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後手後手はっ!

 その日、私は三姉妹の家に遊びに来ていた。



「ふうん、そんなことがねえ」

「気にするほどのことではない……と、言い切れれない辺り、あの人ですね」



 いかにもアンティークです、って感じのテーブルに四人で座って、ケーキと紅茶を楽しむ。


 出されたケーキは普通のショートケーキだった。


 が……。


 これ、超美味いんですけど。


 なにこれ。


 つか、さ。


 その前にまあ、一つ言わせて欲しいんだけど。


 三姉妹の家って……城なんだけど。


 いや……冗談じゃなくて、ね?


 城。


 キャッスル。


 シャトー。


 城壁とかあって、尖塔とかあって、私達がいるのなんて城の中くらいの高さのところにある空中庭園的な庭で、綺麗なバラとか一杯咲いてて……もうなんていうかひゃっほうって感じのお城です。


 なんでもイリアさんが昔暮らしていた城を再現したらしいけど。


 つかあの人城に住んでたって、何者なんですか?


 ちなみに現在この城、その大半を学生向けの賃貸として開放しているらしい。



「どうかしたか、緋色」

「あ、ううん。なんでもない」



 アイリスの言葉に首を振るう。


 ただあんたらの家のでかさにびっくらこいてるだけですわ。



「しかしローズ=シューレ……厄介な人に目をつけられてしまったみたいですね」



 エレナが溜息を吐く。



「やっぱり、厄介なの?」

「ええ」



 紅茶を一口飲んで、エレナはさらに溜息を吐いた。



「調べてみたら、まあ驚きましたよ。本来、あそこまで精神の破綻した人間はこの学園には入れないはずなのですが……どうやら自力でこの世界に突入してきたらしいです」

「……自力で?」



 スイが目を見開く。



「冗談でしょ? 一部の、この学園の存在が公開されている世界からの進学か、あるいはこの学園の自動勧誘システムでの招待以外で、ここに来たって言うの?」

「まあ……驚くべきことですが、《顕現》が出来ると考えれば、あり得ないことではないですしね」

「……つまりあいつはこの学園ではなく、この学園に来る前に自力で《顕現》にいたったわけか」



 え、マジで?


 アイリスの言葉に驚愕する。


 だって《顕現》だよ?



「《顕現》って独学でなんとかなるようなものなの?」



 少なくとも私は、この学園でそれを知らなかったら、絶対に欠片も《顕現》なんて出来ていなかったと、そう思う。



「もともと《顕現》は、誰しも少なからず資質を持つものですからね。緋色はあまり自覚がないかもしれませんが、おそらく状況によってはこの学園の存在などなくともあなたは《顕現》出来ていましたよ。そうですね……例えば、異世界トリップ、というのですか? 平和な日常からモンスターのいる世界での冒険に身を投じることになれば、確実に遅かれ早かれ《顕現》に到達していたでしょう」

「そうなの?」

「そういうものなんですよ《顕現》とは。自己を信じられる者が、自己を確立した時に得られる力なんです。辿り着くものが辿り着くべきときにいたる、そういう力ですよ」

「……自己、ねえ。まあ、私はまだまだ不完全な《顕現》しかできてないんだけど」

「すぐですよ、完全な《顕現》までは。あなたなら」

「そうかなあ」


 でも……自己、自己、自己か。


 やっぱり、いまいちあれなんだよなあ。


 確かに自分をしっかり持つのが大切で、それが強さってのは分かるけれど。


 ……そればっかりなのは、どうなんだろ。


 つきつめて言えば、それは究極の自己中でしょ?


 自己中って、私的にあんまりかっこいい感じではないんですよねえ。


 まあ、あくまで私の意見でしかないけれど。



「それで話を戻しますが、単独《顕現》を成し遂げたのは、この学園世界が生まれた黎明期に数名いた程度……あとは全て、学園管理下での《顕現》覚醒でした。シューレはこの学園の歴史に残る異常な存在だったと言えるでしょう。しかも、あの精神構造。学園も放っておけず、学生という形でここに縛り付けることに決めたようです」

「縛り付ける、か」



 アイリスが口元に手を当てる。



「しかしいつまでも学生のままではないぞ?」

「ええ。最初が学園生活の中で性格の矯正が行われることを期待したそうですが、ここまで来てそれが期待できない現状、学園も頭を悩ませているみたいです」



 ……なんか、あれだなあ。


 スケールでかい話だ。


 シューレさんって、なんか凄い人なんだなあ。良くも悪くも。



「ようやく自覚した。わたしはとんでもないものに目をつけられたのだとな」



 アイリスが肩を竦める。



「今さら? この間の試合の時に十分分かっていたことじゃないの?」



 スイの言葉に、アイリスは苦笑した。



「あの時の、前後の記憶はほとんどないからな。まあ、嫌な奴だった、ということくらいは覚えているが」

「あ……そっか」



 スイが僅かにアイリスから視線を逸らす。



「……気を使うな」



 アイリスの手が、スイの頭にのる。



「妹である自分の方が先に《顕現》して申し訳ないとでも思っているのか?」

「そういうわけじゃ……」

「舐めるな、スイ」



 ぐしゃぐしゃとアイリスがスイの髪を撫でまわす。



「妹に先を越されるのなら、とうの昔にエレナで経験している。そのくらいで落ち込むものか。《顕現》が出来ぬからなんだ。その程度のことでわたしに気を遣うな。むしろそれは癇に障るぞ」

「……」



 スイが鼻を鳴らす。



「うるさいわね、この馬鹿姉」



 スイがアイリスの手を払いのける。



「髪が乱れたじゃない。どうしてくれんのよ」

「ふっ」



 アイリスが微笑する。


 そんな二人の様子に、私とエレナは顔を見合わせた。


 ……なんていうか。



「いい姉妹だね」

「私、仲間外れな気分です」



 小声でそんなことを話す。



「どれ、ならばわたしが貴様の髪を梳いてやろう」

「いいわよ、こら、やめなさい!」

「そう言うな。たまにはこういうのもよかろう」

「っ、この……怒るわよ!」

「はっはっはっ」



 あー。


 仲いいなあ。


 なごむわあ。



「……でも実際、シューレさんのこと、どうするの?」

「放っておきましょう」



 エレナが僅かに苦い顔をする。



「というか、そうするしかないんです。下手にこちらから干渉してあの人を刺激するのは下策ですし、無駄に警戒しすぎれば気疲れしてしまう」

「……じゃあなにか起きたら?」

「その時に決める、ということですね」

「後手後手かあ」

「後手後手です」

「うぅむ、なにも起こらなければいいけど」

「本当に、まったくもってその通りです」



「ふふっ。さあて、どうしましょうかねえ」



 遊びたい。


 あの人と。


 強大で、醜いあの人と。


 思い出す。


 醜い獣。


 凶悪な獣。


 ぞくりとする。


 身体の芯から、熱いものがこみあげてくる。


 いい。


 あれは、素晴らしい。


 私はああいうものと遊びたいのだ。


 壊したい。


 壊されたい。


 破壊こそ至高だ。


 力こそ絶対だ。


 でも、どうやらあの力を、本人が嫌っているらしい。


 どうしてだか、私にはまるでわからないが。


 さっさと受け入れて、暴走なりなんなりしてしまえばいいのに。


 そうしてもらうために。


 まずは――。



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