させたいのはっ!
月をー。
見ながらのー。
月見飲むヨーグルトー。
へいへいへいっ!
とか適当な歌を口ずさみつつ、アパートの屋根の上から月を見上げる。
「いやあ、風流だねえ」
とか呟いてみたり。
ぶっちゃけ月をアパートの屋根から飲むヨーグルト片手に見上げるとか意味不明ですけどね。
「ん……く、ぷはぁ!」
飲むヨーグルトを一気に飲み干す。
「さあて。そろそろ中に入ろっかなあー、っと」
「あら。もう少しゆっくりしていったら?」
「……あ、そうっすね」
聞こえた声に、私は立ち上がろうとしていたのを中断する。
隣に白銀が舞い降りた。
「つか、またいきなりですね、エリスさん」
「ふふっ。いけない? 私はあなたにまた会えてうれしいのだけれど、あなたはそうではないのかしら」
「口説かんで下さい。友達の親から口説かれるとか、マジ背徳感で緋色ちゃんドキッですよ?」
「年増は嫌い、ってことかしら?」
「いやいやいや」
あなたほどの美貌で年増なんて呼んだ日にゃ、世の女性の七割は年増ですけど?
それどこの真正ロリコンだよ。
幼稚園以上はオバサンってやつですかい?
「……それで、そんな冗談はともかく、今日はどんな用事ですか?」
「ただ会いに来た、というのは?」
「本当ですか?」
「……まあ、用事があると言えば、あるのだけれど」
「やっぱり」
エリスさんが現れるのは、いっつもなにか意味深なことを言う時だけだ。
「それで今回はどんなことですか?」
「まず一つ。あの子――ローズ=シューレには気をつけなさい」
あ、知ってるんだ。
「やっぱり、やばい人なんですか?」
「そうね……あの子の想いは『破壊し破壊される自分』に集約されるわ。破壊することは喜びで、破壊されることは悦び。個人的にはあまりこういう言葉を使うのは好きではないのだけれど……もし化け物と呼べる人間がいるのであれば、その一人は間違いなくあの子ね」
「はあ……」
やっぱすげーんだなあ、シューレさん。
「緋色……おそらくあなたは、シューレとぶつかることになるわ。その時は負けないようにね」
「え、マジっすか」
戦う?
あの人と?
えー。
「マジよ」
笑顔で頷かんで下さい。
「まああなたなら大丈夫だとは思うけれど」
出た出たでました。
大丈夫だと思うけど。
これプレッシャーなんですよねえ。うふふ。
「私は、戦いたくなんてないんですけど?」
「向こうはそうは思ってくれないわ」
「ですかねえ」
うわー。
本当に嫌だなあ。
「……つか私、《顕現》もまともに出来てないんですけど」
「大丈夫よ」
エリスさんが微笑む。
「あなたはそれでいいのよ。そうでなくてはね」
「え? それって……?」
「なんでもないわ」
出ましたよ、意味深発言。
「それはそうと、あなたに気をつけてもらいたいこと。もう一つ」
エリスさんの表情が、真剣なものになる。
「アインス達には気をつけなさい」
「アインスって……?」
「ああ、覚えていないのよね……この間あなたを襲ったフィーアの姉妹たちのことよ。アインス、ツヴァイ、ドライ、フィーア、フュンフ、ゼクス」
「また安直な名付けを……」
ドイツ数字じゃん。
「あの子達には名付け親などいなかったから……自分達を数で呼ぶくらいしかできなかったのよ」
どこか辛そうな微笑みをうかべ、エリスさんは言う。
「……何者なんですか、その人達って?」
私が見たフィーアという人間は……ナユタにそっくりだった。
「知りたい?」
エリスさんの瞳が私を見つめる。
「……」
妙なプレッシャーがあった。
「……もう少ししたら、嫌でも分かるわ。そう……嫌でも、ね」
エリスさんが肩を竦める。
「一つだけ、聞いていいですか?」
「なに?」
「……エリスさんは、私になにをさせたいんですか?」
「なにかをさせたい。そう見える?」
「はい」
というか、そうじゃなきゃ納得できない。
エリスさんが私をこの世界に連れてきて。
たびたび私の前に現れて。
多分、それは普通のことではないのだろう。
そんなことをするからには、私になにかを要求している。そうとしか思えなかった。
「……きっとそれを知ったら、あなたは私を軽蔑するわ」
「え?」
「なんでもない」
エリスさんが首を横に振るう。
「最後に一つだけ。緋色……ナユタや、ほかの子達のことをよろしくね。守ってあげて、支えてあげて」
「……」
エリスさんの言葉には、切実な響きがあった。
「……なーに言ってるんですか」
笑い飛ばす。
そんなシリアスに言われてもねえ。
「友達を守るのも支えるのも、言われるまでもなく当然のことでしょうが」
「……そうね」
エリスさんは、少し間をおく。
「そうだったわね……」
白銀が空間に溶ける。
「緋色……でもね、あなたいつまでも友達友達って、そういう認識のままでいいの?」
「へ?」
「これ、年増からの余計なお世話だから、忘れてもいいわよ」
そしてエリスさんの姿が消えた。
……はい?
†
血まみれの身体を放り捨てる。
「ふ、ふふっ」
ああ、楽しい。
なんて楽しいのだろう。
「は、ははっ、ははははははっ!」
悲鳴をあげる誰かを傷つける。
泣きわめく誰かを傷つける。
立ち向かってくる誰かを傷つける。
「あははははははははははははは――ッ!」
傷つける傷つける傷つける傷つける傷つける。
傷つけて傷つけて傷つけて、さらに傷つけて。
ああ、もう本当に楽しい。
でも――足りない。
足りない足りない足りない足りない。
傷つけるだけで、誰も私を傷つけてくれない。
誰か。
ああ、そう。
あなた。
早く私を傷つけて。
私も傷つけるから。
傷つけあいましょう。
「そこまでだ」
首筋に銀色の剣があてられた。
その人は、突然現れた。
「おやあ、あなたは……」
「相も変わらずの問題児だな、シューレ」
「嶋搗先生じゃないですかあ」
これはなんとも運がいい。
腕を振り上げる。
この人となら、私は傷つけ合える!
「興味がない」
次の瞬間、私の身体は後ろに吹き飛んでいた。
痛み、というものはなかった。
ただ衝撃があっただけ。
そして私の身体は地面を転がり、そのままぴくりとも動かなくなってしまう。
「お前の要望にこたえてやる義理はないし、そもそも俺はお前を喜ばせる道具じゃない。もう一度言う。お前に興味はない。戦うに値しない。そうして地面をはいつくばるのが似合いだ」
「……」
ああ、なんだ。
これだけ強大な力を持っているのに、この人も結局そうなのか。
傷つけるのが嫌だとか。
戦わないだとか。
そういった連中と同じ。
私と違うもの。
……やはり、力があるだけではだめだ。
あの人のように、狂気がないと。
「しばらくそこで頭を冷やしていろ……まったく。さっさと治療してやらないとな」
そう言って、嶋搗先生は私がぼろぼろにした生徒達に歩み寄る。
ああ。
なんて……くだらない。