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家族はっ!


「……まったく、ひどいよね。寄ってたかって、ってやつ?」



 久しぶりに帰ってきた、実家だった。


 とはいえ自分で望んで帰ってきたわけではないけれど。


 無理やりに呼び出されたのだ。


 無視してもよかったけれど……これを無視したら、面倒臭いことになりそうだったし。


 暖炉やら洒落た調度品やらのある広い居間に置かれた巨大なテーブルを囲む人達を順々に見回す。


 ティナ母さん、ウル母さん、アリーゼ母さん、ヨモツ母さん、ナンナ母さん。


 エリス母さん以外の全員が揃っていた。



「いい加減、教えてもらえない?」



 ウル母さんが、私を軽く睨む。



「エリスの居場所。それに……この間の一件、直接は見ていないけれど……あれはなに?」



 あれ、か。


 なにを指しているかは、すぐに分かった。


 私と瓜二つの姿をした、けれどその上でどこかが欠け落ちていた少女達のことだろう。


 そしてもう一つ。


 エリス母さんに瓜二つだった、狂った白銀の女神。



「……」

「ナユタ。私達は、心配なんです」



 ティナ母さんが眉を下げる。



「エリスさんのことも、あなたのことも……」

「それくらい知ってるよ……」



 じゃなかったら今頃とっくに母さん達の目の届かないところに逃げてる。


 ……いや、まあ母さん達の目が届かないところがどこなのかは、知らないけれど。



「でもさ――」



 私の言葉が遮られる。



「ナユタよ」

「なに、ヨモツ母さん」



 正直にいえば、私は母さん達の中では、ヨモツ母さんが一番好きだ。


 だってヨモツ母さんは、ちゃんと分かってくれるから。


 いろいろなことを。


 だから、きっと気付いているだろう。


 今、思わずティナ母さんに私が言いかけた言葉を……。


 つまり、私とエリス母さんなら、どっちが大切なの、ってさ。


 別に、嫌いじゃないんだよ。


 これは本当。


 母さん達全員、私は尊敬しているし、愛している。


 けれどそれ以上に……辛いのだ。


 この人達の娘であると言う事実が、重い。


 ティナ母さんは優しいから好き。でもあまりにその懐は深すぎて、深海の暗闇を思わせる。


 ウル母さんは誇り高いから好き。でもあまりに尊い想いは、ただ漫然と今を享受しているだけの私には目を焼くほどに眩しすぎる。


 アリーゼ母さんは頼りになるから好き。でもあまりに大きすぎる背中は、超えられない壁を思わせて足を止めてしまいそうになる。


 ヨモツ母さんは守ってくれるから好き。でも守られているばかりの自分に嫌気がさしてくる。


 ナンナ母さんは楽しいから好き。でもいつまでも私は子供じゃないって言いたくて、でも言えるほど自分に自信がないことを自覚させられる。


 エリス母さんは誰よりも好き。でもあの人の前では、あの人の娘であるだけの私なんてあまりにもちっぽけで、とるにたらない、あの人の娘である価値のない人間に思えてくるから……怖い。


