誘われたのはっ!
「とりあえず今日は挨拶をしたかっただけだから。それじゃ、またね」
「え……」
あ、あれ。
これでサヨナラ?
「ち、ちょっと、あの?」
「うん?」
オリーブが首を傾げる。
「どうかした?」
「え……あ、っと」
どうした、と聞かれても、別に特になにかあるわけでもなかったりする。
……あ、でも一つ、聞いてみようかな。
「結局、あのフィーアっていうのは、なんなの?」
ナユタと瓜二つなあの少女は。
「……その答えを私は持っているよ」
持ってるんだ。
「でも教えない」
「え?」
「それは、あなたが自分自身で知るべきことだと思うから。私に聞くと言うのは、少し美しいやりかたじゃないわ」
「はあ……」
これって美しいとか、そういう問題なの?
わからぬ。
「でもまあ、ヒントくらいはないと厳しいか……」
オリーブが小さく微笑む。
「そうだね。ツクハさんに聞いてみるといいかもしれない。多分だけれど、この件の真実に近いところにいる人物は、かの女神と異物たる私。そして私にとっての茉莉があるように、女神にとってかけがえのない片割れであるツクハさん、あとは当事者たるナユタだけだと思う。あとは、まあ何人か事情を察している人はいるかもしれないけれど、核心に触れられるほどのものではないんじゃないかな」
「ええっと……?」
ぶっちゃけ、この人はなにをおっしゃってやがるのだろうか。
「ふふ……つまり、私とエリスさん以外に話を聞けるとすればナユタかツクハさんしかありえない、ということよ。そしてナユタは秘密主義者なところがあるから……やはり適任は、少し遊び好きなツクハさんかしら」
言うと、オリーブの姿が忽然と消えた。
……うーむ。
とりあえず、茉莉とオリーブは多重人格的なものってことでファイナルアンサー?
……うん。まあ、正確には違うのだろうけれど。
こっちの世界は未だに分からないことだらけだ。
「……はぁ」
溜息をこぼし、私は身を翻した。
その後、私は元の教室に戻ると、何事もなかったかのように馬鹿騒ぎに興じるのだった。
†
一つ問おう。
誰だ昨日、飲み物に酒を混ぜたやつは……!
ちっくしょう!
頭がめっちゃいてぇえええええよぉおおおおおおおおおおお!
そう!
実は、衝撃の新事実なんだけれど!
緋色ちゃん酒超弱ぇんだ!
そりゃもうぺろりと舐めた次の瞬間から記憶がほとんど飛んでいますからね!
昨日の記憶も結構やばげ!
いや、断片的には覚えてるよ?
――一般的に酔った人間は周りの人間に迷惑をかけたり、恥ずかしい真似をしたりするものだが、私においてそれは当てはまらない。
なにせ私は、酔っても淑女だから!
記憶はなくとも私はきちんとしていましたね!
ええ、自信を持って断言しましょう。
女の子の胸を次々揉んだ私は、何一つ変態淑女として心にやましいところなど何一つありはしない、と!
まあ?
後半、なんか知んないけど大量の攻撃を受けた気がしなくもないけれどね?
もしかしたら記憶ないのは酒のせいだけじゃなく、なにか外的ショックとかも関係しているのかもしれません。
失われた私の記憶になにが隠されているのか!
製作費うん億円の超大作。緋色・オブ・メモリーズ。近日公開!
なんてね!
つか……どうでもいいことかもだけど、酒飲んでいいんですか、ここ。
一応学校だよね?
なに、この世界での飲酒は大人じゃなくてもオッケーな感じですか?
……いやあ、しかしわたくし思うのです。
いくらおっぱい揉んだからってほとんど全員が《顕現》するこたーないでしょうと。
やつらグロいぜ。
絶対に死なず傷つかないが痛みは覚える、って信じて攻撃してくるからね。
マジでハードSMすぎて笑った。
新境地だったZE!
