて単語は思い浮かばない。
「嘘じゃないよ。そりゃもうとんでもない引きこもりでしたとも」
なぜそこで胸を張る。
「なにせ引きこもり治る過程で一度天界魔界を全滅間際までおいやったからね」
「……」
はて。
今とんでもないことを聞いた気がするが……よし、忘れよう。そうしよう。
「あの頃の私は今と違ってアレだったしねえ」
「話を続けるんかーい」
せっかく人がスルーしようとしたっていうのに。
「っていうか、アレってなにさ」
「まあ、性格的な問題?」
「……例えば、どんな?」
「んー……例えば、かあ。なんか恥ずかしいなあ」
自分から話題を振っておいてなにをいまさら。
「しいて言うなら……ローズ=シューレに近いかな」
「え?」
また、その名前か。
ここのところ、よく聞くなあ。
「なんで、シューレさんに近いの?」
「思いこみからくる暴走とか」
「はあ……」
思いこみ、ねえ。
例えば、なになに君は私のものなんだから誰にも渡さないんだから絶対に一緒にいなくちゃだめなんだからあいつに渡すくらいならもうなになに君なんて嫌だやっぱり無理だよなになに君にこんなひどいことできないそうだだったらこうすればいいんだよね一生面倒見てあげるからねずっと一緒にいてねあははははは――みたいな感じですか?
あ、違う?
「そういえばローズ=シューレといえば、最近、一般生徒で彼女の被害に遭う子が増えてきてるみたいだね」
「え?」
シューレさんの被害、って……。
「結構噂になってるけど、聞いてない? 前々からあるにはあったんだよ、あの子が誰かを瀕死の重傷まで追い込んだ、とか、そういう話が」
瀕死の重傷って……そんなけろりと言っていいことじゃないんじゃないの?
そりゃ回復魔術があれば大丈夫なのかもだけど、それにしたってさ……。
「もちろん放置していたわけじゃないよ? いろいろ処罰もしたんだけど……どうにも、ね。暖簾に腕押しというやつかな。まるで反省してくれないんだよ。追放しようにも、勝手に戻ってきそうだし……かといってまさか殺すわけにもいかないでしょ?」
「そりゃ、まあ……」
なんか、いきなり重いな……。
「まあ、やりすぎたら……それこそ誰かを殺してしまうとか、そういうことをしてしまったなら相応の対応をとる必要も出てくるけど……それは本人も分かってるだろうから、そこそこ自重はしていたみたいなんだけど」
「瀕死の重傷が自重って……」
そんなのあり?
「彼女にとっては少なくとも、そうなんだと思う」
「……」
「そんな彼女の動きが最近派手になってる。きっつい処罰を何度もしてるのに、おさまらない。それどころか激化している節さえある」
ツクハが眉間に皺を寄せる。
「既に被害者はここ数日だけでも三十人を超えてるんだよ」
「そんなに?」
「そんなに」
ツクハが疲れ切った顔をする。
「正直、参っちゃうよね。こっちとしては平和な学園生活を楽しんでもらいたいんだけど……あ、ごめん。なんか愚痴っちゃったね」
「あ、いいよいいよ。むしろ私でよければ愚痴なんていくらでも聞きますとも」
「いや、でもこんな話……」
「こういうの、ツクハに信頼されてる感があって、ちょっと嬉しいし」
うん。
愚痴って、多少なりとも信頼している人にしか言わないもんね。
それでいくと、ツクハは私を信頼してくれているわけで。
「……ハズレ」
「え?」
ハズレって、え、それ信頼云々のとこ?
違うの!?
信頼されてないの、私!?
「信頼されてる感じゃないでしょ。私はほんとに、緋色のことは信頼してるよ?」
「……おおう」
なにそれ。
新しい殺し文句ですか?
「べ、別にそんなこと言われたって嬉しくなんてないんだからね!」
「ふふっ……」
笑うな!
「と、そろそろ私は書類仕事に戻らないとまずいかな? じゃないといろんな人に怒られちゃう」
「あ、ごめん、やっぱり忙しかったの?」
「んー。忙しくなかったというと嘘になるけれどね。でも、いい息抜きになったよ。ありがとう、緋色」
そう言って、ツクハが微笑む。
「むぅ」
そう言われると……嬉しいじゃないか。
「また来ても大丈夫?」
「もちろん……と言っても、本当に忙しい時は相手ができないかもだけど」
「そのくらい分かってるよ」
さて。それじゃあおいとましますか。
「じゃね、ツクハ」
理事長室を出ようとして、ふと言い忘れたことがあることに気付く。
「あ……でも、ツクハなら今からでも学生出来そうな気がするけどね」
外見的に、普通に学生でも通用するだろう。
「え、本当?」
「うん」
マジもマジだ。
「そっか……んー、でもまあ、今は理事長やってるのも楽しいし、このままでいいかな」
「そうなんだ。私もツクハと学園生活ってのを楽しみたかったけど。残念」
「ふふっ。そうなんだ」
「そうなんです……じゃあ、こんどこそばいばい」
「うん。ばいばい」