彼女の顕現はっ!
ナユタの纏う気配が変わった。
否。
変わったのは、辺り一帯……あるいは、この世界そのものだったのかもしれない。
「これ、は……」
観客席にいる私ですら、圧倒的ななにかに身体が震えた。
直にナユタと相対しているローゼンベルク君がどれほどのプレッシャーを感じているかなど、想像も出来ない。
「緋色、ようく見ていなよ」
「っ!」
気付くと、いつの間にか隣にツハが座っていた。
「ツクハ……?」
「あれがナユタなんだよ」
言うツクハの横顔は、どこかさびしげで……優しげだった。
ツクハの視線の先で、漆黒が爆発した。
ナユタの身体から溢れだした漆黒の光はいくつもの帯となって、空を突き刺す。
と、その光が根本から黒い、まるで黒曜石のような美しい輝きを持つ宝石に姿を変える。
まるで、宝石の大樹のようだった。
その大樹から、巨大な腕が生える。
右腕と左腕。
その腕の先にある鋭い爪が、大樹の幹にあたる部分に突き刺さる。
宝石の砕ける音がする。
なんて甘美、破滅的で、背徳的な音色なのだろうか。
ゆっくりと黒い宝石で作られた幹がこじあけられていく。
その中から、黒い帯が巻き付いた白い腕が伸びる。
ゆっくりと、彼女が姿を見せた。
身体のラインにそった黒い衣装に、腰からは赤い腰布がはためいている。
背中からは、黒い宝石で作られた翼。
そして、黒かったはずの、蒼い髪。
そんなナユタの姿は、ひどく美しかった。
ナユタの瞳が、ローゼンベルク君をみる。
「さて。まずは軽くやっていこうか」
そう呟いて、ナユタが軽く腕を振るう。
すると、地面から巨大な宝石の杭が生えた。それは連鎖して出現し、ローゼンベルク君の下へ向かう。
「このようなものっ!」
ローゼンベルク君の白い剣が振るわれる。
と、黒い宝石が白い衝撃波によって砕かれた。
黒い破片が宙を舞う。
「追求の顕現は、ひたすらに求めた人の想い。そのくらいじゃ止まらない」
ナユタが薄く笑う。
すると、再び地面から黒い宝石杭が生えた。
しかも今度は大量に、まるでローゼンベルク君を囲むように。
そこから、螺旋を描くように宝石杭が連鎖して突きだす。
完全にローゼンベルク君を包囲していた。
「は――!」
ローゼンベルク君が白と黒の双剣を振るうが、その衝撃波が宝石杭を砕くより、次の宝石杭が発生する速度の方が早い。
「ならば……!」
ローゼンベルク君が地面をけって、空高くに跳び上がる。
そこから、なにもない空間を蹴ってさらに高空へと向かった。
「甘いよ」
――突如。
空間が黒く歪み、そこから宝石杭が飛び出した。
「ち……っ」
ローゼンベルク君の上下左右前後、ありとあらゆる方向に宝石杭は生まれ、そのままローゼンベルク君を覆い隠していく。
黒い宝石の球体が、空中に出来上がった。
「まさか、これで終わりじゃないよね?」
「当然だ!」
宝石球が、内側から溢れだした白と黒の極光によって砕け散った。
その中から、ローゼンベルク君の姿が現れる。
「この程度……どうということもあるものか!」
「いいね」
ナユタが微笑む。
「なら、次……破壊なんてどう?」
ナユタの身体が、手足の先から光の粒子に変わる。
そして、再構築されていく。
ゆったりとした袖から始まり、形成されてゆくのは赤い華がいれられた黒い着物。
その背に、巨大ななにかが現れた。
扇状に広がる、巨大な十本の槍だ。
さらに、空になにかが浮かんだ。
剣だ。
八本の剣。
しかしその大きさは、信じられないほど巨大だった。
見えているのは、剣のほんの先の部分だけ。
空の彼方まで続く刀身。
果たしてあの剣はどれほどの大きさだというのか。
「あれって……」
私はその姿に見覚えがあった。
初めてナユタと出会ったとき。
片腕だけではあるが、ナユタはあの《顕現》をしていた。
っていうか、ちょっとまった。
意味が分からない。
《顕現》が二つ?
