その朝はっ!
目を開ける。
ぱちくり。
「知ら――」
「……知らない天井だ」
「おぉおおおおおおおおおおおおおおい!」
横から聞こえてきた声に、思わず叫ぶ。
「ちょっ、ま、定番のこの一言を何故奪ったし!」
跳び起きて、ベッドの横に座っていたナユタの肩を掴む。
「いや、なんとなく?」
笑いながらナユタが悪びれる様子もなく言う。
「悪戯好きなそんなあなたも好きっ!」
とりあえず抱きしめてやった。
「あー、こほん。ちょっと苦しいかな?」
「おお、そうかい?」
言われて、解放する。
どうやら力加減をミスったっぽいんだぜ!
「まったく、私じゃなかったらミンチになってたよ、今の」
「えへへー、ごめんちゃい」
ちょっと赤い顔でナユタが言うので、舌を出しつつ謝罪する。
って……赤い顔?
「おや? ナユタさん。顔が赤いですよ?」
「え?」
少し慌てた様子でナユタが自分の顔に触れる。
ほほー?
「もしかして私に胸キュンですかー?」
「そ、そんなわけないでしょ。もう!」
軽く肩を叩かれる。
「ですよねー」
知ってたよ?
うん。ナユタみたいなかわいい子の眼中に私なんて入らないんだろうね。
あはは……。
誰か、どうやったら美少女を落とせるのか教えてください。
「ところで、ここってどこ?」
辺りを見回すと、部屋には私が寝ている結構大きなベッドの他に、机やクローゼット、棚が置かれていた。いかにも寝室って感じ。
「私の家だよ。緋色、昨日あのまま寝ちゃったから。連れて来たの」
「あのまま寝る?」
ええと……。
「飲み会の帰りにお持ち帰りされたの、私?」
「なにいってるの。試練システムだよ」
「ですよね」
実は覚えていましたとも。
「そっか、気絶しちゃいましたかこの私は。貧弱さが露呈して恥ずかしい限りですんなあ」
「貧弱って……今こうしてけろりとしてる時点で貧弱とは正反対だけどね」
苦笑して、ナユタが立ちあがる。
「起きたなら、朝食食べようよ。今ソウが作ってくれてるから」
「ほう?」
今聞き捨てならない発言が出ましたよ奥さん。
「ソウとは同棲してるんですか」
「同居ね。ほら、ベッドから出て」
あっさり流されてしまった。
なんだいなんだい、もっとこう、あるでしょ。
そ、そんなわけないでしょ。もう!
とかそんな感じにツンデレ見せてくれていいのに。
あれ? なんか今の発言をどこぞで聞いた気がするのだが……まあいいか。
ナユタに言われるまま私はベッドを出た。
「こっちね」
ナユタに案内されるまま、寝室を出て廊下を抜けてリビングに入る。
リビングもまた、いかにも、って感じだった。
カウンター式のキッチンがあって、テーブルがあって、ソファーがあって、テレビがあって……。
あれ、ここって異世界ですよねえ?
なんかすげえ一般的な家なんすけど、これはいかに。
だが窓の外を見れば学園世界の中世と近代と未来的な建築が群立していて、やっぱりここ異世界だよね、と再認識。
その時、鼻孔をいい匂いがくすぐった。
テーブルの上に置かれた、目玉焼きとベーコンののった皿、こんがりと焼けたトーストが二つずつ目にとまる。
な、なんだこいつ、うまそうだぞ。
「ソウ、緋色が起きたからその分の朝食もお願いしていい?」
キッチンを見ると、ソウがピンク色のエプロンをつけて経っていた。
なん……だと……?
あのクール少女がピンクエプロン?
これは……革命だ!
「分かりました……どうしたのですか、緋色。そのように身もだえて」
「いいえなんでもないでーす!」
ちょっち妄想が銀河鉄道を駆けめぐっちゃっただけです!
「はあ……それで、朝食一人分追加ですね、わかりました」
ソウが冷蔵庫から卵とブロックのベーコンを取り出す。
コンロに置かれたフライパンに油を引いて、ソウがブロックのベーコンを空中に放り投げる。
って、何故投げるし!
食材がっ!
とか思っていると、ベーコンが薄く四枚剥がれるようにブロックから切り取られた。
「おおう?」
切られたベーコンとブロックのベーコンをソウがキャッチして、切れた方をフライパンに乗せる。
肉の焼ける匂いキタコレ!
おおう、吾輩の胃よ、もうすこし我慢するがよい。
まだやつは焼けておらぬのでな。ふははははは!
焼けろ焼けろ!
悲鳴のように油の跳ねる音を立てて焼けてしまえい!
なんて考えてる私を傍目に、ソウはブロックのベーコンを冷蔵庫にしまいながら、卵を肩越しにフライパンの方に放る。
またっすか!?
空中で弧を描きながら、卵の殻が綺麗に真っ二つに割れて、中味がフライパンにのっかった。
なぜ今ので黄身が割れないのだろうか。不思議だ。
割れた殻は、素早く元の位置に戻ったソウがキャッチして、シンクの隅にある――あれなんて名前だっけ――の中にシュート!
