お祝いはっ!
静寂が場を満たしていた。
歓声もなにもない。
ただ、静かだった。
それも嫌な静けさではない。
穏やかで、暖かで、静謐とした時が流れている。
誰もが今、心の底からの安寧を得ていたし、誰もが今、心の底からの納得をしていた。
「――ふぅ」
吐息とともに、ナユタがこちらを向いた。
ナユタがにこりと、微笑む。
……おおぅ。
いつにも増してチートなかわいさ……っ。
マジ惚れるぞ。
ナユタの《顕現》が解かれる。
白銀の翼が先のほうから光の粒子となり、髪の色は黒に戻る。
そこでようやく。
――歓声が空を震わせた。
†
「無事勝利できてなによりでございますヘイかんぱーい!」
『乾杯!』
いくつものグラスが打ちあわされる。
乾杯の音頭は不肖この私、棘ヶ峰緋色ちゃんがさせていただきましたっ!
場所は特別クラスの教室。
教室の真ん中には机をまとめて作った島があって、その上にお菓子やらジュースやらが所せましと並べられている。
ぶつけたグラスの中に注がれているのはもちろん……飲むヨーグルト。
グラス一杯の飲むヨーグルトなんて贅沢すぎる。
「ぷっはぁあああああ!」
私は飲むヨーグルトを一気に飲み干した。
くぅ、生き返る……!
風呂上がりの一杯は最高だね!
風呂上がりじゃないけど!
「いやぁ、最初はどうなることかと思ったけど、最終的に無事に存続が決まってよかったよ」
心の底からそう思う。
やっぱり……うん。
ここ、楽しいし。
改めてそう思う。
ナユタはかわいーし?
ソウはかわいーし?
アイリスはかわいーし?
エレナはかわいーし?
スイはかわいーし?
小夜はかわいーし?
茉莉はかわいーし?
もうこれなんてハーレム?
ぐへへ……おじさんよだれが出てきちゃうよ。
誰がおじさんかっ!
ぺしっ。
「なに変な顔をしているのよ?」
とか一人漫才を心の中で繰り広げていたら、スイが呆れたように声を駆けてきた。
「いやんえっち、はぁと」
「……」
「その汚物を見るような視線にぞくぞくしちゃう私です」
もっと、もっと私を見て!
はぁはぁ。
「……どうしようもないわね」
「まったくだ」
スイに同意したのは、アイリスだった。
「まあ、緋色らしいと言えば、らしいのですが」
苦笑するのはエレナ。
私らしいって……もう、そんなに褒められたら照れちゃうってば。
「あ、とりあえず三人とも、お疲れ様! これからも一緒にいられるみたいだし、よろしくねっ」
にぱー、ってな。
「……ああ」
「……こちらこそ」
「……ん」
ありゃ?
どうしたんだろ、三人とも。
なんかちっと……あれえ?
お酒でも飲んだのかな?
いやいやまさか。
この教室にはアルコールの類なんてありませんよ。
未成年の飲酒は緋色法によって禁止されているのです。
なぜなら酔った女の子の色香なんて見せつけられた日には緋色ちゃんが性☆犯☆罪☆者になってしまうからさ!
というわけで、お酒はナシなのである!
ま、場の雰囲気でテンションあがってんのかなー。
でなけりゃ他にどうしてちょっとほっぺた赤くなる要素があるっていうんだろう。
「……あなたは少し、自分の動作に自覚を持つべきでは?」
「うひゃっ!?」
こっそり背後にソウがきていた。
「ち、ちょっ、ソウさんマジ影うす――イエ、ナンデモ、アリマセン」
ソウが私の首筋にどこからともなく取り出した黒い剣をあてる。
ちょっと切れてるちょっと切れてる。
ヤバイって、さすがの私も首ちょんぱには快感を見出せそうにないっすわ。
「私は常に一歩引いたところに立つのを心がけているだけですので、決して影が薄いなどということはありません」
「そんなかなしいこと言うなよう!」
ソウの肩に腕を回す。
へっへっへっ、今なら酔った勢いでこのくらい強引なことができちまうんだぜ!
まあ飲んでるのは飲むヨーグルトだけど!
あれですよ。緋色ちゃんは飲むヨーグルトを飲むと酔っぱらってしまうっていう裏設定があったりなかったり。
「一歩引かないでちゃんと隣にいてくれないと寂しいぞう! 今時、どんな貞淑な奥さんだって夫の三歩後ろなんて歩かないっての!」
「……性分ですから」
「いやいや性分っていうか、やっぱそれは性質的に影が薄いだけじゃ――あ、ちょっと、ちょっと刺さってますよ? あとちょっとで頸動脈とかいっちゃう感じですけど? わたくしこの祝いの場を血染めにするのは少々気が引けると言いますか……マジすんませんっしたソウ姐さん」
ソウから距離をとるために後ずさる。
すると、誰かに背中がぶつかった。
「ん?」
「……少しは周囲に気を配ったらどうですか?」
「おー、小夜ちゃんじゃないですか!」
ぶつかってしまったのは、教室の端の方で壁の花になっていた小夜だった。
「どうしたのこんなすみっこで」
「……どこにいようと私の勝手でしょう?」
「そりゃそうだけど……せっかくなんだしどんちゃん騒ごうよー」
「遠慮しておきます。柄じゃないので」
「そんなこと言うなよぅ!」
必殺、上目遣い!
