暴れるのはっ!
「……」
自分の掌を見つめる。
辺りはなにもない平原。
ここでなら、まあなにをしても問題ないだろう……。
例え……そう。
この力が暴走してしまっても。
「――《顕‐′‐,- ⁻`_‐_‐’-_‐‐_’‐-/――っ!」
黒があふれ出す。
右腕の先から、私が変質していく。
その色は黒。
暴れ狂う力が私の心を侵食してくる。
叩き伏せろ。
敵を倒せ。
勝利を掴みとれ。
蹂躙しろ。
蹂躙しろ蹂躙しろ蹂躙しろ蹂躙しろ蹂躙しろ――!
「うるさいっ!」
黒く染まった腕を振るう。
轟音が響いた。
それは空が割れる音か。大地が砕ける音か。
腕から私を侵食してくる黒を抑え込む。
「く……っ」
蹂躙を望む声が小さくなっていく。
破壊衝動が薄まる。
「わたしはそんなことは望んじゃいない……私は……!」
右腕がゆっくりと元に戻っていく。
「……っ、はぁ……はぁ」
荒い呼吸を整える。
「……なさけないな、わたしは」
呟く。
小さな声は、誰に聞かれることもなく虚空に溶けて行った。
「惰弱だから抑えが効かない……そういうことか」
どうすればいいのか。
強くなるしかない、のだろうな。
己の想いに振り回されぬように。
だが――。
だが、しかし。
なんだろう。
わたしの想い。
ありとあらゆるものを捻じ曲げるほどの、わたしの想いとは?
愛したいと、その想いを抱く者がいよう。
倒したいと、その想いを抱く者がいよう。
守りたいと、その思いを抱く者がいよう。
他にも、様々な想いを抱く者がいる。
わたしはなんだ?
どんな想いがある?
……。
「ははっ、こんな様を見られたら、母さまに殺されるな」
情けないにもほどがあるだろう。
特に、自分自身が分からない、なんていうこの状況は。
……見つけられるだろうか、わたしは。
わたし自身の想いと言うやつを。
「……なあ、お前はどう思う」
自然と、最近知り合った、彼女の顔が思い浮かんだ。
「緋色……お前は……」
†
「今は姉さんよりも、あの異質な少女をどうにかすべきかしらね」
白銀の女神に力を叩きつけながら、提案する。
「へえ? アインスがそんなこと言うって、そこまでやばいの?」
フィーアが首を傾げる。
「あれを見たツヴァイとドライなら分かるでしょう?」
「……そうですね」
「ま、なんとなくは」
そう。
あの少女は、少しばかり危険がすぎる。
「なにせアレ……私達の想いまで持って行っていたわよ」
「はぁ?」
フィーアが首を傾げる。
「それって……どういうこと?」
「姉さん繋がり、なんでしょうね。そこから影響が私達にまで及んだということ……さらには女神にもね」
目の前の白銀を睨みつける。
忌々しい色だ。
私達を見捨てた色。
私達を不要と断じた色。
私達を滅ぼそうとする色。
「あれがもし万が一にも完全に至れば……私達どころか、女神も、下手をしたら他の全てを内包しかねない」
「……うーわ」
フィーアも、彼女の危険性を理解したらしい。
「なるほど、それはどうにかしないとね」
「ええ……それに私、興味があるの」
「興味?」
「そう。どうして彼女が、ああも歪んでいるのか……それがね」
「あー」
そう。彼女は歪んでいる。
歪み過ぎている。
もしかしたら、私達以上に。
「そうね……とりあえず今は様子見といきましょうか」
†
「へっくし!」
うー。
「誰だ私の噂をしているやつは」
「さあ。でも、きっと緋色への恨み言よ、それ」
「おぉい!」
不吉なこというんじゃないよ!
「っていうか私は人の恨みを買うようなことはしてないし!」
「そう思っているのは本人ばかりよね」
言ってスイはポテトを咥える。
場所はファストフード店の二階席。
知ってる? この世界、中世の街並みを抜けたと思ったらそこにファストフード店があるんだぜ?
すげー……。
「……そう言うスイはどうなのさ?」
「は? 私?」
「そうだよ。ほら、これまで振ってきた男とかさー、その辺りに恨まれてるんじゃないの?」
「いや、振った以前に私告白なんてされたことないけど?」
「……え? マジで?」
「マジ」
……えー。
だってスイだよ?
ぷりてぃースイちゃんだよ?
つか素で美少女なのに、なんで?
「冗談じゃないの?」
「しつこい。こんなことで冗談なんて言わないわよ。くだらない」
「……」
意味わからん。
「美少女なのに?」
「……なにそれ。美少女って……お世辞が下手ね」
「いやいや」
お世辞じゃねーよこんちくしょう。
「……あ」
そういえば、聞いたことがある。
可愛い子ってのは、その可愛さゆえに男のほうが手を出すのをためらってしまう、って。
ということは、つまり……。
「どうかした?」
目の前のスイを見つめる。
「……いえ、なんでもねーです」
そういうことかぁあああああああ!
つまり男どもはスイの美貌の前に告白するのも恐れ多いと、そう感じてしまったわけなんですね!
なるほど納得。
それなら分からんでもない。
もしかしたらこの世界の男どもは女を見る目がないのかなー、とか一瞬考えちまったぜ。
「ところで、今日はどうして私を呼んだの?」
「デート」
「マジで?」
「嘘」
「――……」
なにそれ。
私の心に大ダメージなんですけど。
あげて落とすの高等技能ですね。
「ちきしょおおおおおお!」
「なにあらぶってるのよ」
「あらぶりもします!」
こんなのねーよ!
どこか、どこかに美少女デートの権利は落っこちてませんか!
私と本当にデートしてくれる美少女はいませんかー!?
うわぁあああああああああああああああん!
「まあ落ち着きなさいよ。ここ奢ってあげるから!」
「私、たかがファストフードで買える安い女じゃないんだからね!」
「はぁ……」
そんな呆れたような眼で見ないで!
びくびくしちゃうわ!
「……で、本題なんだけど」
「ふむ?」
スイが真面目な顔になる。
そなるとこっちもふざけているわけにはいかないよね?
「どうかしたの?」
「……アイリス姉さんのことなんだけれどね」