私はSのはずだったが、まああれです、Mも実際やってみると悪くなくもなかったり。
てへっ。
「……そろそろ起きるか」
身体を起こす。
ちなみに場所は保健室。
いやあ、私かなりの頻度で保健室のお世話になってることない?
「起きた?」
保健室にツクハが入ってきた。
「あ、おはよ。ツクハ」
「おはよう。昨日は大変だったねえ」
「あははー」
とりあえず愛想笑いでごまかしておく。
へっへっ、私の愛想笑いは全てを誤魔化す便利なスキルなんだぜ。
「ちなみに私はツクハも悪ふざけで皆に混じってちょっと攻撃していたのを覚えているんだけどね」
「ならそれは記憶違いだね」
うわー、すげえ満面の笑みで否定された。
この堂々とすっとぼけるところ。思わず惚れるわぁ。
「はい」
ツクハが私の額にそっと触れる。
すると、二日酔いの頭痛があっという間になくなった。
「おろ?」
「まだ緋色は治療系のことは苦手でしょ?」
どうやら二日酔いを魔術でなおしてくれたみたいだ。
「……うん、ありがと、ツクハっ」
いやぁ、マジで助かる!
あのまま頭痛がしてたら思わず私は手当たり次第に女の子を襲ってストレスを発散していたかもしれない。
「どういたしまして。あ、でもお礼というわけじゃないのだけれど、一つ聞いていい?」
「うん?」
「オリーブには会った?」
「……」
一瞬、言葉に詰まった。
「なるほど、やっぱりね」
それだけでツクハは全てを察したらしい。
「そんな気はしていたんだ。まあ、昨夜は途中で嫌な感じもしていたし……それはオリーブがなんとかしてくれたみたいだけれど」
「……ツクハはオリーブのこと」
「もちろん知っているよ。あとオリーブのことを知っているのは、特別クラスで言えばナユタくらいね」
「そうなんだ……」
「うん」
「ねえ、オリーブって、多重人格ってことでいいんだよね?」
「……まあ、大まかにはその認識でいいと思うけれど」
ツクハが肩を竦める。
「細かいことは本人が説明するまで教えないけれど、少なくともあの二人は緋色の認識にある多重人格というものではないわね。むしろ……結合双生児って知っている? 双子の赤ん坊が生まれてくる時、身体の一部がくっついたまま出てきてしまうのだけれど、それに近いかな」
「結合、双生児……」
あれ。なんかその響きだけで結構空気が重くなった気がするんだけど。
「そ。身体ではなく、心が繋がってしまっているのよ。本来、あの二人は生まれるべき存在ではなかったのに、その理を無理やりに捻じ曲げた結果、ああなったのよ」
「……ごめん、それは詳しく説明できないの?」
「ええ」
「そうなんだ……」
つまりオリーブに詳しく効かないといけないんだ。
……そもそもどうやったらオリーブに会えるんだ?
茉莉に会って言えば会わせてもらえるのかな?
「……あ、そうだ」
はたと思いだす。
昨夜、オリーブに言われたことを。
「ねえ、ツクハ?」
「なに?」
「フィーアって女の子、知ってる?」
「……それはどんな子?」
「ええと……」
彼女の容姿を思い出す。
「ナユタとそっくりで、髪の毛は濁ったような青色で、それで……右足が、なかった」
「……なるほど」
ツクハが小さく頷く。
「直接会ったことはないけれど、彼女がどういう存在かは把握しているよ」
「ほう?」
「彼女は……ううん。彼女達は、ナユタの全てを奪いたがっている」
「……全てを、奪う?」
「そう。彼女達は、欠けているから。それをナユタに求めているの」
「えーと?」
やっぱり、なにがなんだか分からない。
「ふふっ。まあ、そのうち分かると思うよ」
ツクハさんが笑う。
その笑顔には、もうこれ以上はなにも話さない、という意思がこめられているように思えた。
「……」
「あ、そうだ緋色」
「うん?」
「これからデート、いかない?」
「……はい?」
えっと、今なんて?