「もっと皆とお話とかしたほうがいいよ?」
必殺、上目遣い!
「ね、小夜?」
必殺、上目遣い!
「小夜ぉ……」
これでたたみかける!
必殺、目をうるうるさせる!
効果はばつぐんだ!
小夜は懐柔された!
……なんて、まあそんな馬鹿なこともあるわけ――。
「……仕方ありませんね」
「お?」
あるわけ――。
「まあ、今日くらいは柄にないことをしてもいいでしょう……さっきからこっちを気にしている人もいるようですし」
そういって、小夜が見たのは――ユリアさん。
そう。皆さんご存じ、ローゼンベルク君と愉快な仲間達の一人だ。
どうやらユリアさんは小夜に興味津々の様子らしい。
とはいえ、やっぱり試合を途中で棄権されたことにまだ納得いっていないんだろうな。
「適当にごまかすとしましょう」
溜息をつきながら、小夜がユリアさんに近付く。
なんで彼女がいるかって?
そりゃもう決まってるじゃないですか。
ローゼンベルク君と愉快な仲間達のほとんど全員を招待しちゃったからね!
昨日の敵は今日の友、的な!?
「どうして俺はここにるんだ……意識を失って、目覚めたかと思えば既にこの有様だと……?」
なにやらローゼンベルク君が天上を仰いでる。
「まあいいじゃないか、ゼファー。望んだ結末ではなかったが、満足はいったろう? ならここは一つ、敵味方は忘れてお互いを労うと言うのもいいさ」
クリストフ君てばめっちゃいいこと言うのな。
さすがナルシー。いやそこは関係ないか?
「はい、シドウさん」
「む……」
つかそこ、葵さんとシドウさん!?
あれ、なにやってんの!?
「あーん」
「むぅ……」
え、え?
まさか……。
「いいじゃないですか、食べてくださいよ」
「しかしだな……自分で食べられるのだ」
「食べさせてあげたいんです。ほら」
「……はぁ」
しぶしぶ、シドウさんが口を開くと、葵さんがクッキーを食べさせた。
……シドォオオオオオオオ!?
ま、まさか、貴様!?
「付き合っているんですよ、あの二人は」
横からそんな言葉が聞こえた。
見ると、クロウウッド君がいた。
「どうも、棘ヶ峰さん。この場に呼んでいただけて、とてもうれしいです」
にっこりキラースマイル。
……イケメンかっ!
あ、イケメンだ。
くぅっ、緋色ちゃんの攻略難易度はSSSオーバー、理論上は攻略不能だぜ!
このくらいのキラースマイルどうってことねえや!
「って、やっぱ付き合ってるんかい!」
「ええ」
今明かされる、衝撃の事実!
マジでか……。
いいなー。
シドウっちマジ羨ますぃー。
私もあんなかわいい彼女といちゃいちゃしてー。
「……」
そこで、クロウウッド君がなにやら私の顔をじっと見つめていることに気付いた。
「いやん」
「……」
ふっ、とクロウウッド君が微笑む。
あれ、ウケた?
「あれは貴方の本質ではなかったと……そう信じておきますね」
そう言い残すと、クロウウッド君は私から離れていった。
……どゆこと?
「なーに? 振られちゃったの、緋色?」
「……だからどうして皆気付かないうちに接近してるのさ」
呆れつつ振り返ると、そこにはツクハとナユタがいた。
「違いますー。振られたんじゃなくて、振ってやったのさ」
ドヤ顔とかしてみる。
「まあ嘘ですけど!」
そして胸を張る。
「なに言ってるのかしら」
くすりとツクハが微笑んだ。
「それにしても、改めて、よかったわ。特別クラスが残ってくれて。ここがなくなったら、あなた達をどこにやるか、今頃頭を悩ませていたところね。勝ってくれてありがとう、緋色」
「いやいやどーいたしまして、って勝ったのは皆の力でしょ。つか私負けてるし?」
「それでも、あなたの存在は小さくなかったと私は思うけれどね?」
「……?」
なんのこっちゃ。
「私もそう思うな」
ナユタまで……。
私は一人首をひねった。
「むぅ?」
考えても分からない。
……。
「まあ、いいや」
分からないことはさっさとポイしちゃおう。
人生を楽に生きる秘訣だね!
「……あれ?」
そこで、はたと気付く。
「どうしたの、緋色?」
「いや……んー?」
教室の中を見回すが、やはり見つからない。
「茉莉、どこいったんだろ……」