「《顕現》って、いくつも種類を持てるようなもの、なの?」
「……」
隣のツクハに問うが、答えは微笑だった。
……教えてくれないんだ。
「さて」
光の粒子が、蒼かったナユタの髪を、紫に変える。
「守るということを知った破壊者の想い……耐えられるかな?」
八本の巨槍の穂先がローゼンベルク君に向かう。
一本目が打ち出された。
あらゆる条理を超越し投擲された巨槍に対し、ローゼンベルク君はまず回避行動をとった。
同じくあらゆる条理を超越して、巨槍を回避してみせる。
巨槍はそのまま、地面に深く突き刺さった。
すると、二本目の槍が放たれる。
「くっ」
ローゼンベルク君が黒い剣を振るうと、漆黒の衝撃波が巨槍の軌道を逸らす。
巨槍は空に消えていく。
合間なく、三本目の巨槍が襲いかかる。
白い剣から放たれた斬撃によって、巨槍が真っ二つに断たれ、ローゼンベルク君の左右を通り過ぎる。
四本目の巨槍がローゼンベルク君に迫った。
「こ、のぉおおおおおおおお!」
白と黒の双剣が交差する。
そこに巨槍が衝突した。
「ぐ、おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ローゼンベルク君に、破壊の力が襲いかかる。
だが、決して怯みはしない。
巨槍に、白と黒の波動が絡みつく。
余波だけで辺り一帯が砕け散る。
「負ける、ものかっ!」
ローゼンベルク君の叫びと共に、巨槍は勢いを失って地面に落ちた。
「ふっ」
ローゼンベルク君が笑んで、視線をあげる。
そして、その表情が凍りついた。
「なら次は、まとめて行ってみようか?」
四本の巨槍がローゼンベルク君に向かって放たれていた。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ローゼンベルク君ががむしゃらに双剣を振るう。
巨槍が一本、二本と弾かれる。
だが残り二本の巨槍は、そのままローゼンベルク君の身体を貫いた。
「くっ!」
しかし、貫かれたローゼンベルク君の身体はすぐに再生する。
負けたと想わなければ負けない。
それが《顕現》なのだ。
だから問題は、いつローゼンベルク君が、自身の負けを認めてしまうかということになる。
「凄い凄い……なら疾走、行ってみよう」
ナユタの姿が再び変化する。
彼女が纏う衣装が、赤い礼服のようなものに変わる。
その服のいたるところに金属装甲がついていた。
腰からは赤い帯が幾重にも絡まり、広がっている。
ナユタの髪が赤い、燃え盛る炎の色に染まる。
ナユタが右腕を横に伸ばす。
すると、指の間に四つの光が生まれる。
光はそのまま剣の形を形作った。
ナユタが腕を振るう。
すると光の剣の長さが爆発的に伸びる。
さらに刀身が、まるで鞭のようにしなった。
四条の光刃がローゼンベルク君の脇の空間を切り裂いていく。
「己の矜持に疾走する人の想い……追いつける?」
自在に光刃は舞台を駆け巡る。
そして四条の光が、ローゼンベルク君に降り注いだ。
「こ、のぉっ!」
ローゼンベルク君が黒い剣で四条の光を受け止めた――かと思った次の瞬間、黒い剣が粉々に砕け散った。
そのまま四条の光がローゼンベルク君の身体を切り裂く。
「くっ、まだ、まだぁっ!」
ナユタに向かってローゼンベルク君が白い剣を振るう。
白い斬撃がナユタに襲いかかる。
しかし、それがナユタに届くことはなかった。
ナユタの左手に、さらに四本の光剣があり、それが白い斬撃を受け止めたのだ。
「ほら」
左右あわせて八条の光刃がローゼンベルク君に襲いかかる。
「な、め、る、なぁあああああああああああああああああああああああああ!」
ローゼンベルク君は手首に左右三本ずつ生えた爪で光刃をまとめて切り裂いた。
「俺は、負けられんのだっ!」
「やるねえ……じゃあ、次は創造だよ」
空を虹色が覆った。
それは、虹色の液体だ。
エリスカルコス?
いや違う。
それ以上の、なにかだ。
ナユタの身体が作り替えられる。
その身に纏うのは、純白の、ローブともドレスともとれるゆったりとした衣。そこには金や銀で細かな刺繍が施されていた。
背中からは、幾重にも布が広がり、翼のようになっている。布と布とを細い金の鎖が結び、布翼が揺れるたびに透き通った音を響かせる。
「愛おしい未来の為に創造する人の想い……塗りつぶせる?」
空を包む虹色に波紋が生まれる。
すると、虹色の中から、いくつもの武器が現れた。
剣、槍、斧、杭、刀、鎌――ありとあらゆる種類の武器が創造されていた。
それらが狙うは、ローゼンベルク君ただ一人。
武器の雨が降り注ぐ。
「う、ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
咆哮しながら、ローゼンベルク君が両の爪を振るう。
武器の雨が薙ぎ払われる。
だが、それでも圧倒的な質量がローゼンベルク君を押し込んだいった。
ローゼンベルク君の爪が一本、また一本と折れていく。
「負けない! 負けないぞっ! 俺は……絶対に!」
決意を口にしながら、ローゼンベルク君が大きく両腕を振るう。
白と黒の衝撃波が混じり合い、灰色になりながら、虹色を打ち払っていく。
「負けないッ!」
灰色が、空を覆う虹色を切り裂いた。
「へえ、やるね」
ナユタが驚いたように軽く目を見開く。
「はぁあああああああああああああああああ!」
ローゼンベルク君がナユタに飛びかかる。
既にローゼンベルク君の身体はぼろぼろだ。
《顕現》にも関わらず、再生も出来ない。それほどまでに、ナユタの攻撃が圧倒的な意味を持っているということなのだろう。
それでも退かないローゼンベルク君の想いは、どれほどの強さを持っているのか。
ローゼンベルク君に対し、ナユタは動かない。
「守護」
ナユタの口が動いた。
ローゼンベルク君の両腕に、灰色の剣が生まれる。
迷わず、ローゼンベルク君はそれをナユタに振る下ろした。
世界を灰色が塗りつぶす。
「ナユタっ……!」
「大丈夫」
ツクハが呟く。
「あれは……このくらいじゃ貫けない」
「それって」
どういう意味、と聞く前に、灰色の光が治まり、ローゼンベルク君の姿が視界に飛び込んできた。
「なっ!」
ローゼンベルク君は、愕然としていた。
何故なら、自分の攻撃を受け止められていたから。
見えない壁にぶつかったように、灰色の剣は空中でとまっていた。
ナユタの姿が、また変わっていた。
水色の、これまでに比べるとあまりにシンプルなドレス。
肩のあたりには、ゆらゆらと羽衣が浮かんでいた。
「愛するものを守護する人の想い……越えられないでしょ?」
ナユタが手を掲げる。
すると、灰色の輝きがナユタの手の中に生まれる。
「貴方の想いは、とても強かったけれど、私には届かなかった……返すよ」
灰色の衝撃が、ローゼンベルク君を吹き飛ばした。