 母さん達はきっとこんな私の気持ちには、気付いていないのだろう。


 ヨモツ母さんと、エリス母さんを除いて。



「ナユタ。これには答えて欲しい……お前も本当は知らぬのだろう?」

「……」



 どんぴしゃ、だった。


 そうだ。


 今まで散々思わせぶりな態度をとってきたけれど、私は本当はなにもしらない。


 エリス母さんの居場所も、あの少女たちの正体も。



「なるほどな。薄々察してはいたが」



 私の無言を肯定として、ヨモツ母さんは目を瞑る。



「どういうことだ」



 アリーゼ母さんが私を見据える。



「知らぬのであれば、今までどうしてそう言わなかった」

「そうだよ。そうすれば変に喧嘩みたいなことしなくてもよかったんじゃない?」



 ナンナ母さんもアリーゼ母さんに同調する。


 ……優れた親に反抗したくなる、劣る子の気持ちは、きっと分からないんだろう。


 空を飛ぶ鳥が、地を這う虫の気持ちを分からないように。



「黙れ」



 ぴしゃりと、ヨモツ母さんの言葉が放たれる。


 別に語気が強いとか、そういうわけでもない。


 だが、それだけで誰も口を開けなくなった。



「今回の件は我ら母親の未熟が露呈しただけのこと。我らは親としてあまりにも不完全だと、そういう自覚を持て」

「……」

「ナユタ。すまなかったな」



 ヨモツ母さんが私に頭を下げてくる。


 慌ててティナ母さんも、同じようにする。


 しかしウル母さん、アリーゼ母さん、ナンナ母さんは不満そうにしていた。


 ……別に、不満はない。


 母さん達にだって悪気がないことくらい分かっているから。


 ただ、それくらいにエリス母さんのことを愛しているだけなんだ。


 それでもやっぱり……少しだけ、反抗したくなってしまうんだ。



「しかし、件の少女達や白銀の女神についても、なにも知らんのだな?」

「うん。本当だよ」

「信じよう」



 ……これだから、やっぱりヨモツ母さんが一番好きなんだ。



「皆もいいな。今回の件はこれで終わりだ。エリスとナユタを秤にかけたような下らん親子喧嘩はもうするな……それではエリスもナユタも悲しむだけだぞ」

「……」



 再び場に静寂が落ちる。



「皆もあまりエリスのことばかりでなく、娘を構ってやれ。我も言えた義理ではないがな……」

「そんなことない。ヨモツ母さんは、出来る限りうちに来て、ご飯とか作ってくれるし」

「そう言ってもらえるとありがたいな」



 ヨモツ母さんが小さく笑う。



「……どうだ、ナユタ。今晩は泊まっていかないか。久しぶりに一緒に風呂にでも入るか。それとも今更母親などと風呂は嫌か?」

「いいの?」

「お前がいいのなら」

「……じゃあ、入るよ」



 嬉しい、な。


 母という存在に愛されている。


 それが、嬉しくてたまらない。


 分かってる。


 愛されてるんだよね、私は。


 母さん達全員に。


 でも……でもね。


 比べちゃうんだよ、人って。


 自分より愛されている人がいるとね。


 私より、母さん達がエリス母さんを愛しているって、分かっちゃうんだよ。


 だから……だから私は今、エリス母さんのことを置いて、ヨモツ母さんが私に構ってくれたことが凄くうれしかった。



「……」



 ヨモツ母さん以外の母さん達がどことなく気まずそうな顔をしていた。



「……」



 少し、苦笑する。



「私、母さん達皆、大好きだよ?」



 私の言葉に、母さん達が少し視線を泳がせる。



「子供に気を遣わせないよう精進あるのみだな、駄目親共よ」



 ヨモツ母さんの言葉が矢となって母さん達に突き刺さった……ように私には見えた。



 ……夕食をとった後、ヨモツさんとナユタがお風呂に入った。


 その間、私は考える。


 やはり私は母親失格なのだろうか、と。


 愛している。


 私は間違いなく、ナユタのことを愛している。


 けれどそれは……。


 ……駄目だな、私は。


 知っているはずなのに。


 愛というものがどれほど曖昧で、大切で、繊細なものなのか。


 だというのに……。


 私もヨモツさんを見習って、ちゃんとお母さんにならないと。



 私だって分かっているわよ。


 ナユタはナユタで、エリスはエリスだ。


 どちらもかけがえのない存在で、比べていいものではない。


 どちらを優先すべき、というものでもない。


 ……けれど平等にすればいいというわけでもない。


 難しいわね、親というものは。


 女としての私はどうすべきか。


 親としての私はどうすべきか。


 頭の中でいろいろとこんがらがってしまう。



 みっともないのだろうな、今の私は。


 本当に愚かで、どうしようもない。


 こんな様でどうするのか。


 エリスに合わせる顔がない。


 己の腑抜けっぷりが情けない。


 いつからこんなにも馬鹿になってしまったのだ。


 きちんと自分を見直さなくてはな。


 こんなのだからエリスはなにも言わずに一人消えてしまったのだろうか。


 なあ、エリス。


 お前は私達を頼ってはくれないのか?



 エリス様……どうして私達にはなにも教えてくださらなかったんですか?


 今、きっとエリス様は大きな困難に直面しているのだろう。


 そうでもなければ、エリス様が私達のもとからいなくなるわけがない。


 ……私達が、駄目駄目だったから、なのかな。


 頼りなかったから?


 ナユタを傷つけて、エリス様を悲しませたから?


 どうして、上手くいかないんだろう。


 辛い。


 辛いです、エリス様……。



「どうせ、今頃皆は散々に悩んでいるのだろうな」



 一緒の湯船につかるヨモツ母さんが呟く。


 一緒、といってもうちの風呂は大きいから、二人どころか十人以上入っても余裕なんだけど。



「自分は母親失格なのか、主はどうしてなにも言わなかったのか、ナユタにどう接すればいいのか……その辺りだろうな」

「……ヨモツ母さんは、そういうのは考えないの?」

「考えないわけがない。しかしそればかりにとらわれていてもしょうがないだろう。今はお前との時間を楽しむ。それだけでいい。エリスを探すにしても、他のなにかを調べるにしても、後回しだ」



 今は私との時間を楽しんでくれる、か。



「……ありがとう、ヨモツ母さん」

「礼を言われることではあるまい」




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