スリーポイントシュートだ!
さらにソウは食パンをどこからともなく取り出して、トースターに放り込んだ。
「か、華麗なる準備だぜ……」
冷や汗が私の頬を伝う。
今の朝食準備にかかった時間、実に一分足らず。
早い……クイックだ!
ただあの過剰な動作は必要だったのだろうか!
きっとそこはつっこんじゃいけないんだと思う! 私空気読める子!
「ソウさん、毎日私に朝食を食べさせてください!」
思わず地面に片膝ついてソウの手をとってそんなことを言ってしまった。
「……他の人にどうぞ」
「がーん!」
ふ、ふられちまった。
地面に崩れ落ちる。
「……緋色って、なんか手当たり次第にそういうこと言うよね?」
「そんなことないよー。かわいい子にだけだよー」
そしてナユタもソウもかわいいんだいー。
「かわいい?」
「そだいー。インド人嘘つかないアルヨ」
あ、やべちょっとチャイナ混じった。
「へえ、かわいいか……ふうん」
「うん? なんで笑うのかねナユタばあさんや」
「気にしなくていいですよ、緋色じいさん」
おおう、返されちまったぜ。
†
「ごちそうさま」
「美味でございました」
ふ、ふふ、ふ……本当に美味しい朝食だった。
これはもう、叫ぶしかあるまい。
「ええい、シェフを呼べ!」
「ここにいますが?」
「そうでしたっ!」
すっかり忘れてたぜ!
も・ち・ろ・ん、嘘だけど。はぁと。
「改めて、ゴチでした!」
「お粗末さまでした」
ソウが言いながら、私とナユタの空の皿を回収して、キッチンに持って行って洗いはじめる。
「ええ嫁や」
「嫁ではなく、ナユタの侍女です」
「へえ、侍女……侍女!?」
ちょっと待った。侍女ってあなた……え?
「ナユタってもしかして、いいとこのお嬢様なの?」
侍女っていうと、なんか貴族なイメージなんですけど。
「違うよ。ただ、ちょっと私の親が凄い人達でね。その上心配性だから、親元を離れる時に半ば無理矢理連れて来させられたんだよ」
苦笑しながらナユタが説明してくれる。
「ふうん。そうなんだ」
凄い人って、どう凄いんだろ。
ナユタの親でしょ?
……うーん。想像がつかない。
まあ仕方ないか。ナユタとは出会って間もないし。
「さて、お腹も膨れたところで、今日の予定を話そうか」
「ら、らめえ、もうそれ以上、入れないでぇええええ!」
「……?」
「ごめんなんでもない」
お腹も膨れたというフレーズでそんな想像をした自分がなんだかとても惨めです。本当にありがとうございました。
ナユタの不思議そうな目が痛い!
この子、ピュアやわ!
「ええと、それで、基本しばらく緋色の面倒は私が見ることになったから。ツクハさん曰く、先輩として後輩の面倒を見なさい、ってことらしいよ」
「それはそれは、御迷惑をおかけします」
「別にいいよ。緋色は面白いしね」
面白いって喜んでいい評価だよね?
だよね?
いやっほぅぃ!
「で、とりあえず特別クラスについての説明なんだけど」
「そういや私、そんなクラスに所属するんだっけね」
あの試練をクリアしたから問題なく入れたわけだ。
ふふ。あんな試練をさせるなんて、今更だけどどんな鬼畜なんだろ。
終わったことだし、それなりに楽しめたからいいけどさー。
ちなみに楽しみ方としては幻影の四肢を先からゆっくり細切れにしたり自爆技連発してみたりといろいろありました。
……私、壊れてたなあ。
まあ今は壊れ壊れていっそ正常値ですけどね!
「特別クラスなんだけど、実は授業とかはないんだ」
「へ?」
授業がない?
「どゆこと?」
「特別クラスの人は皆独特すぎて、授業が意味ないんだよ。だから各自、それぞれの修練を積むことが授業代わりなの」
「……へー」
世ではそれを自由登校と呼ぶ。
自由登校のクラス?
……なにそれ最高じゃん!?
「でも特権として、他の全クラスの授業に自由に参加していいんだ」
「そうなんだ」
「で、どうせだから今日はいろんなクラスを見回ってみない? 緋色はまだなにも分からないだろうし」
「んー」
いろんなクラスか。
まあまだなにもすることないし、いっかなー。
「オッケーです。それじゃあそういうことでお願いします」
「お願いされました」
ナユタが笑顔で頷く。
あー。
かわいーなー。
こんな嫁ほしー。
あ、そうだ。
どうせだし、この世界にいる間の目標を決めてみようかな。
私はかわいいおんにゃの子のハーレムを作る!
どーん!
どんどんぱふぱふ!
いぇー!
……ふぅ。
え、無理?
…………知ってるわそんなもん!
うあああああああああああああああん!